〇それは突然訪れる
第二十二話
とうとうこの日が来てしまったか……。
今日は姫野さんを家に招くというみどりの日。両親は休日出勤の社畜をしていただいているから家には俺一人。つまり閉鎖空間で姫野さんと二人きりになってしまうという事だ。
正直、気は進まない。
女の子なんて今まであかりくらいしか上げた事が無い上に、自らの料理をふるまわなければならないというのもある。
だが、それよりも何樫に言われた言葉、俺はどっちが好きなのか。その言葉があれからずっと頭にこびりついて離れない。
いや、それは考えるまでも無く姫野さんだ。姫野さんのはずだ。現に姫野さんといると心臓が高鳴るし、楽しいとも思える。
ただ、どこかひっかかりを覚えてしまっているのもまた事実なのだ。
ただそれ以前に、なんでまた何樫はあんな事を言ったっていうんだろう。
考えれば考えるほど様々な思考が飛び出し泥沼にはまりそうだったので、下準備を終えた食材から時計へと目を逸らすと、同時にインターホンの音が聞こえた。ついに来たか。
「やっほーコウ君」
重い腰を上げ、扉を開けると、やはり姫野さんがそこにはいた。
白ワンピースの上に水色のアウターを羽織り、その手には麦か何かの天然素材で編み込まれた手提げバッグがある。まさに清楚な姫野さんらしい服装だ。ひょっとして女神とはこういう人を言うのではないだろうか?
「お、おはよう姫野さん」
緊張からなのか、少し声を上ずらせてしまう。
そのせいなのか姫野さんが不思議そうに首をかしげる。
「おはよう? もう十二時だよ?」
「あ、そうだよねーハハ。 と、とりあえず入って」
「おじゃましまーす」
なんとか言い切ると、姫野さんをリビングの中へと案内する。
「すぐ用意するから適当にくつろいどいてくれたらいいよ」
「はーい」
伝えるべきことは伝え、台所へと引っ込むと、下準備した食材に目をやる。
さぁ、正念場だ。
作る料理はオムライス。昔ながらのプレーンではなく、洋食店のようにふわとろしたあのオムライスだ。
あかりには既に何度か振舞い作り慣れているが、実は半分は失敗している。一応前日に練習はしておいたが、果たしてうまくいくかどうか。
精神を統一すると、まず手始めにチキンライスの方に手を付ける。
これに関しては特に気負う必要も無いだろう。
「すごい、コウ君手際いいね」
「ふぁい⁉」
ライスを炒めていると、いつの間に来たのか姫野さんがすぐそばでフライパンをのぞき込んでいたので杓文字を落としそうになる。
「どうしたの変な声だして?」
「あーいや、なんというか……」
距離が近いのだ。姫野さんにはパーソナルスペースという物が無いのだろうか、身体が密着してしまっている。それに伴い花のような清々しい香りまで漂ってくるんだからもうこのまま昇天してもいい。
「大丈夫? ごはん焦げない?」
「え、あ、ああ」
気付けば手が止まっていたので急いでライスを混ぜ合わせる。
しかしいつまでこの密着が続くのだろうか……いや確かに嬉しいけど、なんかもう緊張しすぎて料理どころじゃなくなりそうだ。
「あ、ごめんね、邪魔だったよね」
姫野さんも距離の近さに気付いたらしく、恥じらいからか若干頬を紅く染め一歩二歩と俺と距離を取る。なんだよ可憐だなおい!
しかし身体は離れても、俺の料理をしてる姿が珍しいのか、姫野さんの眼差しは離れない。いかなる大監獄にも勝る監視体制に、心臓が破裂しそうになりつつも、なんとかチキンライスを完成させる。
「ふう……」
慣れた作業でも今日は凄まじい疲れようだ。こんな調子で卵をうまい事調理できるのだろか。
一抹の不安を抱えつつ、俺はあらかじめ準備していた溶き卵を手に取るのだった。
「すごい、美味しいよコウ君!」
「そう言ってもらえると幸いだよ」
失敗すると思いましたか? 残念大成功でした!
やっぱり努力っていうのは報われるんだなぁ。むしろ今まで一番の出来だしよくやったよ俺。まぁそりゃさ? 姫野さんの前で失敗するわけにはいかないよね? 失敗して気を遣わせるわけにはいかないもんね!
心の中で自画自賛していると、ふと姫野さんが問いかけてくる。
「そういえばコウ君は食べないの?」
「ああうん。もう済ませておいたから」
やっぱりこう一品だけバシッと出した方がかっこいいし。
「そうなんだ。せっかく美味しいのに……」
姫野さんは少し残念そうな表情をするが、何かを思いついたのかその表情はぱっと明るくなる。
「あ、そうだ。はい」
そう言って差し出されたのは姫野さんの手にあるスプーンに掬い取られたオムライス。
「えっと……?」
「せっかく美味しいからコウ君も食べてよ」
「ふぁい⁉」
本日二度目の奇声を発してしまった。
いやでもさ、今姫野さんさらっと凄い事してるよね? なに、新手のドッキリか何かなの? あるいは夢か何かなの?
「はい、あーんして」
「あぁん⁉」
衝撃的な言葉に思わず威圧するように復唱してしまった。
しかし姫野さんに気にした素振りは無い。
そうこうしているうちにも少しずつオムライスは口元に近づいてくる。姫野さんもまた一緒に身を乗り出し近づいてくる。
このまま一息に行けばきっと楽になれるのだろう。楽も楽、極楽だ。
ただなんというか流石にこう思う事があるというか、姫野さんに申し訳ないというか、何か悪い事をしてるような背徳感が胸の中に生まれるというか。俺みたいな人間がこんな事になっていいのかというか……。
様々な思考が脳内を飛び交いパンク寸前に至っていると、それは唐突に訪れる。
ふと、玄関の扉が開く音がしたのだ。さらにすっかり耳に馴染んだ声が同時に聞こえると、リビングの扉が開かれる。
「コウいるー? って……え?」
あかりだった。
扉の前で目をくりくりとさせ、俺と姫野さんのいる食卓を見ている。それもスプーンが差し出されているような場面を。
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