第二十話
なんとか腹のいがいが虫を始末した後、三人に合流して話していればすぐに集合の時間となった。
帰りのバスに乗るなりまたシュウはすぐに寝やがるが、それはあかりも同様だった。他の連中も寝ていたり疲れている人間が多いようで、バスの中は行きほど騒がしくはない。せっかくこの席順にしたのにちょっとだけ勿体ないな。
ただ、これで終わる俺では無い。この作戦については今思いついた。
名付けて帰るまでが遠足作戦。
このまま駅に着けば自然と解散の流れになるとは思うが、時間はおよそ五時を回らないくらいだろう。となれば丁度高校生にはお腹の空く時間だ。流れでどこかの店に三人を誘おうと思う。
勿論都合もあるので成功する保証は無いが、やってみる価値はあるはずだ。
「コウ君、コウ君」
決意新たに次の作戦の算段を固めていると、ひそひそとした声が横からかかる。
声の方に目をやると、姫野さんが窓際の席からこちらを覗き込んでいた。
「今日は楽しかったね」
なおも静かに話す姫野さんはきっと二人に気を遣っているのだろう。なんと洗練されたお方! ……って、なんかちょくちょく親衛隊みたいになってきてるくないか俺。駄目だ駄目だ。
カルト集団に毒されないよう心中でかぶりを振って、満を持して言葉を返す。
「うん。姫野さんのおかげかな」
って何言ってるんだ俺はァ! できるだけ親衛隊から自らを乖離させようと思ったら俺ならぬ方向の気色悪いセリフが出たぞ!? 最悪だ!
「もう、コウ君ってば」
困ったような照れた様な絶妙な笑みを見せる姫野さんだが、これ絶対気持ち悪いと思われてるよ……。さよなら、俺の青春。
「それより五日、覚えてる?」
言われて思い出す。そう言えば家に姫野さん招くんだったな、わーい! たーのしー! とか言ってられないんですけど……?
来たるべき時を考え内心荒ぶっていると、少し間が開いたせいか姫野さんが僅かにこちらを睨んでくる。
「あれ、もしかして忘れてた?」
「え? いやいや、忘れてない忘れてない!」
すぐさま弁明するが、姫野さんはなかなか視線から逃れさせてくれない。
今考えては無かったけど決して忘れては無かったからな!
「ほんとかなぁ?」
「ほんとほんと!」
叫びそうになる衝動を抑え込み、声を押し殺しながら必死で訴えかける。
「なんて、分かってるよコウ君」
からかってみただけと姫野さんがクスクス笑う。
またやられたぁ! そして俺の心もまたやられたぁ! やっぱ姫野さんって可愛いなぁ。
それどころか可愛すぎる感もありますよ……。
「ほどほどにしてやってください、お願いします……」
「ふふっ、ごめんね」
まだおかしいのが止まらないのか、微笑み交じりで姫野さんが言う。ほんと、またこういう事されるとそのうち心臓破裂するかもしれないからやめて欲しいです。
その後も、姫野さんが話しかけてくれていると、気付けばバスは駅近くまで来ていた。
添乗員の人がマイクで到着を知らせると、荷物をまとめる音や、起きた人の声によって、行き以上の騒がしさが戻って来る。
もう着いたのか。残念ではあるけどなんか……ホッとした。
ほら、ボロが出さないよう気を張り巡らせてたからさぁ!
ま、そんな事より、ここからもう一仕事だ。気を引き締めて行こう。
駅のロータリーにバスが到着すると、他の奴らが次々と降りていく。
俺達もその波に乗りバスを降りると、いよいよ俺の作戦決行――
「それじゃ、僕は迎えが来てるから帰るね」
「あ、マジで?」
ハイ。最終作戦、シュウのお迎えにより一瞬で失敗。
見てみれば、バスロータリーの傍らで黒塗りの高級車から扉を開けたサングラスとスーツを着た人がこちらを見ていた。
まぁ御曹司だもんな。ほんとなんでこんな公立高校来たんだお前……。
改めて格の違いを見せつけられていると、もう一つシュウのキラリと光る物を垣間見る。
「そうなんだ。残念。またね、
「うん、ばいばい花咲さん」
あかりが元気よく手を振る。
……おや?
どうやら目論見通り、この校外学習で僅かに関係は変わったらしい。骨を折ったかいがあったというものだ。
「あと、コウも。一緒に帰らない方がいいんだよね……」
寝たからか、もう怒ってはいないようだったが、あかりは控えめながら俺にも別れを告げる。これは一歩前進、と言った所だろうか。
「ああ。じゃあな」
いつもあかりと挨拶を交わす時の様に送り出してやると、あかりは先に駅の方へ行く。
「それじゃあコウ君、私も帰るね。バイバイ」
「あ、バイバイ」
姫野さんがにこやかに言うと、フローラルな香りを残しあかりの背中を追っていく。
とうとう一人になっちゃったな。まあそれはいいさ。
とりあえず、今日投じた作戦の数々はまずまず成功と言う事だろうし。
さて、これにて校外学習終了、となるはずだったが……。
「ちょっといい?
誰かが俺の苗字を呼ぶ。
見ると、そこには珍しいのが神妙な面持ちで立っていた。
「何樫?」
思わず問い返すと、何樫はどこかばつが悪そうに目を逸らし、ウェーブがかった髪の毛をいじる。その頬は心なしか、紅い。
「まぁ、なんていうか、この後暇? ちょっと付き合ってほしいんだけど」
まさかのお誘いである。
何せ何樫とは『クラスの仲間』程度の関係だ。肉食獣を束ねるリーダーで、その上見た目もいい感じだから、普段喋っているのも髪を染めてたりするリア充グループの男達。
時々俺に話しかけてくる事もあるが、それはあかりが幼馴染だからで、実際俺と話す時と言えばあかり関連で行きのバスの時みたいにみんなでワイワイと茶々を入れる時くらいである。
だからこうやって一対一でしかも何かに誘われるなんてシチュエーションにはどうしても違和感を覚える。
なんていうか、嫌な予感しかしない。
だって普通に考えてみろよ。俺みたいな平民が最上位に君臨する王者に誘われるんだぞ? しかも女子だ。
カツアゲか、美人局か、告白ドッキリの公開処刑か……いやそれよりもっと酷い何かが待ち構えてるのではないだろうか!
嫌な予言が頭の中で反芻していると、しびれを切らしたか何樫が再度口を開く。
「別に、暇じゃ無かったらいいけど」
「いやまぁ暇っちゃ暇だけど」
っておぉい! 普段暇人だから思わず条件反射的に答えてしまったぁ! 無理無理無理! 何言っちゃってんの俺⁉ ここは嘘ついてでも断るべきだっただろうが!
「じゃあ決まり。さっさと行こ。いいお店知ってるからあたし」
「あ、ああ……」
何樫は俺の腕を掴むと、さっさと歩き出してしまう。
これもう完全に連行される流れじゃないっすか……。いやでもそうだな、もしここで断ったらもっと酷い仕打ち受けることになるだろうからこれはこれでよかったのだろう。それにあれだ、もしかしたら本当に青春イベント待ち構えてるのかもしれないしな!
いい店っていうのが本当なら完全に青春イベントの流れだろう、きっとそうだ!なんか気がありそうな誘い方だったしな! うん!
天文学的確率の出来事を想像し、無理矢理ネガティブ思考を頭の隅に追いやると、俺は何樫になされるがまま連れていかれるのだった。
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