第十四話
人の心配してる余裕なんて無かったぁ!
「ピーマンってどういうのが美味しいんだっけ?」
そう言いながら野菜コーナーを見つめる姫野さんの姿はまさしく女神だった。
最初の図書委員の日は二人だけで帰ったとはいえ、状況が状況なので緊張せずにはいられない。恐らく俺にそうさせる最大の要因は服装だろう。スキニーというやつだろうか、ぴったりとフィットする布地は姫野さんの細い脚のラインを際立たせ、デニム生地の上着を身に纏うその姿は年齢より少し大人びて、それでいて清楚な可愛らしさもある。
「どうしたの? コウ君」
「あ、いやいや、ピーマンね、ピーマン。確かつやがあって上と下の部分がへっこんだやつとか美味しいって聞いたかな」
見とれてたなんて言えない。
「へぇ、そうなんだ。コウ君物知りだね」
「まぁ親が共働きで夜遅い事多いからけっこう自分で料理とか済ますんだよ」
「すごいね。得意な料理とかあったりするの?」
「あー、卵料理とか?」
正直に言うと、何故か姫野さんは可笑しそうに笑う。
「何か変だったかな……」
「うーん、変じゃないけど、なんか卵って面白くて」
「ぐっ……」
ここは背伸びしてフレンチとかでもいっておけばよかっただろうか。卵って確かにダサい気もする。でももしフレンチかなとか言ってこいつイキってるキモいとか思われたら辛いし、いやそもそもフレンチの呼ばれる程の物をは作れないんだったな。
「あ、ごめんね。卵料理は私も好きだよ」
「そうか……」
何とも言えない心遣いに胸を痛めていると、姫野さんは何か思いついたのか野菜からこちらへと顔を向けた。
「あ、そうだ、じゃあ今度何かごちそうしてもらおうかな」
「はい?」
「一回男の子のご飯って食べてみたいなーって」
「え、ええ?」
つまりどういう事ですのん?
「今度遊びに行ってみてもいいかな? コウ君のお家に」
「なんですとぉ⁉」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、慌てて口を閉じる。
「コウ君驚きすぎだよー?」
「あ、いやぁ、あはは……」
嗚呼完全に引かれたぁ!
いやそんな事よりもこの人なんて言った? お家に遊びに行ってもいいかって? そんな馬鹿な! 仮にも学年きっての美少女が俺の家に来たいとか言うはずが無い! きっとこれは幻聴に違いない。
「どうかな? 近いうちに遊びに行ってもいい?」
ホントに言ってたぁ! でもあれだ、きっとこれは会話の成り行きで言っちゃったことで絶対本気でそんなこと思ってない。もし本気なら詳しい日程とか詰めていくだろう。そうだそうだきっとそうに違いない。ならばここは否定せずに肯定しないと悪い印象を与えてしまう。
「俺は全然構わないよ。むしろ大歓迎! 的な」
とりあえずこれくらい言っとけば嫌な感じに思われないだろう。いや逆に気持ち悪い?
「良かった。じゃあいつくらいがいい? 連休中とかいいかなって思うけど」
「……っ!」
本気だったぁ! もう俺の心はシューティングすたぁだよ! これはいったぁいどういう風の吹き回しだ⁉ ていうか割と日付が近かったぁ!
「あ、もしかしてゴールデンウィーク予定とかもう入ってた……?」
少し不安そうに表情を曇らせる姫野さんに咄嗟に俺の口は動く。
「いや全然ヒマ! ヒマでマヒするレベル」
って何言ってんだ俺は! しかもヒマでマヒとか咄嗟に回文まで思いついちゃったよぉ! すっごーい、俺何かの才能あるんじゃないの⁉
「ひまでまひ……? よく分からないけど、じゃあとりあえずみどりの日にしよっか」
怪文すぎて伝わらなかったかぁ、むしろクソしょうもない事言いやがってとか思われないから伝わらない方がラッキーだったかな!
「みどりの日は都合悪いなら明日とかでもいいけど」
「いやみどりの日でお願いしまっす!」
明日とか急すぎて家の片づけが追いつかない。それよりもう少し先と言う選択肢は無かったんですかね。まぁもうお願いしちゃったから後の祭りだけども。
「じゃあみどりの日って事で。確かあかりとお隣さんだったよね?」
「う、うん……」
「そっか。でもちょっと不安だから、念のために連絡先とか交換してもいいかな?」
「りょ、了解!」
焦燥感に後押しされるがままにスマホを取り出すと、姫野さんはチャット風にやり取りできるメールアプリの連絡先追加用のQRコードを見せてくれた。
震える手を抑えつつそれを読み取ると、携帯のバイブと共に〝ひめのことみ〟と平仮名で書かれた名前が映し出された。
あぁ成り行きとは言え手に入れてしまうとは……。
「ごめんコウ君、ちょっとだけ待っといてくれる?」
「いいけど……どうして?」
聞くと、心なしか姫野さんは頬を赤くする。
「コウ君、そういう事、あんまり女の子に聞くのは感心しないよ?」
あ、そういう事か……。
「あー、いや……ごめん。ここらへんで待っとく」
言うと、姫野さんは軽く微笑を湛えながら今度は気を付けてねと言い残し、くるりと身を翻した。
いや危なかった。もし姫野さんが性格の悪いカースト上位系ギャルだったら、マジキモイんだけど死ねとか罵られかねない案件だ。反省反省。
少し待っているとあかりはうまくやってるかなと気になったので、少しだけ移動して二人がいるであろうお肉コーナーを見てみる。
「駄目だよ刑部君、こういうのは筋が入ってて美味しくないから、こんな感じのを選んだ方がいいんだよ!」
「あ、そうなんだ。よく知ってるね。花咲さんってけっこう料理とかするの?」
「え? ま、まぁ、そうかなー……?」
「へぇ、凄いね。機会があったら食べてみたいな」
「うん! 刑部君のためなら私は腕を振るうよお!」
そんな事言ってお前に振るえる腕なんかあったか?
などと心でツッコみつつ、案外うまくいってそうで安心するが、同時に胸の辺りに霧がかかった感じもした。
まぁ気のせいか。
「ごめん、お待たせ。何か見てた?」
「いや、とりあえずちゃっちゃと野菜と飲み物調達しよう」
「はーい」
考えても仕方が無い。あっちもうまいこといってるんなら、こちらも今は自分の事を考えていくとしよう。
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