第十五話
周りを見渡せば緑。
蝉しぐれには時期が早いが、それでも耳を澄ませば森のざわめきやら水の流れる音やらで自然の色は確かに感じられる。
傍の木の幹に目を向けてみると小鳥が一羽止まっており、ひと度さえずればもう一匹の小鳥がやってきて追いかけっこを始めた。
「青春を楽しめよお前ら」
声をかけると、その二羽はパタパタと頭上を通り抜けていった。
ふと、その近くでもう一羽の小鳥が止まっている事に気付く。どこか羨望にも似た眼差しを飛んで行った二羽に向けるその小鳥は、まだ相方がいないのかもしれない。
しかしそう思ったのも束の間、別の小鳥が飛んでくると、一羽はまた二羽になったが、他人同士なのか、どこかよそよそしく、元々いた一羽に限っては見向きもしない。
「君たちはお似合いだと思うよ」
ってさっきから何小鳥に向かって話しかけてんだ俺は……。
「ねぇコウ何してんのー? 早くいくよー」
「お、おう、悪い」
自らの行いを恥じらっていると、後ろからあかりが呼んでくるので応じ、三人の元へと合流する。
各班買い物を終え、バスもようやく目的地に着いた。
三ツ星旅行村、バンガローやキャンプ場、フィールドアスレチックなどが用意されたこの野外施設はなかなかネットでも評判がいい(アラサー先生サーチ)場所らしい。
感慨深く周りの景色を眺めていると、他の班も移動を始める。
俺達も続いて自然の中を少し歩くと、やがて年季の入った大きな屋根が目に入った。
確かあの下で各班分かれてバーベキューするんだったな。
「あっ、あれだよあれ!」
バーベキュー会場を腰に巻いていた服をぶんぶん振り回しながら駆けるあかりの背中ではパーカーのフードがぴょこぴょこ揺れていた。ちゃんと見てなかったけど意外といい感じの服装をしてると思う。なんというか取柄の元気さがにじみ出てるというか。特にショートパンツからスラーっと伸びる白い足はなんとも男心を……げほん。
ま、まぁこれできっとシュウもイチコロだな! 後でさりげなく感想を聞いてやろう。
「みんな速く速くー」
少し先であかりが手招きをしてくるが、少し危なっかしく感じたので注意を促す。
「あんまり慌てるとこけるぞー」
「こけないよ~!」
「こけてもしらないからなー」
まったくこいつときたら……。まぁ流石にこの歳でこけたりはしないだろう。
そういえばいつの日だったか同じやり取りをした事もあった気がする。小学生くらいだったか、二人だけでちょっと遠い所に行こうとか言ってたどり着いた大きい公園に、テンションが上がったあかりがせわしなく走るからそれに俺は今みたいな事を言った。あいつは案の定こけたけど飄々した様子で笑ってたっけか。
あの頃は何も考えないで純粋に楽しかったものだ。
昔の事を思い出していると、ふと姫野さんが俺の顔を覗きこんでくる。
「えっと、どうしたんの姫野さん……」
「うーん、別に?」
「別にって……」
なに、顔に何かついてた?
「ほんとに何もないよコウ君」
そう言って姫野さんは薄くほほ笑む。
なんか意味深な反応だな……。何か付いてたけどそのままにしてクラスの笑いものにしてやろうとか……いや姫野さん限ってそれは無いな。でもじゃあ一体どういう意味が?
「それより自然っていいと思うんだけど、コウ君はどうかな?」
不意に、姫野さんがそんな事を聞いてきた。
話題を逸らされた感じがするが、とりあず答える事にする。
「確かにいいと思う。緑に囲まれてると気持ちいいし。落ち着くっていうか」
「だよねー。私もけっこう自然って好きなんだ。まさに自然体、っていうのかな。ありのままで私たちの周りにあるのに、人の心を落ち着けてくれるし、綺麗だなって思わせてくれるでしょ? それってすごい事だと思うんだ」
姫野さんが遠い目で背景の雑木林を眺める。
なるほど、姫野さんは自然が好きと……。今後に生かせるかどうかはさておいて、一応頭の片隅に入れておこう。
「ねぇまだー?」
脳内でメモを取っていると、あかりがしびれを切らしたようで再度こちらを呼ぶ。
「はいはーい、今行くよ~」
姫野さんが応じると、俺とシュウを残してあかりの方へ歩いていった。願わくばもう少し話してみたかったが、まぁ高望みだな。言葉を交わせただけでもありがたい。
それより、丁度いいからシュウに中間報告として聞いてみるか。
「なぁシュウ」
「ん? どうしたの?」
「ぶっちゃけあかりの事どう思う?」
「明るくていい子だと思うよ。でもどうして?」
「あーいや、なんとなく……」
ついついはっきりしない返事が口をついたが、まさかお前の事をあかりが好きだからとか言えないもんな。
「ふーん、まぁいいけど、そういうコウはどうなのさ?」
「え、友達」
当たり前の事を言うと、シュウが一瞬動きを止める。
「じゃあ、もう諦めちゃったって事?」
「そりゃ当たり前だろ。諦めないとか言ったら聞こえはいいかもしれないけど、それってただ単に粘着質なだけだからな? 俺はもう振られてそれで終わってんだよ」
「でもそもそも振られたわけでもないんじゃ……」
気遣うようなシュウの目線がこちらに向く。なんかそれは申し訳ないな。
「フッ、甘いぞシュウ。女ってのは案外闇が深いからなぁ、前も同じような事言った気がするけど、オブラートには包まれててもあれは完全にお断りの返事なんだ」
「そう、かなぁ……」
「そうだ。だからシュウは遠慮なくあか……」
「え?」
「あ、か、赤い鮮血が失せるその日まで俺を頼ってくれていいからな!」
あかりと付き合ってくれていいぞと思わず言いかけてしまった。隠すために厨二的な発言が出てしまったがまぁ、気にしないでおこう。
「え、うん、ありがとう……」
それでもなんとか納得いってくれたようなのでひとまず安心する。
いやあっぶねー、うっかり口を滑らしそうだった。口が堅い事で定評がある俺がなんたる不覚。いやはや、気をつけねばな!
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