第十一話

 陽はほとんど沈んだが、群青色の空は綺麗だ。

 既に姫野さんとは別れたので紙袋の大群も付いてきていない。これで家までつけて来てリンチでもされやしないだろうかとヒヤヒヤしたが、流石にそんな事は無かった。


「ただいまー」


 家に入り言うが、返事は帰ってこない。

 メールを見てみれば、父さんも母さんも会社に泊まり込みで今晩は家に帰ってこないらしい。年の半分以上は止まってるよなあの人ら。いつもいつもお疲れ様です。

 両親に合掌しながらリビングに入りテレビをつければ、なんて事の無いバラエティー番組がテレビに映った。

 しばらくテレビを見た後、適当な料理でも作ろうかと立ち上がると、玄関の方が音が聞こえた。まったく、インターホンくらい押せよ。


「コウいるー?」


 勢いよく扉が開け放たれると、あかりがリビングに飛び出してきた。


「いるの知ってただろ。あと入るならせめてインターホン押せ」

「えーなんでー?」

「それくらい自分で考えろ」

「えー、それくらい教えてよケチ」


 あかりがむくれるが気にしない。

 昔から家族ぐるみの付き合いでこういう事はよくあった。ただ、もう高校生なんだからおいそれと家に上がりこむなんていうのはあんまりよくないだろう。


「それで、何か用か?」

「ご飯食べに来た!」


 あっけらかんと言い放つあかりについついため息が零れそうになる。

 ほんとそういうとこ昔から変わらないな。食費だってタダじゃないのに。


「まったく、飯食ったらさっさと帰れよ」


 言うと、台所へ行き冷蔵庫を開く。

 卵あるからオムライスでいいか。一番得意だし。


「オムライスでいいよな? ていうか拒否権は……ってどうした?」


 ふと、あかりが黙って俺の方を見つめているのが気にかかり振り返る。

 いつもなら犬の様に喜ぶか、気分じゃ無ければブーブー文句を言ってくるところなのに。


「もしかしてコウ何かいい事あったの?」

「え」


 唐突な質問。なんて事もない、至って普通に放たれた質問だった。

 何かあったかなと考えを巡らせると、思い当たる事が一つあった。と言っても姫野さんと帰った、たったそれだけの些細な事だけど。

 だがそれを答えるよりも先に、俺の口は気付けば質問を質問で返していた。


「なんでそう思うんだよ?」

「だって最近来てみてもすぐに帰れって言って追い出そうとするのに、今日はすごいあっさりしてるっていうか……」


 腑に落ちなさそうに言うあかりの声は少し控えめだ。

 姫野さんと帰れて気分がいいから、そう答えれば済む話だが、何故かその言葉は避けようと自分の頭が考えている。別になんてことない事なんだから言えばいいだろう。


「だってどうせ断っても聞かないだろお前」


 やはり言えなかった。

 ただ実際、何回かあかりが突然訪ねて来て追い出そうとしても、結局俺が折れる羽目になっていた。

 これは事実なのだからこの答えで何も間違えていないはず。

 

「それは、そうだけど」

「まぁ、飯作ってやるのにこれと言った理由は無い。強いて言うなら気まぐれって奴だ」


 話は終わりと台所の奥の方へ行こうとするが、あかりの声によって歩みは止められる。


「なんで嘘つくの?」


 嘘。確かに今俺は嘘をついている。というよりは”いい事があった”という事を隠そうとしてるのか。でもなんでそんな事してるんだ……? 羞恥なのだろうか。それともプライドか? だとすれば何の?


「いや別に嘘なんて……」


 頭の中では思考が飛び交うが、口は勝手にうそぶこうとしている。


「ずっと一緒だから私分かるんだよ。コウが嘘言った時」


 こちらを見据えるあかりの眼は、どこか怒っているような、不服そうな色を滲ませている。まぁそりゃ隠し事されたら気分は良くないか。しかも、お互いこれまでほとんど隠し事なんてしてこなかったし、余計その気持ちは大きくなるかもしれない。


 にしても、ずっと一緒だから分かる、か。まぁ俺もあかりが嘘ついたらなんとなく分かるしな。


 ただそれなら、俺があの時伝えた気持ちも分かってくれたらよかったのに。


 ……なんて、卑屈になっても仕方がないか。


「やっぱり、お前には嘘は付けないな。こういうのは不意討ちで言った方が面白いと思ったんだけど」


 降参だとわざと肩をすくめてみる。


「じゃあなんで今日は追い出そうとしなかったの?」


 嘘がバレるなら、その嘘を事実に差し替えればいい。

 今の俺には、たまたま嘘を事実にできる出来事があった。

 これについては、あれからあかりと話し合っておきたかったんだ。丁度いいから今をその時にしよう。


「校外学習あるだろ? その事でお前に色々と作戦を協議しようと思ってな」

「作戦?」


 怪訝そうなあかりの眼差しが、こちらの真意を探りに来る。

 俺はその視線をしっかりと受けてめると、悪そうに笑ってみた。


「名付けて、シュウと一気に距離を詰めちゃおう作戦だ!」

「おさ、刑部おさかべ君!?」


 この名前が出るとは思ってなかったのだろう。あかりが僅かに顔を紅くする。

 ハイ、おとめあかりちゃんモード入りましたぁ! これでもう主導権は俺のものだ!


「そうだ。せっかくクラスの絆が深まるかもしれないイベントなんだ。これを利用しないわけにはいかないからな! 間近に控えた校外学習作戦会議を今夜ここに遂行する!」

「おーぱちぱち~!」


 あかりのキラキラとした視線が俺に送られてくる。完全に乗ったな。


「じゃあそうと決まればさっさと飯食って始めないとな。適当なところで大人しく待っとけ」

「はーい!」


 元気よく返事すると、あかりはソファーに寝転がりテレビをつけた。自分の家みたいにくつろぎやがるなこいつ。まぁ別にいいけど。

 なんとか無事に終わったとホッとしていると、不意に疑問が頭をよぎる。


 結局俺は、なんで姫野さんの事をあかりに言いたくなかったのだろうか。


 だが今はシュウとあかりをお近づきにする作戦を練らなくてはいけない。あまりそんな事を考えている余裕は無い。

 まぁたぶん、一緒に帰れただけで喜んでる自分がみっともなかったから言いたくなかったのだろう。それに自分の好きな人なんてそうそう吹聴したいもんじゃないしな。

 簡単な疑問を簡単に結論付けると、卵を両手に持った。

 




 

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