第十話
「ねぇ、話せば分かるから。とりあえず落ち着いて。な?」
「何を生意気な! 昨日貴様はことみ様を脅迫して無理やりついていったのだろう!」
こいつら思考が偏りすぎだろ。何回違うって言っても信じようとしないし……。これもう青春どころか人生終ったんじゃないの?
……とまぁこうなっているのも、昼休みの始まりに遡る。その時俺はまったく油断していた。
たまたま催したので俺は一人でトイレに行ったのだが、それ自体が間違いだった。トイレから出るやいなや現れたのは木刀やらバッドを持った紙袋の連中。囲まれて逃げ場が無かったので成すすべなくこの屋上まで連行されたというわけだ。
「いやだから違うんだって……」
「何を言うか! 偵察係がしかと見届けているのだぞ!」
大人しいと思ったら偵察係なんてよこしてたのかこいつら……。たぶんあの走ってた紙袋がそうだったんだろう。ストーカーっぽいからやめろマジで。
「しっかりと見たぞお! お前がことみ様を困らせていた姿をな!」
「いやそんな場面無かったよな⁉」
偵察係と思われる紙袋があらぬ事を言うのですかさず否定する。
ただ、よく考えればあかりについて聞かれた時は確かにちょっと浮かない表情をさせてしまったような気もする。でも俺はあの時別に困らせようとしわけじゃなくてありのままを言っただけだ。
「お前、あの手この手で脅迫して、無理に一緒に帰ろうと言わせたんだろ! それくらいこの俺が見透かせないと思ったか!」
「そっちかよ! あの時は俺から帰ろうとちゃんとしたわ!」
でも姫野さんが引き留めてくれたんだよ! ていうかそれ憶測だよな、ちゃんと偵察係の仕事したんだろうな⁉
「嘘つけ!」
「ほんとだって!」
しばしの間、偵察係含む花姫親衛隊とにらみ合いが続く。
そろそろ暴力とか振るわれるんじゃないのこれ。しかもピッキングでもしたのか知らないが、ここは普段解放してない屋上。救援の見込みも無い。どうすんだよおい。
「よし分かった」
ふと周りより派手なはっぴを着て、俺に理不尽な詰問をしてきた花姫親衛隊では一番偉いと思われる紙袋が口を開く。
「そこまで言うなら仕方が無い」
「仕方ないって……」
ああやばいよ! これ暴力に訴えられちゃう奴だよお! 親衛隊怖過ぎぃ!
「貴様がそこまで言うのなら、ことみ様に実害を無いという事を我々に示してみろといっているのだ!」
「え、どういう事だ?」
親衛隊長から発せられた意外な言葉についつい聞き返す。
「これから我々が片時も離れず貴様を見張り続け、その上でことみ様にとって害が無い存在なのかを見極める。そうだな、ゴールデンウィーク前に控える校外学習までを期限としよう」
「え、えー……」
なんかよく分からない事になって来たよ?
「断る、というのか?」
「いやそれでお願いします!」
「そうか。言っておくが、少しでもことみ様が貴様の事をあまりよく思わないそぶりを見せた瞬間、制裁を加えるから覚悟しておけ」
「りょ、了解っす……」
何それ怖いんだけど……。でもまぁ、これはよく考えればチャンスだ。俺の事を片時も離れないというのなら誤解も自ずと解けるだろう。何せ俺は姫野さんに何もしてないからな。まぁ片時も離れないというのは気色悪いがこの際妥協するしかない。
♢ ♢ ♢
図書室の雰囲気は嫌いじゃない。
静寂の中から漂う書架の香りはどことなく心を落ち着ける作用がある。
昔から本を読むことはそれなりに好きだった。もっとも、最近ではてんでラノベしか読まなくなってしまったが、それでもかつては図書館に通い詰めた時期もあった。
「ねぇねぇコウ君?」
「どうしたの姫野さん?」
瞼の裏に広がる懐かしの情景を懐古しつつ、穏やかな干渉に浸っていると、今度は甘い声に聴覚が刺激された。
「前、向いて?」
「んーどうしよっかなぁ」
うん、いいなぁ図書室って。図書当番最高。もしかしてこれは夢か何かだったりするのだろうか? ああ、なんて心地いいんだろう。
「だから前見てってば」
少し不機嫌そうな声に背中に冷や汗が走る。
ここではぐらかしてたら姫野さんもあまり良く思わないだろう。仕方ない。前見るか。
目を開くと、奥には多くの本棚があり、そこへ向かって数本、真っすぐと伸びる長机のレールが目に入る。
「なんで紙袋の人たちがこんなにいっぱい机に座ってこっち見てるのー?」
そして姫野さんの問いと共に、殺気の籠った凄まじい眼差しを向ける紙袋達と目が合った。
くっ、現実逃避してたのに!
「い、いやぁ、なんでだろうねぇ?」
図書室に入る前に我々の存在をことみ様に明かすなとの事を言われたので適当にはぐらかす。
三十人くらいはいるだろうか。紙袋を被った連中がずらりと並び座りながら揃ってこちらを見るこの光景はあまりにもシュールである。
監視にもやりかたあるだろうよ親衛隊の皆さん。というか隠す気ないよなこれ……。
「隊長、今若干ことみ様が不服そうな顔をしませんでしたか」
「マイナス五千点だな」
減点方式なんだ⁉ ていうか桁数多すぎませんかね隊長さん⁉
律儀にボードに何やら書き込む親衛隊の隊長の姿を眺めていると、身体中に脱力感が襲い掛かってくる。
「やっぱりコウ君のお友達……」
「いや違うから。あんな奴ら絶対に友達じゃない」
「そうなの?」
「そう」
あんなぶっ飛んだアホみたいな連中と友達なんて風評被害も甚だしい。
「隊長、奴が我々に悪口を吐きましたよ」
「マイナス一万点だな」
怖っ! なんで俺の心読んでるのあいつ。サイコメトラーなの? あと自分たちの事のくせに姫野さんの時よりも点数高いってどういうことだよ⁉
「はぁ……」
これがため息を出さずにいられるだろうか、いやいられない。
「駄目だよコウ君、ため息は幸せを逃がしちゃうから」
「ううっ、ありがとう姫野さん」
この空間においてただ一人の天使は俺に極上の笑みを向けてくれるのでついつい涙ぐみそうになる。
「ことみ様がお美しかったからプラス千点」
おい隊長さん、もはや俺の採点じゃないよなそれ……。それと周りの奴らもヌフヌフ笑ってんじゃねーよ気持ち悪い。
「お祭りでもあるのかな? なんだか楽しそうだね」
「あいつらにとっちゃ毎日がお祭りなんじゃないかな……」
基本祭りって神様を崇め奉るものだもんな。こいつらの姿はまさに信心深い狂信者そのものだ。
その後、何気ない会話を姫野さんと交わしていると、いつの間にか当番終了の時間となった。
昨日と同様に姫野さんと下校を共にできたわけだが、後ろからは紙袋の大群が金魚のフンの様に付きまとってきたのは言うまでもない。
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