第九話
何という事だろうか、今俺の隣で帰り道を一緒に歩くのは姫野さんである。
ただ少し待ってほしい。果たして本当に姫野さんは理由も無く俺と一緒に帰るだろうか? 何せ相手は学年屈指の美少女。そんな人がこんな俺と下校なんて何か理由が無いとあり得ないんじゃなかろうか。
「どうしたのコウ君、難しい顔して」
「ああ、ごめん。たまに考え込む癖があって……」
あれだな、別に裏があってもなんでもいいや。このシチュエーションがもう青春だから俺それでいいわもう。とにかく考えるのは無しだ!
「えっと、確認だけど、私たちは明日から当番でいいんだよね?」
「ああそうそう。あってるよ」
おっといけない、大切な事を忘れていた。俺は明日、イベントを抱えているんだった。図書当番というイベントを。
恐らくこれこそ図書委員が青春と思わせる最たるイベントだろう。放課後あまり人が来ない図書館で二人きりの男女というシチュエーション。これを青春ラブコメと呼ばずなんと呼べばいいのだろうか!
「そういえばコウ君ってなんで部活入ってないの?」
心の中でビバ青春していると、姫野さんが疑問を投げかけてくる。図書当番決めの時に部活入ってないとは言っていたのでそれが気になったのだろう。
「あ、えーっと。あ、あまりぱっとする部活が無くてさ……」
「あー、確かに合わないと面白くないもんね入っても」
「そ、そうそう」
部活、それは学生の青春の証。青春を謳歌したい俺には本来必須要素なはず。だから実のところぱっとする部活が無いのは嘘で、あれもこれもいいなと思っているうちにタイミングを逸しただけだった。
我ながらほんと情けない限りだと思う。姫野さんにまで咄嗟に嘘ついちゃったし。それくらい正直に言えばいいだろうに。
「そ、そういえば、姫野さんも入ってないんだっけ?」
「うん。私もあんまり合いそうになかったから」
「へぇ、そうなんだ」
話をそらすために咄嗟に出た話題だったが、意外な事実を知る事が出来た。
姫野さんって茶道部とか、とりあえず何かしらに入って女子友達とわいわいしてそうなイメージがあったけど入ってなかったんだな。
「……」
「……」
ふと、姫野さんとの間に沈黙が生まれる。
ああやばい、会話止まってるな。こんな状態が続いたらこいつといると辛気臭くなるから関わりたくないとか思われるかも知れない。かと言ってベラベラ喋ってもうざがられる気がする。基本的に女子とかあかりくらいしか関わってこなかったからさじ加減が分からん……。大さじいっぱいなのか小さじいっぱいなのか……はたまた中さじいっぱいなのか。いやそもそも中さじとかあったっけ? なんか無かったような気もするしあったような気もする……。
「ところでさ」
思考の泥沼にはまりそうになっていると、姫野さんの方から口を開いてくれる。
「コウ君ってあかりの事どう思ってるの?」
「え?」
急な問いかけだったので思わず聞き返してしまった。
こちらに向けられる姫野さんの微笑にも似た表情からはその真意はくみ取れない。
俺があかりの事をどう思ってるって、なんでそんな事を知りたがるんだろう……。
「ごめんごめん、そんな深い意味は無いよ。ただ、幼馴染ってどんな感じなのかなーって」
「なるほど……」
そう言う事だったか。
確かに、幼馴染がいて高校まで同じ奴なんてそうそういないもんな。他の人から見ればどんな感じなのかは気になるところなのだろう。
でも俺は果たしてこの答えを……。
「普通の、仲いい友達って感じだな」
気付けばそう言葉を紡いでいた。
「え、そうなの?」
姫野さんは俺の答えが予想外だったのか意外そうに聞き返してきたが、俺の口は動じずすらすらと言葉をつないでいった。
「そうそう。別にそれ以上でもそれ以下でもない。まぁとにかく、特別とかそういうんじゃないよ」
「……そうなんだ」
姫野さんは呟くように言うと、若干顔を伏してしまった。どうやら俺の回答は期待にそぐわないものだったらしい。
恐らく純愛的なものを想像していたのだろうが、何も起きないのが現実なのだから仕方が無い。いや、厳密には何も起こらなかったという方が正しいか。
「でもいいよね、そういうのも」
「え、どういう事?」
別に俺は普通の友達って言っただけのつもりなんだけど。
「あ、ううん、なんでもないよ」
「そ、そうか……」
姫野さんが言いながらも笑みを浮かべるが、明らかに取り繕った笑みらしかった。
気にはなるが女の子の事を根掘り葉掘り聞こうとするのはあまりにも不躾な事なのでもちろんしない。
まぁ確かに、普通の友達っていうのも案外いいものではあるか。
しばらくお互い口を開かずに歩いていると、ふと後方に何か気配を感じた。
「コウ君?」
急に俺が立ち止まったからか、半歩先の姫野さんが不思議そうな目線をこちらに向ける。
「いやちょっと……」
言いつつ、後ろに勢いよく振り返ってみる。
すると、曲がり角へと茶色い何かが素早く引っ込んだ。
俺はすぐさまその後を追い、茶色い物体が引っ込んだ曲がり角の先を見てみると、はっぴをはためかしながら走る、紙袋を被った誰かの後ろ姿が目にとどまった。
「お、おい!」
つい呼びかけるが、紙袋を被った人は振り返らずにまた別の角に入って行ってしまった。
あれ絶対花姫親衛隊の人だったよね……。だとしたら深追いして路地裏に誘導されて殺されかねないからこれ以上追うとやばいな。
「急に走りだしてどうしたの?」
「なんか変な人がこっち見てたからついさ」
「変な人……あ、もしかして紙袋の人?」
「そう。ねぇ、一応聞いとくけどそれ姫野さん紙袋の人と知り合いだったりしないよね?」
なんか前も紙袋云々がどうとか言ってたけど飄々としてたもんな。
「うーん、どうだろう。コウ君こそ知り合いじゃないの?」
「やめて、俺の知り合いでも無いから」
「でも鬼ごっこしてたよね?」
「そうだけども! でも俺も好きであれやってたわけじゃないからな⁉」
いきなりあいつらから立ちふさがってきて一方的に俺の事を暴行しようとしてただけだから! 少なくとも鬼ごっことか可愛いもんじゃない!
「えーほんとにー?」
「ほんとだって!」
「ふーん」
微笑まじりに言う姫野さんは本当に信じているかどうか極めて怪しいところだが、とりあえず少し重くなりつつあった空気が元に戻ったので、ここは納得してくれたのだと思っておく。
その後、適当な会話を続けていると、姫野さんの家の近くまで来たらしいのでそこで別れた。
総じて、充実した一日だったと思う。
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