第八話


 廊下を出ると同時に、周りの様子を窺う。

 よし、紙袋は見当たらない。班決めがあんな事になってしまったからてっきり殺しにくるかと思ったが、奴らも学生だけに色々やる事もあるらしい。


「どうしたのコウ君? 戦争ごっこ?」

「あ、いや、色々とあって……ハハ」

「へぇ、コウ君も大変なんだね」


 社交辞令的な返しが心に突き刺さる。

 そうだよな、扉をこっそり開けて左右をキョロキョロする奴とかただの変人だよな。青春終ったわ。


「でも意外とかかったよね」

「あー、確かに」


 先ほどまでの図書委員の集まりが行われていたが、昼休みの当番はともかく放課後図書室に残る当番決めやらその曜日決めやらが白熱したせいで、窓の外はもう夕焼け小焼けだ。もっとも、放課後を潰されると部活にも支障出るだろうから、あれだけ躍起になるのは分かる気もするが。


「えっと、コウ君ってどっち方面に帰るんだっけ?」


 ふと姫野さんがそんな事を聞いてくる。

 うちの高校は正門か出るか裏門から出るかで帰るルートが変わってくる。例えば正門ならバス登下校勢、裏門なら電車登下校勢と言った具合にだ。ちなみに俺はその中でも稀有な、どっちでも帰れるんだぜぃ、なのでかなりワイルドなんだぜぇ。でもまぁ基本的には裏門だ。


「裏門かな」

「あ、そうなんだ。じゃあ同じだね」

「え?」

「んー?」


 顎に指をあて、可愛らしく小首をかしげる姫野さん。その仕草からはもはやあざとさすら感じる。にしても同じだねってどういう事だろう?


――同じだね(一緒とか嫌、正門から帰れ)。


「すみません正門からでも行けるんでそっちから帰ります!」

「なんでそうなるの⁉ コウ君待って!」


 走り去ろうとしたが、かろうじて制止の声が聞こえたので一旦止まる。


「止めないでくれ姫野さん、俺なんかのために無理をしなくていいんだ!」

「言ってる意味が分からないよ⁉ せっかくだから一緒に帰ろうって言ったのに!」

「え?」

「ん?」


 思わず振り返って再度問う。


「今なんて?」

「一緒に帰ろうって」


 束の間の沈黙が訪れる。

 しばらく呆然と姫野さんを眺めていると、やがて姫野さんが控えめに口を開いた。


「あ、ごめん、もしかして嫌だったかな?」

「い、いやそんな事はないよ! むしろ喜んで!」

「そっか。それならよかった」


 安心したように姫野さんは呟くと「それじゃあ行こっか」と言って微笑みかけてくれた。

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