第七話
――いやほんとに、ほんとにヤバイ。
徹夜してたという状況のせいで、昨日は確かに寝る事はできた。眠さが尋常じゃなかったからな。ただ、昨日のあの公園で姫野さんと会ってからずっとあの姿が頭から離れない。それも夢で共演を果たすほど離れていない。現に今でもずっとあの時の光景が脳内で再生される。
だってあの姫野さん、可愛すぎませんでした?
というかあんな笑顔とか仕草とか見せられてそう思わない人の方がおかしい。きっとそいつはオネエ様だ。いや、あるいはオネエ様でもときめくのではなかろうか。
まぁ、とどのつまり、俺は完全に惚れたというわけだ。
世の諸君はきっと俺の事を蔑むだろう。なんと多情な野郎だとな。
大いにけっこう。
世間体とか元々青春のためならば気にしないで行くスタンスだ。俺は姫野さんに惚れたんだ。これは事実であり真実。もはや俺の脳内からは完全にあかりへの心は塗り替えられてしまったのだ。
だからこそ俺は姫野さんと青春ラブコメをすると決めた。難易度は高そうだが、あかりよりはまだマシなはず! たぶん!
「という訳で皆さん、校外学習の班決めがまだだったので、四人くらいで今決めちゃいましょう」
どういう訳でそうなるんですかねアラサー先生。
話をまったく聞いてなかったので心の中で素朴な質問を投げかけていると、不意に教室の空気が殺伐としたものに変わったのを感じる気がした。
……なるほど、そういう事か! 別クラスによれば、校外学習の班決めは好きな人と集まるというものだったらしい。そして恐らくこのクラスも例外ではない。きっとこの殺伐とした空気はシュウを狙っている女子の眼光が向けられているからなのだろう。
だけど悪いな肉食獣のお嬢さん方、この青春イベントにシュウをあんたらに渡すわけには行かないんだ。
「それでは……」
アラサー先生の声により鋭い視線が突き刺さるのを感じながら、俺はこっそりとシュウに同じ班になろうと誘っておき、承諾を得ておく。
「自由がいいということなので、好きな人同士で集まってください」
先生の言葉と同時に、野獣たちが立ち上がる。なるほど、既に自由にできるように根回ししていたか。だが足りない。何故なら、俺の存在とここに到達するまでの時間を忘れているからな!
「なぁあかり! シュウもいるけど同じ班にならないかー?」
「オッケー!」
言うと、あかりは予想通り二つ返事で答えてくれる。
ふと眼光が来ていた方向を見てみれば、先ほど立ち上がった肉食獣の皆さんはその場で硬直しつつも、俺の事を睨み付けていた。
これぞ音速の勝利。こうなればあいつらも容易に動けないだろう。何せ、わざわざあかりみたいな美少女と一緒の班になるなんて、引き立て役にされかねないって事からな。まぁ別に、シュウと同じ班にあかりをすることができたら俺はそれで満足だけど。
「あれ、ちょっと待って、お、刑部君も?」
あかりがこちらに寄ってくると、今頃その事に気付いたのかおっかなびっくりに尋ねてくる。おいおいそれだとシュウの事嫌いみたいじゃないか……。
「あはは……ごめんね花咲さん」
ほら言わんこっちゃない。
「あ、違う違う、そういう事じゃないよ! むしろ一緒の班ですごく嬉しい! ちょ、ちょっとびっくりしただけだから! うん!」
「え? えーっと、それならよかったけど……」
慌てた様子のあかりの弁解に、シュウが少しむずがゆそうに頬を人差し指で掻く。
おお、その返しはナイスだったぞあかり。面と向かって一緒になって嬉しいとか言われてときめかない男がいないわけない。俺も今まで君のこの手法に何度やられたか……。ハハッ。
でもまぁ、この調子ならなんとかなりそうで安心した。
「じゃあ私も同じ班だね~。コウ君も刑部君もよろしくね!」
二人の行く末に希望を抱いていると、ふと聞こえる声と共に、あかりの背後からふらっと姫野さんが現れる。
「そうそう、ことみんとは約束してたんだけど、別に一緒でいいよねコウ?」
「え、あ、ああ、うん」
「刑部君は?」
「僕も全然構わないよ」
俺とシュウの同意を得ると、あかりはよーしと意気込み手を突き上げる。
「みんなで頑張っていこう。えいえいおー!」
「おお~」
あかりの謎の掛け声に弾むようなトーンで姫野さんが応じる。
にしてもまさか姫野さんまで同じ班になるとは、この展開は想定してなかったな……いや考えりゃ分かった事だろうけども。
いつの間にかクラスの男子の一部が紙袋を被って俺に殺気の籠った視線を向けていたが、いちいち気に掛けている余裕は無かった。
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