第六話
「あぁぁぁぁぁぁぁ殺されるうぅぅぅぅぅぅぅ」
「待てこの不埒ものめが!」
速報、下校中俺氏、変質者の集団に追われる。
後ろを振り返れば天を仰ぐ金属バット、木刀、ゴルフクラブ。そしてそれを持つのは目と口をくりぬいた紙袋を被り、花と姫の二文字がプリントされるはっぴを着た奇人。銃刀法違反にはならないんですかねぇ⁉
「なんなんだよお前らはぁ!」
「我らは花姫親衛隊だ!」
「なんだよその意味の分からん団体は!」
「黙れ!」
叫ぶも、一発で一蹴されてしまった。
「忍坂考哉! サンシャインあかり様に関しては幼馴染だからと大目に見てやったものの、ムーンライトことみ様にまで手を出すとはもう我々は我慢ならん!」
「ハァ⁉ 何のことだよそれは!」
「とぼけるな! 貴様はことみ様を脅迫して図書委員に立候補させたのは知っているのだ!」
「するわけねぇだろ! 冤罪だ冤罪!」
ていうかムーンライトとかサンシャインお前らがつけてたのか! ダサいんだよ!
「ええい、もう一度そのような事を言ってみろ! 一生喋れなくしてくれるう!」
「ひいいいいいいい」
もしかして言っちゃってましたか⁉ ていうかそんな事よりまじなんなんだよあいつら! いや分かるよ? あかりと姫野さんのファンクラブってことくらい察する事はできたよ⁉ でもだからってこんな奇行に走るとかどんな思考回路してんだよ!
とにかく角を何度も曲がったりして振り切ろうと試みるも、意外としぶとい奴らだった。
それでもとにかくがむしゃらに走っていると、なんとか距離を置く事に成功したようなので、道を脇にそれ、昨日あかりといった公園へ入る。
ここならけっこう隠れられるところありそうだから、いったん留まって嵐が過ぎ去るのを待とう。
「こっちこっち!」
「ん?」
不意に女の子の声が聞こえたので見ると、斜面の上から誰かが俺に手招きをしているらしかった。いやこっちって言われてもまさかこの雑木林の斜面を登れとでも?
「あっちに階段があるよ!」
声が言うので周りを見渡してみると、細々としてまったく目立たないが、確かに雑木林の奥へと続くらしい階段があった。
「奴はどこへ行った! 逃げ足の速い奴め!」
ふと、どこからか声が聞こえる。
やっべぇもう来やがったのかあいつら……。
あの女の子の声も十分怪しいが、あの親衛隊とやらの連中に捕まるよりマシだ。
そうと決まれば急げや急げと階段を登ると、周りの緑がうまいこと俺を囲んでくれていた。
木の葉の間から覗いてみると、すぐ公園の前の道路に紙袋の群れが現れた。
「逃がしてしまったか……まぁ仕方が無い。一応ボスから撤退許可は下りている。今日の所は撤退だ!」
「ラジャー!」
連中が散り散りになるのを見守ると、どっと全身の力が抜け、身体が勝手にしりもちをつく。にしてもあいつらにボスなんているんだな……。
「大丈夫?」
後ろから先ほどの声の主が寄って来たようなので、見上げてみると、長髪を耳にかけ、上からのぞき込むようにこちらを見やる……姫野ことみさんの姿があった。
「って、ええ⁉」
あまりにも以外な人物で思考停止に陥ってしまったので、反応にもワンテンポ遅れてしまった。
慌てて距離を置くも、やはり視界の先にはきょとんとした表情でこちらを見つめる姫野さんの姿がある。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
「え、いや……」
学年の一、二を争う美少女がこんなところにいるなんて驚かない方がおかしい。
まぁ確かに、ここは高校からそう離れてないというか、むしろすぐ近くにある森っぽい公園だ。
ただ、そんな公園に女の子が一人でいるという状況には若干違和感を覚える。森林浴かなんか流行ってるのか?
「もう、そんなに私が怖いの?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
「じゃあもうちょっとリラックスしてくれると嬉しいかなー」
「あはは、すみません」
指摘される程とは、俺もかなり緊張していたらしい。自然と乾いた笑い声か喉からこみ上げてきた。
「それとなんで敬語なの? 私たち同じクラスだよね?」
「あ、いや、すみま……ごめん」
少し不満げに頬を膨らます姫野さんはやはり校内屈指の美少女とだけあってかなり可愛い。
良くないな、高嶺の花的なイメージがあったせいでついつい敬語を使っていた。二次元になら同級生相手に敬語を使うキャラなんてごろごろいるが、現実でそんな奴いたら間違いなく変な奴認定される。ソースは中一初っ端頃の俺。すぐに体制を立て直しからなんとかなったものの、あのまま行ってたらどうなっていた事か。
黒歴史寸前の記憶を懐古していると、姫野さんが不思議そうに道路の方を見る。
「にしても、あの人達なんなんだろうね? 見たところうちの制服も着てたっぽいけど……」
それはあなたと、あとあかりのファンクラブというか狂信者の集いです。
「まぁ、なんかの流行りじゃないかな……」
あんな訳の分からない連中の存在を明かしてもいいのか分からないし、そもそもファンクラブなのかも確信は無いので、あやふやな返事を返しておいた。
「でもけっこう帰り道とかでも見かけるんだよね、あんな恰好した人。紙袋被ってるなんて不思議だよね~」
「それもう危ない奴なんじゃないの?」
あいつら親衛隊とか言ってるけど放課後まで付け回すとかただのストーカー集団じゃないか。本格的に警察に相談しておいた方がいいかもしれない。
「そう? 実害は無いから別にいいかなーって」
「いいのか……」
その精神力には感心する。あるいは姫野さんくらいの美少女となるとそういうストーカーまがいの事は日常茶飯事で慣れたのかも。それはそれで問題だと思うが。
「それより、コウ君って図書委員一緒だよね。確か明日集まるんだっけ?」
「え、ああ、確かそう……ん?」
いま姫野さんなんて言った? 確か俺の事を下の名前の方で……。
ん、んんん?
「あ、ごめんね。あかりがよく忍坂君の事話してるからついつい名前で呼んじゃった」
俺の動揺を察したのか、姫野さんは申し訳なさそうな、それでいてどこかからかうような、なんとも言えない絶妙な表情で謝ってくる。
「いやいや、全然いいよ、というかむしろそれで!」
「え?」
「あ」
首を軽く傾げる姫野さんは微笑を湛えているが目は笑ってない、気がする。
……しまったぁ。なんかノリでそんな事言っちゃったけど客観的に今の発言見たら明らかに気持ちが悪いじゃないか! ああやばいぞ、きっと美人で顔の広いであろう姫野さんは今日の事をクラスの女子に話したらそれは瞬く間に学校中に広がって、俺は女子とすれ違う度にヒソヒソと何かささやかれる毎日を送って果てには学校中の女子から侮蔑の眼差しを向けられる日々が待っているんだ!
……あれ、それはそれでご褒美?
「ふふっ」
姫野さんの微かな笑い声で我に返る。そんな日々とか青春もへったくれもないじゃないか! 断じてご褒美なんて思うな!
「い、いや違うんだ姫野さん。別に変な意味とかなくてその場のノリでなんていうか言っちゃったと言うか……」
「変な意味ってどんな意味なの?」
「え、あ、いや、別に変っていうか、変じゃないっていうか……これもまたノリで……」
やべえ、俺めちゃくちゃ墓穴掘ってるじゃないか! もうだめだぁ……俺の高校生活終わりだぁ。グッバイ青春……。
「ふふっ、冗談だよ。ちょっとからかってみただけだから」
「へ?」
つい間抜けな声を発すると、いたずらめいた笑みを浮かべる姫野さんをただ茫然と眺める。
「あかりの言った通り、コウ君って面白い人だね」
クスクスする姫野さんの姿に思わずため息が漏れる。
「はぁ、そうだったのか、ほどほどにお願いするよ……」
ていうか面白いっていう認識されてるってあかりは普段俺の何の話をしてるんだ?
「ごめんごめん」
姫野さんは弾むように言うと、軽やかな足取りで俺と少し距離を開ける。
「それじゃ、私はそろそろ行くね。また明日、コウ君」
姫野さんはフローラルな香りと共に柔和な笑みを残すと、軽快に綺麗な髪の毛を翻して藪の中を駆けて行った。
その後ろ姿を見つめているうちに、ふと、心の中に名状しがたい何かが生じる。
ああ、これヤバイやつだ。
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