第四話


 翌日。

 昨日はあかりにあまり仲良くしすぎない方がいいと言ったので一人での登校だ。もっとも、朝練なのでどちらにせよ今日はいないわけだが……。


 さて、まず状況の整理をしよう。

 俺は当時あかりが恋愛と言う感情をちゃんと理解できなかったからとはいえ、実質的には振られています。というか友達宣言もさらっとされてたしね。


 そしてとある放課後ですが、その時に俺の友人、イケメン金持ちのハイスペックナイスガイ刑部秀人の事が好きだと告げられます。というか気付いてなかったので気付かせてあげました。


 はい、もうこれだけで幼馴染ルートを行こうと思ってもまず無理なのは明白ですね。


 ぶっちゃけた話、あかりに言われる前まではまだ少し、ほんの少しだけ可能性はあるのではないかと考えてたよ。シュウも色々言ってきやがったからな。


 ただその考えは甘すぎた。今ではもうあかりと付き合おうなんて気は微塵も起きていない。というかこの状況下でそんな気なんて起こせる余地も無い。


 とは言え、ここでグレるなんて事はしない。幼馴染ルートが駄目なら別ルートにいけばいい。


 俺の事をあざける世の諸君もいることだろう、お前の愛はそんなもんだったのか、ってな。


 ただ、ねちねちと過去の事に執着する方が、俺としてはあざけるべき対象なのである。駄目なら駄目。ばっさりと諦める事こそ大事なのだ。俺は青春さえ送ることが出来ればどんな形だってかまわない!


「コウおはよう」


 決意新たに教室に入ると、既に来ていたシュウが俺に爽やかスマイルで挨拶してくれたので応じる。


「おはよ」

「どうしたの? なんだかしんどそうだけど……」

「そう見えるか? たぶん気のせいだと思うぞ」


 別に心の整理に一晩中明け暮れてたわけでもあるまいしな!


「その割には目にクマがあるけど……もしかして昨日夜更かしでもしてた?」


 そんなに目立ちますかクマは……。まぁいいや、気を遣わせても悪いから適当な理由をでっちあげよう。


「ああやっぱばれた? いやさ、本を読み始めたら止まらなくなってな、結局徹夜しちまったんだ」

「ほんとに?」


 こちらを見るシュウの目は俺の身体を心から気にかけてくれているようだ。


「ほんとほんと。あーでも、授業中はほぼ確実に寝るから、もし俺が先生の目にさらされそうになった時は助けてくれよ?」

「別にそれはいいけど、これからはほどほどにしときなよ?」

「サンキュ。そうするよ」


 とりあえず信じてくれたようなので安心した。流石に昨日の事を伝えるなんて事はできないからな。


「やっほお! ことみんおっはよー!」


 ふと、聞き慣れた元気な声が耳に届いてきたので見てみると、教室の中に入って来たあかりが友達に抱き付いたところらしかった。


「あかりおはよう。まだ春なのに暑いねぇ? なんでだろー?」


 あかりの友達は意図してか意図せずしてか、困ったような笑みを浮かべつつそんな事を言う。 

 そりゃ朝練から帰って来た後の奴に抱き付かれたら暑いだろうな……。


「おお、今日もなんとも華々しい姿だろう……」

「やっぱり一線を画してるよなぁ」


 あかりの様子を見ていると、そんな声が周りから聞こえてきた。

花咲あかりとその友達姫野ことみ、あかり曰くことみん。実はあの二人はクラス内どころか学年内の二大美少女として囁かれ、これまたファンクラブが設立されたとかされてないとか。



 今の声はそんな二人に対して憧憬を抱く男共のさえずりだ。天真爛漫で誰に対しても分け隔てなく接してくれるサンシャインあかり。スタイル抜群、おしとやかだが明るく、接する者の心を照らし出してくれるムーンライトことみ。誰かがそんな格言を作っていたのを聞いた事がある。ださい。


「おっはようコウ!」


 あかりは姫野さんから離れると、俺の元へぱたぱたと駆け寄ってくる。よし、決行する気になったんだな。ただ、あの感じで名前を呼ぶのは、かなり仲がよさそうだから、これからはもう少し控えめにしましょうね。


「おう」

「いやぁ、今日はなんか眠そうだねぇ? 徹夜でもしてたの?」

「まぁ、そんなところだ」

 

 言うと、あかりはシュウの方へと目を向ける。


「そっかー、そ、そういえば、刑部君は徹夜したの?」

「え、僕? してないけど……」

「あ、うん、そうだよね!」

「う、うん……」


 おいおいあかりどうした。お前なんだその意味の分からない会話の巻き込み方は! ほとんどしゃべった事ない相手にいきなり徹夜したのか聞くってどういうシチュエーションだ⁉ シュウが若干戸惑ってるぞ! ていうか昨日ちょっとだけ教えたよな喋りかけ方!


 あかりも判断誤った事には気づいたらしく大変慌てふためいるようで、またしても失言を重ねる。


「でも刑部君、徹夜は危ないからあまりしちゃだめだよ!」

「えと、そうだね。気を付けるよ……」

「徹夜、よくない!」

「よ、よくないね」


 だからなんでそんなに徹夜に固執するんだお前は!

 こりゃあれだな、完全に思考停止してるな。このままだと延々と徹夜について一方的な話が展開されそうだ。とりあえず一旦話の流れを断絶しよう。


「はいはいはい徹夜は分かったから。あかり、お前は朝練のしすぎなんだよ。とりあえず落ち着け。ほら深呼吸」

「う、ああ、えっと……すうぅぅぅぅぅはあぁぁぁぁぁぁ……」


 あかりは言われた通りにし大人しくなったかと思うと、突如何かを訴えかける涙目の顔が俺の方へ向けられた。


『どうぢよう……』

『後で適当にフォローしといてやる……』


 目線であかりと軽いやり取りをかわすと、ちょうどよかったというべきか、HRの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。

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