第二話
俺はとにかく青春ラブコメがしたい。というか高校に入った目的が勉強より第一にそれだ。別にハーレムになりたいとかそこまでは求めない、ただ友達とわいわいと帰りにどこかに寄ったりしたいし、身体がちょっと触れてお互い照れ隠しに笑いあうとかそういう純情で初心な恋愛もしたい。
だからこそ俺はあいつに告白したんだよ。恋人となって青春一コマを一緒に贈ってみたいと思ったからな。
でも現実はそう上手くいかなかった。結果は惨敗。今でこそ気を遣って話しかけてくれたり、部活の朝練がない時は登校を共にもしてくれたりする。
でも、今日でそれも終わりだ……。
いやだってさ、確かに部活無いとは言ってたけどミーティングはあったらしいんだよ。だから俺はこうして昇降口で待ってるわけだからな。
でも考えても見てほしい。ミーティングがあって忙しいにもかかわらず俺と放課後付き合ってほしい事ってなんだ?
答えは簡単。何か重要な話をされるという事だ。そしてそこまでされる重要な話は数通りしかないだろう。
一番有力なのは交流の断絶を告げられることだ。一度振った男とは言え一応仲良くしてきた幼馴染だ。気を遣って今まで通り接してはくれたが、やはり限界だと悟ったのだろう。このタイミングで絶交を言い渡されるのはうなずける。
そしてもう一つの可能性は……まぁこっちについてはあえて言及するまい。
「ごめんごめん、思ったより長くってさぁ」
一人思考していると、ぱたぱたとあかりこちらに駆け寄ってくる。制服に身を包んだ背中にあるテニス部特有のラケットバッグはまさに青春の証とも言える。が、
「なんで横向きになってるんだそのバッグ……」
「え?」
え? 気付いてないのかこいつ? 普通ラケットバッグって縦に背負うものだよな? なんで首を絞めつける形で横向きにひっかけてるの?
「あ、ほんとだ! なんか苦しいと思ったんだよねぇ」
「なんか苦しいって……」
明らかにそれなんか苦しいレベルじゃないだろ、それなりに重さあるよなそれ!
心の中で盛大につっこんでいると、あかりは「よいしょ」と言いながら従来あるべきラケットバッグの持ち方に変える。
「じゃあ行こっか! とりあえず最近できたっていう抹茶喫茶いってみない?」
「お、おう。了解……」
さぁて、ついにこの時が来てしまったぞー?
軽く欝々としながらも何気ない会話に興じつつ高校から少し歩くと、こぎれいな建物の目の前であかりが止まった。和風テイストの外見はなかなか小粋だと思う。
抹茶喫茶グリーンティー。でかでかと掲げられた看板にはそう書かれてあった。
直訳すれば抹茶喫茶緑茶か。漢字にしたら読みにくさ尋常じゃないな。
カタカナって優秀なんだなぁなどとどうでもいい事を考えつつ店に入ると、和服っぽい制服に身を包んだ店員が出迎えがあり、俺達を二人席に案内してくれた。
「おおすごい! 美味しそうなのいっぱいだよコウ⁉」
あかりは長くない髪をはためかせ、目を輝かせながら言うと、手渡されたメニューの写真面をバシバシ強烈に叩きながらこちらに見せてくる。
とりあえずメニューが可哀想だからやめて差し上げろ。あと手が邪魔で全部見えないからそれ。
「でも確かに美味そうではある」
「でしょー?」
あかりは俺の言わんとする事は伝わったのか伝わらなかったのか、メニューを叩くのはやめたが俺に見せるのもやめてしまった。まぁいいけどさ。
しばらくうんうん唸りながらメニューを凝視する姿を眺めていると、あかりはパッと顔を上げてメニューを再度見せつけてきた。
「これ美味しそうだよ!」
笑顔で指し示されたのは抹茶ロールケーキ。どうやらこの店の看板メニューらしい。
「確かに美味しそうだな」
「これ美味しそうだよ!」
「お、おう」
「これ美味しそうだよ!」
「…………」
「…………」
束の間の沈黙。なんすか、壊れたラジオの真似でもしてるんすか? あ、じゃなくて反復横飛びの練習ですね! 言葉だけでやるなんて斬新だなぁ。できないね。
わざと見当違いの事を考えている間もあかりの笑顔はずっとこちらに向けられている。しかし目の奥に宿る黒真珠のように艶やかな瞳とは別の黒い何かで、むしろ脅迫的な色を帯びていた。
『頼め』
「そ、それにします……」
とうとう心の声まで聞こえる始末だったので望まれているであろう返事をすると、あかりは名前のごとく花が咲いたような明るい笑顔を見せてくれる。ただ、純粋に可愛いと思えないのはさっきの表情との差のせいだろう。
「おお、流石コウ、センスいいね! 実はそれ私も気になってたんだよね!」
「へいへい」
いけしゃあしゃあとまぁ……。味見させろっていう魂胆だろ? 俺に拒否権なんて無かった。
「すみませんオーダーお願いしまーっす!」
あかりが元気よく声を張り、抹茶ロールと抹茶アイスパフェを頼むと、店員は営業スマイルを湛えながら注文を承り奥に引っ込んでいった。
「お前寒くないのかそんなもん頼んで」
冬も過ぎて暖かくなったとはいえ、まだ四月の下旬辺り。アイスを食べるにはまだ寒いと思う。ましてやパフェとか腹痛不可避だと思う。
「むしろ春こそ冷たい物だよ!」
「その心は?」
聞くと、何故か少し考え込む様子を見せるあかりだったが、やがて得意げに口を開いた。
「どちらも人は、愛すと言うでしょう!」
「お、おお……」
なんか地味にうまい事返してきやがったな。その理由はなんだって聞いたつもりで、別に春と冷たい物でなぞかけしたわけじゃないんだけどな。でもこの短時間でここまで整えるとかこいつ案外才能あるんじゃないの? あかっちでも名乗って芸能界デビューしてみれば?
「ふふーん、巧すぎて言葉にもできなかったみたいだねぇ」
「まぁ確かに、正直その返しは予想外だったよ」
「でしょ?」
まぁ俺の言う予想外は巧いのもそうだが、お前がなぞかけとして言葉の意味をくみ取った事も含まれてるぞ。
あかりの意外な才能に軽く感心していると、やがて抹茶ロールケーキと抹茶アイスパフェが運ばれてきた。
「いっただきまーっす!」
あかりが嬉しそうにパフェのアイスを一口食べると美味しそうに頬を染める。
さて、俺の頼んだ奴はどうなのかな。という事で俺も一口。
「お、美味い」
程よい甘さで意外とさっぱりしていて、鼻の奥を透き通るように広がる抹茶の風味のおかげか、全然くどさが無い。
「ほんと⁉ 私も味見していい?」
などと聞く割には俺が答えるのも聞かずに匙を出し一口食べると、あかりの顔を綻ばせる。
「どうだお味は?」
「美味しい! 私の見る目に狂いは無かった!」
「そりゃ良かった」
半ば強引に決めさせられた感があったが、あかりの嬉しそうな表情を見ているとどうでもよくなってくる。
「私のも食べてみてよ。美味しいから!」
そう言ってあかりはアイスを匙に一口入れてこちらに近づけてくる。
おっとぉ……そのスプーンは既に使用済なのでは……。ひと昔前までなら別にこういうの普通だったけど俺も歳が歳なんですよええ。だからちょっとそういうのはNG……。
「ほら早く、溶けちゃうよー?」
「いや、俺は別に……」
「せいっ」
断ろうとすると、不意に口の中に冷たい感触と抹茶の香りが広がった。
「どう? 美味しい?」
「そうだな、うん、美味い……」
軽く首を傾げ上目遣いで尋ねてくる所作はまさに反則。これがもしかして天然ビッチってやつか? 人の事振っといてここまでしちゃうとか絶対そうだろ! なんなら天性のビッチでもいいんじゃないかな!
羞恥やらなにやらで荒れ狂う心内環境の中、それを呑みこまんと必死でロールケーキを食べ終えると、糖分のおかげか少し落ち着いてきた。
目の前でパフェを美味しそうに食べるあかりを見ると、やはり何か重大な話をされるような感じはまったく無い。
やがて、あかりは食べ終わると満足感からなのか、深呼吸するかのように大きく息を吐く。
やっぱり俺が深読みしすぎていたらしいな。ここに来たのはただ単に食べたかっただけなのだろう。もう一つの可能性の方では無かったものの、絶交では無かったのだからまぁ良しとしよう。
「じゃ、そろそろ」「ねぇコウ」
お互い声が重なり束の間の沈黙が訪れる。
……声のトーンが今までのお気楽な感じとは違ったな。結局ここに連れてきたのは食べたいだけだったのかと結論付けかけたが早計だった。
覚悟を決めてあかりの言葉の先を聞く事にする。
「いいぞあかり。言ってくれ」
「え、えと……ま、まぁそんな重要な事じゃないからやっぱりいいかな……」
ん? なんだかあかりの様子がおかしいぞ? いつもなら俺がいいと言えば遠慮なくあっけらかーんとものを言うような奴なのに、今回に至ってはなんていうのか、緊張してるっていうような、恥じらってるっていうような……。とにかく消極的でためらった感じは前例がない反応だ。しかもよく見れば俯き加減の顔は若干赤く染まっている。
よもやこれは……いやそんなはずは無い。断じてない。
言及を避けたもう一つの可能性が頭に浮上してくると、あかりはやがて意を決したように俺と目をしっかりと合わせてきた。
「あーやっぱり、言わせて。あ、後にするほど言いにくいと思うから……」
「え、おう」
あかりはああ言ったものの、なかなか新たな言葉は紡がれない。
これからあかりが伝えんとする事はなんだろう? 今から言われる事が俺と放課後つきあってほしい理由なのは確実だろうが。ふう、落ち着けよ俺。
「じ、実はね……」
なかなか焦らしてくる奴だ。もしかしたら高校受験の結果発表よりも緊張するかもしれない。
「コウに相談したい事があるんだっ!」
立ち上がり放たれたのは少し予想外な言葉だった。そして次の言葉は矛となり俺の心臓を再び貫いてくる。
「最近私、刑部君の事を見ると、胸の辺りが変になるんだよ!」
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