第9話 祭りの幕開け

「よしっ!」


 イベントデーの朝。お店の前の掃除を済ませた香ちゃんはドアに看板をぶら下げ、角度をキメると頷き店内へと戻っていきました。

 からんころんとベルの音が響くのを背景にイベント告知の看板が揺れます。


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 カフェひだまり 本日コピルアクフェスティバル 

 コピルアク1杯1000円!(高いけど安いよっ)←店長仕上がりに自信アリ!!

「最○の人○の○つけ方」上映中 

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 いつもとレイアウトを変更されたひだまりのなかでは開店前の準備が進められています。

 まほよさんは客席に必要なものがセットされているかのチェックしています。

 店長はキッチンで軽食等の仕込み中です。カフェの開店前からサンドイッチやコーヒーのテイクアウトは受け付けているのでなかなか大変そうです。今日はイベントもあるので尚更でしょう。そのため彼の隣では普段は姿の見えないピンチヒッターが働いています。彼女についてはまたの機会があればお話しましょう。


「まほよちゃん、どう?」


「メニューとかはちゃんと揃ってる。あとはここの区切り、どうしましょう?」


 香ちゃんが合流するとまほよさんは客席の傍に設置されたパーテーションを指さしました。コピルアクにちなんだ映画の上映コーナーのために今回新たに用意した区切りですが、スペースをどれくらいとったものかまほよさんは悩んでいるようです。


「まっかせて! 私が動かすから、いい具合になったら教えて」


 香ちゃんが腕まくりしてパーテーションをむんずと掴んで前後に位置を変えてみせます。心得たものでまほよさんは着席して「近い、遠い」と呟き香ちゃんに位置を伝えます。こうしてひだまりはイベントデーを迎えるのでした。


○●○●○●


 からんころん


「いらっしゃいませっ、ようこそひだまりにっ!」


「やあ、香ちゃん。アレ、やってるかい? ちょっと大所帯なんだけどさ……」


 開店からほどなくして誠司くんのお父さんである村井のおじさんがひだまりのドアをくぐりました。言葉の通りに同年代のお仲間を5、6人引き連れての来店です。


「こんにちは村井さん。今日も上映コーナーでいいですよね? 大丈夫ですよ~、今回はスペースおっきくしましたからっ」


 村井のおじさんの確認に笑顔で頷くと香ちゃんはおじさん達を上映コーナーの真ん中へ案内します。テーブルをくっつけ全員がくつろげるだけの場所を香ちゃんがこしらえると彼女は笑顔でおじさん達に訊ねます。


「ご注文はコピルアクでよろしいですか?」


 全員が頷き、そのほかの注文が決まると同時に上映用のスクリーンに映画が映り始めます。


○●○●○●


 からんころん


 今度はカップルの来店です。イベント目当てではなさそうな2名様を香ちゃんは上映スペースとは別の窓際へといざないます。もちろん手短ながらイベントで珍しいコーヒーを提供していることをしっかり伝えています。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


 ぺこりと一礼して香ちゃんがスッと離れるとカップルは頭を突き合わせるようにしてテーブルに置かれたコピルアクの紹介文を読み始めました。内容が内容なだけに結構きゃいきゃいと騒いでいますが、悪い印象ではないようです。

 ちなみにこの紹介文、店長が味わいについて延々と語る内容だったものをまほよさんが大半をカットして珍しい食品であることと衛生面の問題がクリアされていることを前面に押し出したものに書き換えています。


「1杯1000円でも割安みたいだぜ?」

「え~? でも、ウ○チなんでしょう……?」


 ノリ気になっているカレシと躊躇している彼女の会話を香ちゃんの鋭い耳が捉えます。どうにもまだ味わいや香よりもその製法ばかりが注目されがちな現状に香ちゃんは少し不満を覚えます。


(とっても美味しいんだけどなぁ……)


○●○●○●


「なかなか賑やかになったな、ここも……」


 トン、とカウンターにマグカップが置かれ御隠居さんのつぶやきがそれに続きました。


「こういった感じは、落ち着きませんか……?」


「いやいや。そぉゆぅことじゃあ、ねぇよ」


 カウンターの端っこで丸椅子に腰かけてゆっくりとコーヒーをすする常連のおじいさんに店長が訪ねます。本来客席ではないそこは彼の特等席なのです。


「ただ、わからしくはねぇかな、とね」


わかはやめてください、もうそういう歳ではありません」 


 少しだけムキになって返す店長にお爺さんはカハハハと笑います。この2人の会話はいつもならここで終わりになります。それだけお互い言葉数が少ないのです。けれど今日の店長は少しだけ饒舌じょうぜつなようです。


「確かに……あの達がいなかったらここまでの催しにはしなかったでしょうね」


「だろうなぁ、新顔はいい子じゃないか」


「ええ」


「賑やか華やかは結構だが、住み分けが出来てないと爺は肩身が狭くてな」


「そういったところを彼女たちは心得ていますから」


 年寄りには端っこでいいからのろのろ勝手にやらせてもらえるスペースが必要で、そのためには住み分けが必要なんだとおじいさんはウンウンと頷きます。


「特にあのちっこい娘は気が利くな」


「確かに」


 こういったイベントの最中では快活な香ちゃんに目が行きがちですが、まほよさんはまほよさんで黒子に徹して活躍しているのです。

 香ちゃんがさっき村井のおじさん達を案内した時はテーブル設置を手伝い映画の上映を開始したのは彼女でした。おじいさんが来店した際もなにも言わずに特等席に丸椅子を持って来てくれたのはまほよさんです。


「私も彼女に助けてもらっているところは大きいです」


「はは、新しくなってもいい店のままでなによりだ」


 授業参観の父兄のように控えめに2人は笑い合います。ちょうど空になったマグカップに視線を落とした店長が口元に笑みを浮かべます。


「……ご隠居、せっかくなら新しいコーヒーもいかがですか? コレもまた、いいですよ?」


「……わか、相変わらず笑うと怖ぇよあんた」


「………」


「わかった、わかった! いただくよ。ちょっと、間を空けてから、なっ! なっ!?」


○●○●○●

 

「にゅふぅんっ♪」


「なに、カオ? いきなり笑って怖いんだけど……?」


 開店直後のお仕事がひと段落ついたところで香ちゃんがまほよさんの隣でニヤニヤし始めました。


「ま、ほ、よ、ちゃ~んっ」


「なによ?」


 香ちゃんは質問に答えずにまほよさんの手を取ってギュッと握ります。さすがのまほよさんも面食らって顔を赤らめます。


「いつもありがとね♪」


「もう、だからなんなのよ……もぉ」


 店長と常連さんの会話が聞こえてしまった香ちゃんはまほよさんが褒められていることを知り嬉しくなったのです。香ちゃん、嬉しくなるとすぐソフトタッチしちゃう癖があるのです。


「……はっ!?」


「重ね重ね、なんなのよ?」


「……来た。来てくれた……!」


 突然香ちゃんがスキンシップの最中に珍しく上の空になりました。どこか遠くを見ているような瞳が揺れお店の入口へと向かいます。ドアが揺れ動くよりも早く彼女の身体がそちらへと向かいだします。


「あっ……」


 離れていく香ちゃんの手とその表情を見てまほよさんは悟ります。誠司くんが来たのです。

 想い人を出迎えるべく弾むように歩いていく香ちゃんの背中をまほよさんは見つめます。


「おばか」


 まほよさんの呟きはいまだけは香ちゃんに届きません。それはノスタルジックなドアベルにかき消されてしまったから、ではないのでしょう。


 からんころん

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