第8話 ひだまりのコピルアク(政府機関による検疫済み)

「さあ、香くん……!」


「はいっ、準備出来てます!」


 バックヤードにやって来ると店長は細々とした調理器具を背に香ちゃんと向き合います。香ちゃんも三角巾を解くとカッと目を見開き見つめ返します。ケモ耳がピンと張りその瞳には強い光があります。これがキッチンスペースでなければこれから手合わせでも始めそうな武士然もののふぜんとした雰囲気です。


「試飲をはじめよう」


「はいっ!」


 しかして、これから始まるのは特製コーヒーの試飲会です。


「現行のやり方を踏襲とうしゅうしたAパターンと、今回より浅煎あさいりにしてみたBパターン。さあ、くところから確かめてみてくれ……!」


「はい!!」


 そして店長から手渡されたのはコーヒーミル。汚れひとつないそれを受け取ると香ちゃんは計量スプーンで焙煎ばいせん仕立てのコーヒー豆をミルに投入しレバーを回し始めます。


 ごぉり、ごりごり~


「……香り、立ち上ってきますね早速!」


「ああ。Aパターンはかなり仕上がってるな……!」


 熱血な雰囲気をまといながら2人は丁寧に挽かれていくコーヒー豆の中から目覚める香りにうっとりしています。ちょっと部外者にはついていけない雰囲気ですが香ちゃんたちは真剣そのものです。


「だが、今回はBパターンこそが本命だ香くん」


「マジですか? 店長……!?」


 ごぉり、ごりごり~


○●○●○●

 

「ほわぁ~っ!!」

 

「コレは、いい!」


 挽き終えた豆で早速淹れたコーヒーを少量ずつ口にした2人は感嘆の声を上げました。特に普段寡黙な店長が声を大にしているシーンはなかなかお目にかかれません。


「これはBパターンで……」

「決まりですねっ!!」


 頷く店長とサムアップしながら答える香ちゃん2名の満場一致で特製コーヒーの焙煎具合が決まりました。

 カフェひだまりの特製コーヒー、コピルアクフェアにて提供されているそれは特殊な材料を使用しており仕入れることの出来る量も品質もその時々によってまちまちのためこうやってフェア前に試飲会が行われているのでした。


「研究所から先行して送ってもらった分でレシピは決まった。これなら提供量も確保できるぞ」


「前回は初めて売り切れましたしねっ!」


「ああ。香くんには窮屈な想いをさせたが、それ以上のものが得られるはずだ」


「はいっ!!」


「……ふぅ、まったく……お熱いわね」


 盛り上がっているコンビの真横でため息が漏れました。店長と香ちゃんがそちらへ目を向けると腕組みしたまほよさんがザ・仏頂面といった表情で2人を睨んでいました。


「まっ、まほよちゃん!?」

「まほよくん……」


「ちょっと、騒がしいですよ」


「うそ!? 声、漏れてた?」


 香ちゃんの質問に彼女は天を仰ぐような仕草で肩をすくめてみせました。


「むぅ、すまない」


「構いませんよ。ただ、一応機密の類なんですから盛り上がるにしてももう少し気を付けてください」 


「はい……」

「面目ない」


 コンビはしゅんとして縮こまってしまいます。ひだまりでは一番ちんまいまほよさんですがヒエラルキーの頂点に君臨しているのです。腕組みポーズが様になっています。


「……ウ○コ、なんですから」


「「!!!」」


 突然、ひだまりの小さな暴君のくちからトンデモない言葉が飛び出ました。このロリ、もしや見た目だけでなく頭の中もお子様なのでしょうか。

 しかし、この突然のトンデモ発言に2名はギクリとします。香ちゃんに至ってはケモしっぽが膨れあがってパンツがこんもり盛り上がってしまっています。


「ま、まほよくん何度も言うがこれは排泄物そのものではなくだな。食べられたコーヒーの実の未消化部分……つまり、そういうものとは触れていない物を使っている上に焙煎しているから衛生的な問題はないものだ。おまけに、生豆の洗浄と衛生検査は国の研究所で行っていて市販の食品よりも清潔なくらいなものであって……」


「店長……騒がしい、って言ってましたよ?」


 言葉数多めの店長の弁明を遮り、満面の笑みでまほよさんがサムアップで表をクイクイと指し示します。仕事に戻れ、ということですね。


「すまない、香くん」


 店長は手刀てがたなを切り香ちゃんにゴメンナサイしながら表へ行ってしまいました。暴君は店長より偉いのです。残された香ちゃんはというと額に汗を浮かべ目を泳がせていました。


「ままま、ほよちゃん……もしかしてぇ、怒ってる?」


「あら? どうして?」


「いや、なんか……そんな、気がして」


 そんなことないわよ、とまほよさんは笑います。

 嘘だと香ちゃんは直感します。付き合いはそれなりですし、なにより感情の揺らめきが嗅ぎ取れます。まほよさんは怒っておられます。初期おこ段階ですが確実にご立腹のご様子です。けど香ちゃんには理由がわかりません。


「あんたねぇ、そのコーヒーは色々とヤバいんだからあんまり騒いじゃダメでしょう?」


「あっ……」


 まほよさんがため息とともにくちにした言葉で香ちゃんは合点がいきました。たしかにコレには香ちゃんの秘密につながるアレコレがつまっているのです。だから正体露見を避けるためにもコトは慎重に運びなさいとまほよさんは心配してくれていたのでした。


「ま、まほよちゃ~ん!!」


 香ちゃんはたまらなくなって彼女に飛びつきます。まほよさんは最初こそ抗議しましたが香ちゃんをハグし返してくれました。


「まったく、気を付けなさいよ。私に言わせれば、カオが獣人だってことよりも衝撃的だったんだから」 


「うん! うんうん♪」


「店長もコレ絡みだと途端にポンコツなんだから」


「うんうん……!」


 嬉しくなってる香ちゃんは彼女のぼやきにも頷くばっかりです。そんな香ちゃんの様子にまほよさんの口元も緩みます。けれど、特製コーヒーで盛り上がる先程の2人の姿がふと脳裏によぎるとそのくちはへの字に変わります。


「カオと店長の歪んだ性癖の産物なんだから」


「にぃぃぃ……っ!!」


 まほよさんのサディスティックな言葉に香ちゃんが悶えました。

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