第7話 祭りの前の慌ただしさ

「たっだいま~!!」


 香ちゃんが独り盛大にケモった夜から大体半月後。彼女はボストンバッグ片手にただいまを口にしながらひだまりのドアをくぐりました。


「おかえりなさい、カオ」


「うん! まほよちゃ~んっ!!」


 出迎えてくれたまほよさんに香ちゃんがヒシと抱きつきます。まほよさんは苦笑いを浮かべながらも香ちゃんの肩をポンポンして応じます。


「大袈裟よ。顔合わさなかったの、1週間でしょう?」


「だってぇ~!」


 素っ気ない返事に抗議しつつハグを続ける香ちゃんに彼女もギュッと腕に力を籠めます。小柄なまほよさんのハグは香ちゃんからすればとてもか弱いものですが、不思議と心休まる温かさがありました。


「………」


 香ちゃんに続いてドアをくぐってきた店長はそんな2人のハートフルなやり取りを黙って眺めています。


「店長も、おかえりなさい。お疲れ様です」


「ああ」


 店長の存在に気付くとまほよさんは香ちゃんを引きはがして彼を迎えます。言葉短く応える店長に今度は香ちゃんが向き直り頭を下げます。


「わざわざお迎えありがとうございます、店長」


「そんなに畏まらなくていい、香くん。それより……」


 今日店長さんは朝イチで県内のある場所まで香ちゃんをお迎えに行ってあげていたのです。本日のシフトに入っているとはいえ店員のために車をまわしてくれる聖人君子のような店長さんです。しかしいま彼は妙にソワソワしています。常にいわおのようにどっしり構えている店長には珍しい様子です。


「まほよくん、引き続き店を任せても構わないだろうか?」


 彼はまほよさんへ熱い視線を送ります。瞳からエネルギッシュな閃光が弾け心なしか鼻息も荒く辛抱堪らないといった感じです。まほよさんは小さく嘆息すると、少年のようにワクワクを抑えがたい店長へ了解の返事を告げました。


「ありがとう……!」


 すると店長はその巨体に似合わない素早さで店の奥に引っ込んでしまいました。まるで新作のゲームソフトを買って来た子供のような姿です。まほよさんは今度は大きくため息をつきました。


「まったく」


「わぁ……!」


 そしてその横で香ちゃんは期待の眼差しをそちらへ送っていました。その様子はどこか店長の姿とダブって見えます。香ちゃんのキラキラした目に気づくとまほよさんは肩をすくめました。


「毎度毎度、やれやれだわ」


 今日からカフェひだまりはフェアの準備期間に入るのです。


○●○●○●

 

「ふんふふん、ふふ~ん♪」


「………」


 仕事を開始した香ちゃんですがその様子にまほよさんは眉をひそめます。

 月1の長めのお休み明けに香ちゃんのテンションが高いのはいつものことですが、今回は明らかに浮ついているのです。


「ねぇ、カオ。なんかいいことでもあったの?」


 まほよさんが気になって訊ねると香ちゃんは振り返ってニカッと笑います。その表情にまほよさんは内心ヤブヘビだったかと呆れつつ催促します。


「気になる?」


「あぁ、うん、気になる気になる。だから話しなさいよ」


「しょうがないなぁ!」


 まほよさんの態度を意に介さず浮かれた彼女はその出来事を報告します。なんと、次回のコピルアクフェアの日に香ちゃんの想い人誠司くんがひだまりに来店してくれることになったというのです。


「へぇ……」


「うすっ! 反応薄いよ!?」


「おめでとう、良かったわね。けど、いつどこで何がどうしてそうなったのよ?」


 香ちゃんの表情からして誠司くん絡みなのは予想通りでしたが、どうやって彼女が彼と約束を取り付けたのかまほよさんには分かりません。


「ご近所さんだとは聞いてるけど、あんた何したの……?」


「何もしてない! 変なこと、してないっ!」


 てっきり村井家彼の家に香ちゃんが突撃でもしたのかと思ったまほよさんでしたが、実際は香ちゃんと誠司くんがランニングの最中に鉢合わせして走りながら話しているうちに流れで決まったそうです。


「カオ、誠司くんとちゃんと話せたのね?」


「は、話せますっ!? ランニングなら……あんまり、顔合わせなくて? 済むし……?」


 おそらく走りながらキョドリながら会話していたに違いありません。


「そう。けどあんた、随分思い切った真似すんのね」


「そ、そお?」


「だってあんたアレを誠司くんに飲ませる気なんでしょう?」


「ちゃんと私の奢りだよ!?」


「いや、ソコじゃないわよ。だってアレは……」


 まほよさんがこの場でどこまで話したものかと思案していると店の奥から店長が戻ってきました。見るともなく見ていると彼は満足げな表情を浮かべながら軽くガッツポーズを決めていました。まほよさんが「うわぁ」と思っていると店長は2人に手を振ります。


「香くん、まほよくん、出来たぞ。今回は、イイ……!」


 普段から謙虚で寡黙かもくな店長には似つかわしくない調子に香ちゃんはハッとします。


「出来たんですか? 店長……!?」

「ああ。今回は……凄いぞ」


 素早く駆け寄った彼女と店長がひそひそと口早に言葉を交わします。勢いや熱意がハミ出し過ぎていて全く内緒話になっていないのはご愛敬です。そのまま2人はドラマの悪役コンビのようにバレバレの密談を交わしながら仲良く店内へと引っ込んでしまいました。


「ごゆっくり~」


 引っ込む前にコンビから熱視線を送られたまほよさんは首肯ひとつで全てを受け入れ手を振り2人を見送りました。


「……やれやれだわ」

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