第6話 女盛り、ケモ盛り

「ふい~」


 一日の終わり。お風呂上がりの香ちゃんがベッドに寝転びます。愛用の抱き枕を抱き寄せるとケモしっぽを巻き付けてコロコロ転がり始めました。


「ん~!!」


 転がりながら香ちゃんは抱き枕に身体を擦りつけます。頬ずりしたり額を当てたりして親猫に甘える子猫のようです。


「にぃ、にぃぃ……!」


 随分と熱心に抱き着いています。実はコレは彼女の種族特性の1つなのです。

 コミュニケーションに匂いを用い、特殊なフェロモンを活用する種族の彼女にとって自分の生活圏にマーキングを行うことは至極当然な欲求なのです。


「はふぅ……!」


 ひとしきりウリウリと抱き枕にマーキングをしていた香ちゃんが嘆息します。その表情はスッキリとしています。しかし、すぐにその表情は陰ってしまいます。


「はぁ、今日は誠司くんに会えたけど……なぁー」


 配達先での出来事を思い出して香ちゃんは頭を抱えました。誠司くんに会えたことは勿論嬉しいのです。けど、その後のやり取りはいただけませんでした。彼と会うときは大抵挙動不審な香ちゃんですが今日のアレはとびきり酷かったように思えます。


「うう……! 変な女って思われてる……よねぇ?」

 

 彼女が野球少年、村井誠司くんと出会ったのはおよそ3か月前のことです。配達先のおじさん草野球チームにたまたま加わっていた彼を香ちゃんは見つけました。

 一目惚れならぬ、一嗅ぎ惚れでした。

 熱く激しくそれでいてウットリする匂いに彼女の中でナニカがほとばしりました。故郷はざかいの流儀にのっとればフェロモンをむんむんにして誘惑するべしですが、日本ここではそうもいっていられません。


「ああ! でもでも、どうしよぉ~!?」


 だからといって日本での問題のない人間的なアプローチが香ちゃんにはよくわかりません。暮らしている環境が異なるということもありますが獣人は「その都度、最速、全力で、コトにブチ当たっていく」というのが基本的なスタイルなのです。おまけに誠司くんに対する香ちゃんの好感度は初めからMAX状態なのですからアプローチの加減など出来そうにもありません。


(でも、このままナニもしないままじゃあ……!)


 どうにもならないどころか、香ちゃんがどうにかなってしまいます。

 誠司くんと出会ってから、香ちゃんは明らかにケモりやすくなりました。体がリビドーとフェロモンの発散を求め熱くなります。大事なモノや場所、人にマーキングをしたくなってウズウズすることが増えました。けれど、それは日本では許されないコトでしょう。女盛りの香ちゃんには気の毒なかぎりです。


「う、うう……!」


 香ちゃんがベッドの上で悩まし気にクネります。自覚していても達することのできない望みほど欲してしまうものです。彼女にとって誠司くんの存在はその最たるものなのです。


「もう、ダメぇ……!」


 そして香ちゃんはいけないコトを始めてしまいます。


○●○●○●


「せ、誠司くんって童貞さんかなぁ?」


 寝床の中で想い人のことをアレコレ妄想しています。しかし随分と直球です。


「なんか、野球ばっかりしてるっておじさん言ってたし、多分そうだよね」


 香ちゃんは独りでうんうんと頷きます。


「だけど、そうなら……ちょっと可哀想、かも?」


 全国の童貞くんの心をへし折るような発言です。しかし、これもまた彼女の獣人ゆえの悩みのひとつなのです。

 もし香ちゃんと一夜を共にしたのならその人は彼女のフェロモンを直に浴びることになるでしょう。それは文字通り香りに溺れることを意味するのです。獣人の本能は匂いという姿で呪詛のように愛の爪痕をその人に刻み込むことでしょう。そうなればその人はもう香ちゃんから離れられなくなってしまいます。


「男としては……抱いた女が1人だけは、寂しい?」


 だから誠司くんと香ちゃんがイイ感じになった場合、彼の経験人数はおそらく生涯1名となるのです。香ちゃんはそのことを少し心配しています。


「ああ、でもでも……浮気を許されたけど結局満足できなかったていうシチュエーションも、ふふっ……」


 童貞(仮)相手になかなかサドい妄想を膨らませています。こういうところ香ちゃんはけっこう強気です。食らいついたら迷わず結婚、お墓までご一緒する気マンマンでいます。


「他の子の匂いなんてつけても上書きしちゃうもんねぇ~」


 あの誠司くんから他の女の匂いがしたら……想像すると嫉妬心以上に体がうずきだします。


「……書き換えなくちゃ」


 香ちゃんからムワリと濃厚な匂いが立ち上ります。人によっては眩暈めまいを覚えるような甘くてどこか獣のような匂い。それは決して悪臭ではありませんがとにかく濃いのです。それは彼女の心が体から抜け出て想い人へと腕を伸ばしているかのように部屋に広がっていきます。


「誠司くん……」


 匂いに誘われているかのように香ちゃんの手が彼女の恥ずかしいトコへ伸びていきます。ケモる体に香ちゃんの心が従います。


「ふっ、うぅぅっ!!」


 スゥ、と指が撫でるように触れただけでゾクゾクと全身が震えます。続いて輪郭を指の腹でなぞります。自分の体が自分のものでないかのような気持ち良さが広がっていきます。


「ニゥウンッ!!」


 誠司くんのうっとりするあの匂いと自分の匂いが触れ合い混ざり合う瞬間が頭の中で繰り広げられます。相手を自分の香りに染めたい。相手の香りに染められたい。染めたい。染められたい。もっと。深く。もっと、もっと。


「せい……じぃ……!」


 熱くなる体と広がる匂い。しかしそのどちらも自分と向き合うべき相手、触れ合い交りあう対象を見つけられずもどかしさが募ります。


「うぅん……!」


 己に触れている指先にじっとりとした湿り気が絡みつきます。産毛をゆっくりと逆撫でます。


「んっ!!」  


 いよいよ香ちゃんの盛々ケモケモ具合も最高潮に達しようとしています。


「にぃっ、にぃ……!」


 ケモケモケモケモ


 いま、自分が触れているところにもし誰かが触れたとしたら……


「わ、わたし……もうっ」


 ケモケモケモケモ


 その瞬間を願いながら彼女の指がナカに触れました。


「ニュウゥンッ……!!」


 ケモケモケモ、ケモッ


 音と動きが止みました。


 ピッ


 そして空気清浄機くんのランプが灯り夜は更けていくのでした。

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