第5話 帰宅のち独り遊び

「ただいまー」


 ひだまりでの仕事を終えておかえりの返ってこない自宅に香ちゃんが帰宅しました。扉を閉め自分だけの空間になると香ちゃんは大きく伸びをしました。


「うみゃぁぁ」


 ケモっぽい鳴き声をあげ、身体をぶるぶると震わせると彼女は衣服を脱ぎ始めました。

 靴を脱ぎワイドパンツを脱ぎストッキングを脱ぎます。ストッキングは消臭機能重点の品で靴はアウトドア系です。蒸れによる臭い防止とはいえ可愛いデザインに出会える機会が少ないのが難点です。そう思いながら靴にデオドラントスプレーをシュッシュッします。広がる柑橘系の匂いに香ちゃんが顔をしかめます。


「にぃぃ~!」


 すると彼女のお尻の辺りから生えているしっぽの毛が逆立ちます。アライグマのしっぽに似た縞々しましま模様の入ったふさふさのケモしっぽです。顔をぶんぶん振ってから指で鼻をこする代わりにケモしっぽで顔をクシクシしています。


 気を取り直して彼女は上も脱いでいきます。やはり防臭効果を期待して着用している長袖の高機能インナーに重ね着したシャツを脱ぎ捨てます。最後に玄関わきの帽子掛けにキャスケットを掛けると香ちゃんはあっという間に下着姿です。


 香ちゃんは細くしなやかな体つきですがよく見ると結構筋肉質です。そしてそれ以上に目を引くのはケモ耳とケモしっぽでしょう。ほとんど人間の裸身と変わらぬ姿ですがその2つは異質です。身体に対するサイズも大きめで普段窮屈な想いをしているからかピクピクとクネクネと自分の意思でもあるかのように動いています。 


「ん~!」


 そして脱ぎ散らかした服を洗濯機に放り込み彼女は自室へトトトと向かいます。


「お、よ、う、ふ、くぅ~♪」


 香ちゃんは正体を隠し種族特性の影響を周囲に与えないために服装にも気を使っています。そのため外で着ることの出来る服には制限があります。

 けれど自宅は違います。好きな服を好きなように着れます。おまけに今日は誠司くんに会えたのでルンルン気分です。

 

「どれにしようかな~?」


 香ちゃんは長袖シャツとパーカーにサロペットを合わせました。前後にファスナーが付いてるタイプなのでケモしっぽも自由です。

 着替え終わってご機嫌な彼女の近くでピッと電子音が鳴りました。見ると壁際に設置された空気清浄機のランプが黄色く点灯しています。この機械は臭気を検知するとランプで知らせてくれるのです。しかしその報せに香ちゃんは憤慨ふんがいします。


「なんなんだ、君はっ!? ご主人様のお帰りだぞっ! それを毎回毎回っ!」


 ケモしっぽをブルンと振るって香ちゃんは空気清浄をビンタします。独りだからか機械相手だからなのかいつもよりオラオラしています。


「そんなに反抗的な態度なら私にも考えがあるよ……!」


 香ちゃんが悪い笑みを浮かべます。

 文字通り機械的に稼動していただけの空気清浄機くんに理不尽な罰が与えられようとしていました。


○●○●○●


 四角い箱型の機械に香ちゃんの裸足が伸びていきます。お肌はつややかで爪もきちんとお手入れされた綺麗な足です。


「ほ~らっ、どうだぁ? 臭いか~!?」


 しかしそのおみ足のあるじは優越感に浸った怪しげな表情を浮かべて指をワキワキさせながら空気清浄機くんに足を押し付けました。仕事終わりの足を、いつもより盛ケモってしまった一日の終わりの足を、です。そんなの誰だって大なり小なり臭うに決まっています。

 そんな生足で香ちゃんは空気清浄機くんをグリグリします。ご丁寧にケモしっぽで抱き込むように支持しながら。


「どうだ? 臭うか~? えい、えいっ」


 まるで抗議するように赤ランプが灯りました。香ちゃんの頬がニタァと歪みます。


「ふふっ、臭くても吸っちゃうんだもんねぇ、君は。ちゃんと緑になるまで吸うんだよ?」


 香ちゃんのケモ耳がパタパタと揺れます。獣人のセンサーが空気清浄機くんが香ちゃんの足の臭いを吸気していく様を捉えます。


(ああ! 吸われてる! 私の臭い、吸われてる! 機械の中が私の臭いでいっぱいに……!)


 香ちゃんはゾクゾクしながら体を震わせます。同時に盛々ケモケモしまくっています。日頃、自分の臭いを封じて生きている反動からか香ちゃんはたまにこうやって空気清浄機くんを酷使します。


「ほらっ、もっと、もっと……!」


 ちょっと歪んだ性癖にも見えますがコレには理由があります。

 いまでこそ居場所があって笑顔の日々を送っていられる彼女ですが、ひだまりで働く前は孤独でした。慣れない日本で正体を隠し臭いを悟られないように暮らすことは難しく心休まらないものだったのです。

 そんな暮らしの中でこの空気清浄機は彼女のお話相手でした。臭いを隠さなくても淡々と消臭のために空気を吸い上げ続けるこの機械だけは自分を糾弾しない存在なのだと香ちゃんは感じていたのでした。


 だからこの独り遊びは香ちゃんの胸の傷跡のようなものなのです。


「ほら、ほらほら……! んんっ!!」


 ケモケモケモケモ


 ……もしかしたら、ただの歪んだ性癖なのかもしれません。

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