第14話

八月


 コンビニで紙パック入りのカフェオレを買った。コンビニの店員に見覚えがあるものの名札には佐藤と書いてある。佐藤さんに知り合いはいないはずだ。

 帰宅途中に信号待ちをしていると、一匹の大きな蛙が目の前を横切る。ずしずしと赤信号の道路へ邁進していくから、すかさず蛙の進行の妨げになるよう、たまたま持っていた本文白紙の本を開いて、蛙の目の前についたてのようにどすんと置いてやる。それでも蛙は進行を止めず本文白紙の本に体当たりして、するりと紙の中に入り込んでしまった。

 蛙をインクの代わりにしたのか、今まで何も書かれていなかった本に、何かが浮かんでくる。

 ほうほうなになにと覗き込むと、それは先輩の描いたマンガだった。

 全く酷い内容だと思う。

 例えば、このマンガの登場人物は名前がころころ変わる。このコンビニでバイトをするお喋りなキャラは山田になったり田中になったり佐藤になったりするし。

 だけどもっと酷いのは、ここ。

 私は本から目を離し道路に顔を向ける。

 いくら信号無視したからって、轢くことはないでしょうに。

 吹っ飛ばされて道路に倒れた五月の私を、私は見る。

 五月病にやられて、ちょっと鬱々して、ちょっとぼんやりしてただけなのに、車に轢かれちゃうっていうのは、さすがにちょっと酷い話だと思う。感想が浮かばないのも頷ける。

 倒れた私の視界は焼けた空と割合同じ感じだったような気がするが、定かではない。

 横断歩道の信号が青になる。

 私は倒れてる私から、この期に及んでまだ手に握っているコンビニの袋を取り上げて中身が無事なことを確認すると、代わりに本を握らせた。

 倒れた私は私にこれなんですかと言ってくる。それは本だよと教えてあげると、本? と聞き返された。そう、本。本? 本。え、何で本? さあ、何でかは知らないけど、本は本。

 私がそれ以上の説明をしないとわかると、倒れた私は恐る恐る本を開く。蛙一匹分のインクでは全ページ埋めることは出来なかったようで、パラパラとめくられる本の後半のページは、白紙のままになっていた。

 何を思ったのか、倒れた私は白紙のページをじっとのぞき込み、それからがばりと額を押しつけ始める。ほどなくしてするりと本の中に入り込んでしまった。

 私はもう付き合いきれないと思い、さっさと部屋に帰ることにする。


 夜の気配は嫌いだ。

 拒絶されている気がするから。

 何度繰り返しても正しく先へは進めない。

 ため息が出る。


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