第13話
七月
空が焼ける。赤黒く焼けていく。
「はぁ? 何それ?」
「……」
山田だったか田中だった佐藤だったかは定かではないけれど、目の前の席を陣取ったその子は、不快そうな表情を隠そうともせずに言った。箸でつままれたカップラーメンの麺が半端な高さで揺れている。
「ホントさ、そーゆう言い訳って馬鹿っぽい」
「……言い訳?」
山田だか田中だかは、私からの明確な答えがないのに苛立ったのか、つまんだ麺ごと箸をびしゃりと汁の中に沈める。少量のカップラーメンの汁が私の手の甲に当たるけれど、文句を言うのも面倒だ。
何をしていて、どうしてこうなったんだか。
何かをしようとしていたのは覚えている。
何かしないとと焦っていたのも覚えている。
山田か田中か佐藤はカップラーメンを食べるのはあきらめたのか、箸を置いてしまった。
私は購買で買ってきた紙パック入りのカフェオレをストローで飲みながら、見るともなしにカップラーメンの茶色い汁を眺める。
「せめて夏休みまでは頑張ろうとか思わなかったの?」
「……」
思わなかった。
正直、もう疲れたとしか思ってなかったはずだけど、それが目の前の同回生にどう関係があるのだろう?
「ええっと、佐藤さん?」
「山田なんだけど」
放課後のラウンジはぐんと人が減る。
そこで堂々と道具を広げて作業しているのは村田だったか田村だったか、いや、後藤だったかもしれない名前の先輩だ。お世辞にも上手とは言えない絵で一心不乱にマンガを描いている。すごい集中力だ。あんなに一生懸命なのに、なんであんな作品しか描けないんだろう?
先輩は描いてはクシャリとまるめ、描いてはクシャリとまるめを何度も繰り返している。納得がいかないようだ。
しまいには大きなうなり声を上げ、消しゴムを投げてしまう。
「大学生にもなってバイトもしてないなんて甘えてる、自覚が無い」
「バイトしてないのでわかりませんが大変そうですね」
「バイトじゃなくても良いからなんかしろよ」
「何もできないような気がする。どこにも行けないような気がする」
「漫画研究会をサークルから部活に昇格するため、ぜひとも君の力を」
「ええと、それはちょっと……」
そういえば、今日は窓際の席にNがいない。
いや待て、私はNなんて知らないし、それを言ってしまえば目の前にいる山田とかいう同回生のことも知らないし村田か田村か後藤とかいうマン研の先輩のことも知らない。
「あの、山田さん?」
「田中なんだけど」
「え?」
「え?」
日が沈んでいく。
じわじわと存在の主張を始める夜の気配が鬱陶しい。
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