第9話
八月
部屋の電気を消しても、夜の気配は戻ってこない。
ただただ水の音がカプカプと部屋を満たしている。
赤い目をした白いオタマジャクシは部屋の中を縦横無尽に泳ぎながら、ぐびぐびとしぼんでいく。
気にしていても仕方ないので、オタマジャクシのことは頭から追い出し、ベットに潜り込んで目を瞑った。
水の香りは時間を追うごとに強くなる。布団が湿り気を帯び、空気がぬめりと重くなり、水の音とは別にポコンポコンと音がし出し、嫌な汗が頭から噴き出た。私は息苦しくて音が気になって、どうしても寝付けない。
そっと目を開くと霞んだ視界がこぷこぷと揺らめいる。
あっ、と言ったつもりだったけれど、私の口からはこぽりと泡が吐き出されるばかりだ。
部屋は、水で満たされていた。
ポコンポコンという音は途切れないし、何より苦しい。
水中でゆらゆら揺れる私の体。
部屋から水を抜かなければ、とは思うけれど、どうすればいいのかわからない。窓でも開けてみるか。でも、そんなことをすれば夜の気配が入り込んできてしまう。
ポコンポコンという音が、いつの間にか止んでいた。もうどんなに耳を澄ましてみてもカプカプしか聞こえない。
他にどうして良いのかわからず、空気が恋しい私は窓を開けた。案の定、開いた窓からじゅわりと夜の気配が滲み入る。
水性絵の具を水に落としたときのように、夜の気配は水の中で不格好な軌跡を描き、ゆっくりと溶けていく。私の口からはこぽりと泡が吐き出されるばかりだ。外から蛙のガコガコという鳴き声が聞こえてくる。いい加減、意識も遠のいてきた。
どうすればうまい具合になるのかわからず、もうどうにでもなれと、空気の代わりにそれを、思い切り吸い込んで、飲み込んでみる。
夜の気配の混ざり込んだ水に、背中の辺りから不快感が広がった。
窓から入り込む夜の気配は次第に量を増し、濃厚になっていく。体中がひえびえとして朦朧とするが、他にどうしようもなく、私は不快な水を飲み続ける。
ごくん、と喉がなった。ねとりとする不快な水と一緒に、何かを飲み込んでしまったようだ。
鳥肌が立ち、揺れる視界が暗くなっていく。
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