中編3/3 さあ佳境だ! もう少しだけ続くんだぜ?

「ボンヤリしてはいられねえな……!」

 龍野は階段を一目散に駆け下りた。


「ヴァイス! 今来たぞ!」

「龍野君……!」

「それで、なんだ? まさかこいつらに絡まれたってのか?」

「ええ、そうなの……!」

 龍野が周りを見渡すと、黒スーツにサングラスの男八人。

「囲まれたか……!」

 龍野が覚悟を決めた刹那――


 突如として、破裂音が響いた。


 何事かと思うよりも先に、龍野とヴァイスは反射で音の鳴った方向に振り返っていた。

「シュシュ!? あなた……どうしてここに!?」

「ごきげんよう、お姉様」

 音と声の主、シュヴァルツシュヴェーアト・ローゼ・ヴァレンティア――愛称はシュシュ――。ヴァイスの妹だ。

「はぐらかさないで頂戴!」

 怒りをあらわにするヴァイス。シュシュの態度が気に入らなかったのだろう。

「ごめんなさい、お姉様。本日こうして来た理由は一つです」

 素直に謝りつつ、同時に理由を告げるシュシュ。

「何よ?」

 ヴァイスがせっつく様子を見せた。するとシュシュは手のひらを真上に向け、満面の笑みで二人に告げた。


「ご結婚おめでとうございます、お二方」


「なっ!?」

 驚いたのは意外にも龍野だ。

「待ってくれ、一体何の話だ!?」

「そ、そうよ! 何がどうしたらそうなるのか、順を追って説明して、シュシュ!」

「まあ、お二方のその反応は予想してました。何せ、私がこの話を聞いたのは、火曜日の朝……つまりお二方がお発ちになるのと入れ違いですね。その時、初めて聞いたのですから」

「どういうことだ!? 説明してくれ!」

「鈍いですねお義兄様。お姉様はすでに気付かれているようですよ?」

 ヴァイスに視線を向けながら話すシュシュ。

 そこには――崩れ落ちながら顔を両手で覆い、嗚咽を漏らしているヴァイス。

「ちょっと待て、まさか――」

「ええ、そのまさかです。


 私たち二人の父――現ヴァレンティア国王――が、お姉様方の婚約を許されました。


 土曜日に挙式を執り行う、ともおっしゃいました」

「嘘だろ!? つか急すぎるぞ、結婚式!」

「式はお父様が用意して下さり、その上更に『こちらは気にせず、存分に二人の時間を楽しめ』とも仰いました。つまり今日も含めてあと三日、恋人としての最後の時間を過ごせ、と」

「もう、図々しいな……あの人は」

「『善は急げ』と言うでしょう?」

「まあそうなんだろうな……それにヴァイスと結婚できるのはとても嬉しいし……けどよ、急な上に当事者に連絡なしってのは……」

「とにかく私は、それを伝えに来たのです。言うなれば、ガブリエルとして」

「違うだろ……」

 ヴァイスはまだ妊娠しているわけではない。

「っておい、シュシュ!」

「何ですか? この銃はオモチャですよ?」

「何ですか、じゃねえだろバカ義妹が! お前どうして黒服連中を……!」

「ああ、彼らですか。お父様曰く『最終テスト』だそうです」

「何のだよ!」

「『愛するヴァイスの為に、一目散に駆けつける覚悟はあるのか』と。それで試験官に選ばれたのが私ですが」

「あのクソ義父おやじ……ヴァレンティアに帰ったら親子喧嘩に持ち込んでやる!」

 こめかみにびっしりと血管を浮かべる龍野。

「龍野君」

 いつの間にか落ち着いていたヴァイスが声をかけた。

「うわっ! 何だよ?」

「そうなったら……ううん、その時は応援するね」

「あ、ありがたい……けど親父の立場は!?」

「お父様? 決めた、『今から私反抗期になりますので』」

「いいですねお姉様! 私も加勢させてください!」

「三対一! もうこうなったら、頼れるのは……」

「なんですか、シュシュ……え? お母様も、今回のお父様の行いにご立腹なさってる、ですって?」

「孤立無援の四対一! いや義父おやじには怒ってるが……ここまでするか、お前ら!?」

「やるわよ(やりますわよ)」

 姉妹揃って口を開く。

「このタイミングで息ぴったりのコンビネーション! う~ん、もう疲れるぜ、この一家!」

 やり取りについていけなくなった龍野が仰向けに倒れる。

 すると再び破裂音――ではなく、拍手が響いた。

「ん?」

 起き上がって周囲を見回す龍野。

 拍手の主は黒服達八人であった。シュシュもそれに加わり、拍手する。

「龍野君、彼女……」

 ヴァイスが指差すのは、一連の出来事を見ていた通行人の中の一人。

 龍野がよく目を凝らして見ると、麗華がいた。彼女は龍野とヴァイスの側まで歩いてくる。

「荷造りは……終わったのか?」

「ああ。少し早めに外に出たら、騒ぎが聞こえてな」

「一部始終を見ていたのね」

「ええ。それにしても、義理とはいえ弟のお前の恋愛に決着がついてよかった」

「いや、何というか、突然のことで……」

「まあまあ、いいじゃないか。それともイヤなのか? なら私が――」

「それはない(ありません)」

 龍野とヴァイスはきっぱりと言い切った。

「わかってるさ、ほんの冗談だ。だが、私が旅立つ前に、この幸せな結末が見れてよかったと思っている」

 ありがとう、そしておめでとう。麗華は小さい声で、そう付け加えた。

「それじゃあ、今度こそさようなら、だ。またいつか会おう」

 最後にそう言い残し、都会の雑踏に紛れるように消えた。

「これで私達もお役御免ですわね。帰りますわよ、皆様」

 シュシュが黒服を引き連れる。

「お姉様、ごめんなさい。お騒がせして」

「まったくよ。帰ったら覚えていなさい」

 こうして、オーバルガーデンでの騒ぎは幕を閉じ、役者と観客達は皆バラバラに散っていった。


「さて、ヴァイス」

「なに?」

「やることができた」

「どんなこと?」

「俺の親父とお袋に、結婚報告だよ」

「!」

「明日の朝だ! 覚悟しとけよ?」

「……うんっ!」

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