中編2/3 不穏な影……それでもデートは止めねえ!

 二人がエレベーターで着いた先には、圧倒的な光景が広がっていた。

「すごい……」

 感動のあまり、口を手で覆うヴァイス。

「素敵……こんな景色を見られるなんて……!」

「そいつはよかった」

 龍野は素直に言葉を聞く。これがあるから、デートは最高なんだ――そう心の中で呟いた。


 レインボーブリッジを渡り終えた二人はお台場海浜公園を通り、デックス東京ビーチに立ち寄っていた。

「もう、足が砂まみれだわ……」

「仕方ないさ。だからお姫様抱っこしてやろうかって言ったんだ」

 二人揃って、足裏の砂をはたき落とすのに苦労していた。

「うう~、だって恥ずかしいじゃない……。ああ、やっと落ちた~」

 涙目で抗議するヴァイス。

「やれやれ、俺も終わったぜ……。ついでだ、昼メシにしようぜ。腹が鳴っちまった!」

「うん!」


 その後龍野達は、デックス内の東京ジョイポリスでしばらく遊んだ後、宿泊先の近くのホテルに向かった。


「ここか……本当にすぐ近くだな」

 二人の部屋は、レギュラーフロアのデラックススイート・ダブル。

 龍野がヴァイスとのデートの約束を取り付けた日に、予約を済ませた部屋である。

 チェックインを済ませて一旦部屋に入った二人は、持ってきた荷物を部屋に置いた。


「なあ、ヴァイス」

「なにかしら?」

「俺達……誰かにつけられてる気がする」

「ええっ? まさか……気のせい、だよね?」

 突如とした龍野の物騒な物言いを、ヴァイスは話半分に聞いていた。その様子を見た龍野は、これ以上は言うまいとして固く口を閉ざした。

 そしてヴァイスが準備を終え、龍野と一緒に外に出ようとした――その時。

 龍野が誰もいないはずの方向に走り出した。

「ちょっと、龍野君!?」

 ヴァイスが驚きによる叫び声を上げる。

 だが龍野は無視したばかりか、ヴァイスから離れた方向へ走り続けた。

「クソッ、見失った……!」

 その数秒後、苦虫を嚙み潰した表情を浮かべて戻ってきた。

「ごめんヴァイス……」

「謝る必要は無いわ。それにね、龍野君」

「何だ?」

「相手にする必要は無いのよ。せっかくの楽しいデートなのに、うじうじ悩んでたらもったいないじゃないの!」

「ああ、そうだな……」

 それから二人はダイバーシティ東京へ向かい、ショッピングを思う存分楽しんで初日を終えた。


 二日目、朝六時。

 某巨大ロボに興奮したヴァイスは、寝不足気味であった。

 それもそのはず、早朝の迷惑電話に叩き起こされたのだから。

「はい、どなた……って、またあなた? 悪いけど、少しはこっちの時間も考えてよね!」

 少し強い怒りの口調で抗議するヴァイス。「まったくもう!」と電話を切る。

「ん……おはよう、ヴァイス。もしかして、昨日の相手か?」

「ええ! あの態度、本当に私の妹かしら! 別人だと信じたいわ!」

「ああ……あいつか。普段は品行方正なのに、その様子を見ると別人がすり替わってるんじゃないかとさえ思えてきたぜ」

「はあ……どうしちゃったのかしら」

「ま、今日は友人と会うんだ。まず朝メシ食おうぜ」

「ええ、そうね……」

 二人は揃ってため息をついた。


 それから三時間後。

 二人は品川シーサイド駅前のビジネスホテル入口に到着した。

「あいつに会うのも久々だな……」

「およそ半年ぶりかしらね」

「ああ……全てが終わってから、俺達は戻るべきところに戻った。もっとも、あいつは……彼女は特殊だったが」

「そうね……。どうしようもない事情があったものね、麗華さん」

「ま、今は俺の親父の養子だが」

「ええ。おっと、噂をすれば……」


「影が差す」


 そう続けたのは、日本人形のような女性だった。彼女が『麗華さん』だろう。

「久々だなバカップル、どちらも元気そうで何よりだ。私はこの通り元気だぞ」

「本当に久々だな。そして相変わらずじゃねえか。ところで、いつ頃家に戻るつもりだ?」

 龍野がそう訊ねた瞬間、麗華が俯いた。それを見て内心で後悔し、慌てて取り繕おうとする。

「いや、すまん、つい……」

「いいんだ。いずれ話すことだし、ちょうどいい。姫様、少し外していてもらえますか?」

「ええ。龍野君、終わったら電話してね」

「あいよ」

 ヴァイスの姿が見えなくなったのを確認すると、麗華に部屋まで連れて行かれた龍野。

「少し雑然としているが……」

「いや、これくらいは気にしないさ。『義姉さん』」

「ああ。お前の父さんと養子縁組して、私達は義姉弟になったな」

「で、こうまでして俺だけに聞いて欲しい話ってのは?」

「相変わらず、一言一句が単刀直入だな……」

 麗華は二、三度深呼吸してから話し始めた。

「私は、やりたいことを見つけた。自分探しの旅ってやつだが、ここ数年は帰れなくなるだろう。悪いな、拾ってくれた恩を仇で返して」

「心配すんな。つーかむしろ、俺の親父なら喜んで送ってくれるんじゃねえか?」

「ありがとう……」

 涙声で感謝を伝える麗華。

「そもそも親父は、一生懸命な人間が大好きなんだ。喜びこそすれ怒りゃしねえよ」

「ああ……そう言われると、心強いな……」

「ところで、その旅はいつから始めるんだ?」

「お前たちが帰ってからだな……今日からいなくなる」

「わかった、親父に言っとく。頑張れよ!」

「ああ! 最後にお前と話せてよかったよ!」

 片手を上げて部屋を出る龍野。


 一人残った麗華は、閉じたドアを名残惜しそうに見つめていた。

「もう三十分だけ、居て欲しかったな……あーあ、残念」


 麗華と話を終え、廊下でヴァイスに電話する龍野。

「もしもし……」

「龍野君、助けて! オーバルガーデンにいるから!」

 それだけ告げて、電話を切ってしまったヴァイス。

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