中編1/3 デートの序盤だ。気楽に行こうぜ。

 月曜日、正午。

 龍野は私服に着替え、必要な現金を財布に押し込んでヴァイスの部屋の前に立っていた。その額、二百数万。

 高校を卒業して半年の彼が持つには多すぎるが、彼は姫殿下直属の騎士。早い話が、超高給取りのヴァレンティア王国国家公務員。

 ヴァイスは彼をこの職に就かせ、給料という名目で多額の経済援助をした。今用意した龍野の金など、氷山の一角に過ぎない。

 だが、すべきことの終わった今なら、どんな方法であれ返せる――そう思って、ヴァイスをデートに誘ったのだ。もっともその目的は、あくまでも副次的なものだが。

「おまたせー♪」

 龍野がしばらく待っていると、地味な色合いのゆったりした服を着たヴァイスが出てきた。

「いいセンスじゃねえか」

「えへへ、照れちゃうわ」

「よし、じゃあ行くか」

 二人はベルリン・テーゲル空港に向かい、成田行きの便に乗った。


 快晴となった翌日――デート初日の、午前十時。

 成田国際空港に到着した二人は、地下のJR線乗り場で切符を買っていた。

「新橋行きだぜ、間違えるなよ」

「ええ。それにしても悪いわね、飛行機のチケット代まで払ってもらうなんて」

「いや、気にすんな。俺の都合で振り回すんだ、それくらいはするさ。ところで、今更なんだが……ヴァイス」

「なに?」

「その姿。やっぱ可愛いな」

「バ、バカぁ!」

 そして二人は、電車に乗った。


「新橋~、新橋です」

 電車内に車掌の声が響いた途端、龍野は慌ててヴァイスの側へ寄った。

「おい、ヴァイス! 起きろ!」

「ん……」

 まだ眠たげなヴァイス。

「目的地だ、新橋だよ! もう着いたぞ!」

「は~い……今行くね……」

 まだ少し寝ぼけているのだろう。ヴァイスは気だるげな声を上げ、ふらつく足取りで電車を降りた。

「しっかりしろ!」

 見かねた龍野が檄を飛ばす。

「まったく、日差しが気持ちいいからって……今の今まで、すやすや寝やがって! お仕置きだ、この眠り姫!」

 ヴァイスの頭を軽くはたく龍野。

「イタっ! ご、ごめんってば~!」

 慌てふためくヴァイス。その様子を見て溜飲が下がったのか、龍野が笑みを浮かべる。

「フッ、やれやれ……じゃ早速だ、ゆりかもめ乗るぞ!」

「うん!」

 力強く返事をするヴァイス。二人は軽やかに階段を上がっていった。


「次で降りるぞ!」

「え?」

「歩くんだよ、レインボーブリッジ!」

「うそ!? 歩けるの!?」

「ああ。疲れたらおぶってや……危ねぇ!」

 ビンタをかわし、抗議の声を上げる龍野。しかしヴァイスは、龍野に人差し指を突き付けながら「もう、違うでしょ!」と遮った。

「お姫様抱っこでしょ、龍野君!」

「お、おう……そういや言ってたな、お前」

 頬を膨らませるヴァイスに、しかし龍野はいつもの調子で返事をする。

 そんなやり取りを交わしている内に、電車は芝浦ふ頭駅に着いた。


「俺はさ……思ったんだ、ヴァイス」

 レインボーブリッジの入口まで歩きながら、龍野が口を開く。

「ずっと、あの橋を渡りたかった。かつて見た、あの橋を、さ」

 そう。龍野達は十八歳まで、生きるために戦い続けた。必死だった――彼らはそれだけで通じ合えた。

 だからこそ、今のこの時間は、彼らにとって最高の時間だった。

「俺も、この橋を渡りたかったんだ。悪いな、俺のワガママに付き合わせて」

「ううん」

 ヴァイスが笑顔で、穏やかに否定する。

「『意地を張らせろ』。龍野君はそう主張したのよね? それを私が許しただけよ。それにね……」

 ヴァイスは一拍置き、二の句を告げた。


「私だって、龍野君と同じ気持ちなの。だから本当に嬉しいわ」


 笑顔で偽りなき思いを語るヴァイスに、どぎまぎする龍野。

「そりゃよかった。ところでお前、さっきまでこの橋を歩けるの、知らなかったよなぁ?」

「そ、それは……車かゆりかもめで通るとばかり……」

「フッ、やっぱ可愛いなお前」

「え?」

 一瞬、固まるヴァイス。直後、顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

「~ッ、不意打ちなんて卑怯だよ~」


 レインボーブリッジ入口に着いた二人は手洗いを済ませ、エレベーターに乗っていた。

「少し怖いわ……」

「嘘つけ。顔がニヤけてんぞ」

 龍野の連れて行ったエレベーターは、デートコースを一望できる側の通路に繋がっていた。

 二人がエレベーターを降りた直後、電子音が響いた。ヴァイスのスマホからだ。

「龍野君、ちょっとごめんなさい」

「あいよ」

「はい、どなたでしょうか? ってあなた? どうしたの……えっ!? ちょ、ちょっと待っ……」

 一方的に通話を終了されたのだろう。ヴァイスは少し乱暴に液晶パネルを叩いた。

「誰だ、知り合いか?」

 不思議がって訊ねる龍野。

 ヴァイスは心底うんざりした表情で答えた。


「ええ。無粋な子よ」

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