本編

前編 なあ、デート行こうぜ。

「ヴァイス、デートしてくれ」

 十八歳を迎えてから、初めてヴァレンティアを訪れた秋にて。

 須王龍野はヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアへ、意を決して「お誘い」を掛けた。

「いいわ。いつにしましょう?」

 ヴァレンティア王国第一王女――改め、龍野の彼女は、多くの公務(の手伝い)を抱えているにもかかわらず、あっさりと承諾した。

「いつ頃がいいんだ?」早速龍野が訊ねる。

「来週一週間、まるごと全部よ。抱えている公務が全て片付いて、ひと段落できる時期に入ったから」

「そうか。それじゃ決めよう」

「いつかしら? うふふ」

「来週の火曜から金曜まで、だな」

 もし龍野のこの言葉を部外者が聞いていれば、彼を罵るように口を挟んでいたであろう。

「贅沢な時間の使い方ね。七分の四をデートに使うなんて」

 言い方は多少トゲを含むが、ヴァイスが怒った様子は少しもない。むしろ喜んで提案を受け入れている。

「この四日間全て、俺と一緒にいて欲しい。ダメか?」

「いいわよ」

 横暴なこの要求は、しかし承諾をもって返信された。それも、笑顔というおまけ付きで、だ。

「ところで一つ、苦情があるの」

「何だ?」

「どうして明日……いえ、月曜日からじゃないのかしら? 私としては、すぐにでもデートに行きたい気分なのだけど」

 ヴァイスは、少しむくれた様子で問いを投げかける。

「何だ、そういうことか」

 もっと深刻な内容だと思ったのだろう、龍野は拍子抜けした様子で答えた。

「月曜は準備と出発の日だからだよ。デートの費用を用意して、飛行機乗って……そうすりゃ、初日はどうやっても火曜になるからだ」

「なあんだ、そういうことね……って、ちょっと待って。今、費用って言った?」

「ああ、言った」

「ちょ、ちょっと待ってよ。デートの費用くらい、私が……」

「バーロー」龍野が、ヴァイスの提案を強引に遮る。

「たまにはお返しさせやがれ、こんちくしょう」

「え、でも……こういうの、準備するのって……」

「男の役目だ」龍野はきっぱり言い切った。

「大まかなデートコースも俺が決める。そういやヴァイス」

「な、何かしら?」

 急な質問に、戸惑うヴァイス。

「お前、東京と東京湾、見たがってたろ」

「え、ええ……そうね」

「じゃあ見せてやるよ。場合によっちゃ、歩くだろうけど」

「ううん、気にしないで。それに……」

 唐突に、ヴァイスは小悪魔の笑みを浮かべた。

「それに?」

 不思議がる龍野。

「もし歩けなくなったら、お姫様抱っこで龍野君に運んでもらうから。というよりも、むしろ……して?」

「!?」

 顔を真っ赤にする龍野。どうやら、ヴァイスの誘惑は効果抜群だったらしい。

「と……とにかくだな!」

 照れつつも、強引に説明を続けようとする龍野。


「金は全部俺が払う、コースも俺が決める! ついでにリードも俺がする! いいかヴァイス、今回ばかりは俺に意地を張らせろ!」


「ん。龍野君がそうしたいなら、お願いね」

 ヴァイスは整理の終わった書類の束を抱え、部屋から出ようとする。

 が、何かを思いついたらしく、ドアの直前で立ち止まった。

「そこまで言ったからには任せたわよ。騎士様」

 そう言い残し、今度こそヴァイスは部屋を出た。

「任せとけ」

 ヴァイスの背中に向け、龍野は断言した。

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