粛清一直線のイケメンに転生しました

岩槻はるか

第1話 ここはどこ?

 

 あー、だりぃ。


 腹減った。


 合同企業説明会豪 雪帰りの傷んだ心と体をさいなむ帰宅ラッシュ。


 幕張の会場から、乗換駅までたどり着いた時点で、おれのHPはほぼ0だったはずなのに、あの時よりさらにポイントが減っている気がするのはなぜだ?


 殺気立ったリクルートスーツの群れをかきわけ、大量の企業案内ゴミを回収して、やっと戦場から離脱したと思ったら、今度は疲れきったゾンビサラリーマンどもに囲まれていた。


 だが、どこかの内定がもらえたら、自分もあの中のひとりになると思うと、その絶望的未来図に気が遠くなる。


 ――と思ったら、本当にクラクラ……。


 激しいめまいに上体が大きく傾く。

 階段の最上段に下ろしたはずの靴底が空を切る。



「あ、そういえば、昼メシ、食うの忘れてた」



 それがこの世で発する最後の言葉になった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「「「国松さまーっ!」」」


 かん高い複数の悲鳴が響き渡る。


「国松ーっ!」


 せっぱつまった叫びとともに、接近する衣ずれの音。 


 次の瞬間、いい匂いのするやわらかい布地が視界いっぱいに広がり、強く抱きしめられる。


「なにをするのですか、竹千代! 弟を突き飛ばすとは!」


 なぜかズキズキ痛む頭。

 脈打つ痛感とともに、目の前が赤く染まりはじめる。

 どうやら頭か額を切ったらしい。


「不満があるのなら、はっきりそうおっしゃい! なにも弟に当たらなくてもよいでしょう!」


 頭上で炸裂する糾弾。


 憎悪がたたきつけられる先を見ると、五十センチほど高い縁台的な場所に八、九歳くらいのガキが立っていた。

 それぐらいの年の子とは思えない死んだ目をした袴姿のガキが。


 察するところ、おれはあいつに突き飛ばされて縁台から転げ落ちたらしい。

 いまだに流れつづける血液が目に入り、思わず目をつぶる。


「すぐに御殿医がまいります」

「「「おかわいそうに!」」」


 周囲に人が集まってくる。


「お福! なにゆえ傍にいながら、黙って見ていた?」


 頭上の糾問はガキの後ろにいるオバチャンにむかったようだ。  


「美しく生まれた国松の顔を潰し、おのれと同じ不細工な面貌にしようとしたのじゃな、竹千代!?」


 おい、今、なんて?


 国松?


 竹千代?


 そして――――お福?



 いくらFランとはいえ、現役史学科生としては、聞き捨てならない固有名詞ばかりだ。


 状況把握につとめていたおれは、ヒステリックな声で繰り出された次の言葉に呆然とした。


「家中が豊臣攻めに腐心されている今この時に、わが徳川の本城たる千代田の城内で幼い弟を害すとは……やはり、そなたには武家の棟梁としての資格はないようじゃな!」


「なんと無礼な! いくら御台さまといえども、ご嫡男竹千代君に対し、さような物言いは許されませぬぞ!」


「どちらが無礼じゃ!? たかが乳母風情が、将軍家正室のわらわに対し、分をわきまえよ!」



 ……まちがいない。


 これは、福こと春日局と、徳川二代将軍秀忠の正室・お江とのバトルシーンだ!


 とすると、あの死んだ目のガキ――竹千代は、後の三代将軍家光で、目下流血中のおれはその弟の国松――両親亡き後、兄に粛清される駿河大納言・徳川忠長かっ!?


 だめだ、どうも腹減りすぎて、変な夢を見ているようだ。


 だが……このずきずきする額の痛み……夢にしてはひどくリアルな……。



『ちょーっと、待ったー!』


 まるでTVショッピングな突っ込みを入れたくなるほどの衝撃が、脳髄を駆け巡る。


 まさか――異世界転生、ないしはタイムスリップかー!?


 しかも、忠長とか……バッドエンド一択な人生!

 これ、どんなドM仕様だーっ!?



 

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