09本目 Cynosura

【まえがき】

お待ちいただいていた奇特な方々へ。

大変お待たせして申し訳ございませんでした。

これからも更新間隔は開くと思いますが、エタらないようにしていきたいと思います。


『小説家になろう』に、設定画像掲載目的で投稿始めました。

アラオザル大森林と周辺地理を下記に掲載しています。

【王国東部地図】(https://ncode.syosetu.com/n1528es/2/)

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かつて一体の龍が居た。

共に在った両親を、人間たちに奪われた幼子が。

そしてその報復として、一国を堕とした炎龍が。

自我を失ったその龍は同胞によって殺され、そして永遠の眠りについた。


だがそれを、敗残の〝炎の精霊〟が見つけてしまった。

〝炎の精霊〟は報復のため、その骸を叩き起こした。

骸に遺った怨念を燃料として、を動かした。


……最終的に〝炎の精霊〟は再び〝異形〟に敗れた。

結晶体を砕かれ、そこで今度こそ滅びを迎えた。


だがその光景を、『面白い』と嗤う存在が居た。


それは〝炎の精霊〟―――の


彼は眷属である〝炎の精霊〟を視、その足掻きを嗤い、

そして骸に遺された膨大な熱量を、惜しんだ。

朽ちるはずの骸を保ち、そして動かすほどの怨念を。

故に彼は嘲笑とともに与えたのだ。

怨念に、その熱量に、仮初のを。

故に、動く。

動かす魔力はある。炎の精霊の骸だ。


そして幼きは、もう一度動き出した。


何もおそれることはない。

すぐそばに両親もいるのだから。


かつての幼き龍を模した疑似魂たましいは、その怨念の発散のみを望んで動き続ける。


ただただ、人間への復讐を高らかに轟かせながら。



§


とうに陽は地平線に隠れ、森は闇夜に包まれている。空には星が散りばめられ、ひときわ強く輝くCynosura神の犬の尾が北天の頂に座していた。


だがそれよりも強い光が黒い木々の間を這い回り、赤々と世界を焦がしていた。


それは見渡せる地平全てを覆いつくすアラオザル大森林────その木々のじゅうたんを一文字に切り裂く、一条ひとすじくれない

〝三つ首〟と化した炎龍が放った〈魔法の吐息〉の爪痕だった。

放たれた蒼炎は大地を割り、岩を捲りあげ、所々を硝子化させながらあらゆる全てを貫いた。直撃せずとも至近を通り過ぎたその熱量だけで木々は燃え上がり、黒い灰となって崩れ落ちた。

その破壊は地平線にまで届き、放たれた炎は奔放に這い回り、大森林を蹂躙している。そうして生まれた光が、大森林から夜を追い払っている。

「これが……ただ、私のためだけに向けられたのか」

その光景を高台から見下ろし、アッシェ・ゼトランスは呆然と呟いた。


蒼い〈魔法の吐息〉によって風の防壁を打ち砕かれたアッシェは、本来ならばそのまま焼き尽くされていただろう。事実、彼は意識を失ってしまっていた。彼単独では、ただ炎に呑み込まれていただろう。

だがそれを、〝異形〟が救った。

〝異形〟にとってアッシェは、自らが関わることのできる唯一の人間。その貴重な存在を救う保全するため、〝異形〟は少なくない自らの触手を犠牲にしながら、意識のないアッシェを引っこ抜き、〈魔法の吐息〉着弾の衝撃にまぎれて離脱していた。

その〝異形〟は、焦げ臭い臭いを漂わせながら、アッシェの傍らに佇んでいた。


そして彼らの眼下に広がる炎上中の大森林、そこを〝三つ首クニサキ〟は悠然と歩いていた。


四つ足で大地を掴み、大樹をなぎ倒しながら。一対の翼はその背中に折りたたまれている。

中央の、おそらく元々あったクニサキの首。ひび割れ、あるいは焦げた龍麟の奥から除くそのまなこはただ正面を見据えていた。

その両側に生えた、新たな一対の首。その鱗は光沢を湛え、真紅に輝いていた。生まれたてのようにも見えるが、中央の首よりもだいぶ大きい。

まるで子とそれを見守るつがいのように侍る首。彼らは時々空に咆哮を轟かせながら、進み続けていた。


その様を遠巻きに眺める〝異形〟とアッシェを一顧だにせずに。


〝異形〟は既に、三つ首に対する警戒を解いていた。

〝異形〟にとって、脅威は払うべきもの。人間は関わるべきもの。そしてそれ以外は無価値に等しい。

己やアッシェ己の側の人間を焼き払わんと迫るならば交戦対象となる。だがそうではなく、既にを見つけ、離脱しつつあるならば、敢えて危険を冒して追撃する必要はない。

ひとつ間違えれば、自分の存在が消し飛ばされかねない。それほどに〝三つ首〟とその蒼い〈魔法の吐息〉は脅威だった。


だから〝異形〟は、遠ざかる〝三つ首〟をただ眺めるに任せていた。

そう、〝異形〟


けれどその場にいたもう一個体──アッシェが、動く。


彼は突いていた膝を叩き、立ち上がる。そして〝異形〟の翡翠の瞳を振り返り、告げた。

「──ヌシ殿。私はこれより、あの炎龍を──いえ、〝三つ首〟を追撃します」

それは〝異形〟にとっては想像の埒外。諺であれば『青天の霹靂』。

せっかく存在生命の危機から脱したにもかからず、自ら危険に飛び込んでいく彼の考えが、理解できなかった。

だがアッシェは〝異形〟の理解を待たず、言葉を重ねていく。

「ひとまずは、これまでの御恩情と御厚意に御礼と…………そして、お別れを申し上げます」

そう、アッシェは理解していた。既に〝異形〟に交戦の意志はないことに。

だからこそそれは、ひとりでもくという、彼なりの決意表明でもあった。

そして同時に、決して自棄ヤケになったわけでもない。

「……けれど、もしも。もしも主殿が、手を貸してもいいと思われたのであれば。確実にあの〝三つ首〟を倒せると思ったのであれば。そのときにだけ、お力添えを頂きたい」

己独りで〝三つ首〟を止められるとは思わない。

自分にできるのはあくまで、引き留めるだけ。隙を作るだけ。


疑。不、可、勝。敢、戦勝てないのに、なぜ戦う?』


〝異形〟には理解できない。

できないからこそ、言葉を重ねた。


疑。絶、勝。汝、折?勝つ見込みはなく、心折れたのに?』


アッシェ・ゼトランスは膝をついた。

眼前の光景を作り出した暴虐が、自分ただ一人に向けられたものであることを理解していたから。

〈魔法の吐息〉を放った時、〝三つ首〟は〝異形〟ではなくアッシェを見ていた。アッシェが龍の瞳に見た感情は──憎悪。

ドロドロに溶けた溶岩のように熱く、それでいて仄暗い感情。

それはアッシェに理解させるのに十分な熱量を持っていた。


〝三つ首〟は、を怨んでいる────


国崩しクニサキ〉の伝承と合わせれば、その理解に辿りつくことはさほど難しいことではない。

己に向けられた暴力に、その感情に、アッシェは竦んだ。

心折れ、膝をついた。


だがそれでも。或いは、アッシェは

彼の頭上には、森林火災の煙に燻されてなお、Cynosura──北極星キノスラが放つ強い光が降り注いでいた。

古来より旅人や船乗りに希望を示し続けたその光は、しかし今アッシェに更なる絶望を突き付けた。

〝三つ首〟は、東に向かっている。

その先には、ひとつの村がある。

果実が名産で、村としては少々人口の多い、二百人弱の村。

サンドウィン領の中でもっとも大森林に近い村。

内乱にくみしてでも護りたかった村が、そこにあるから。

それを護りたいと願うからこそ、彼はもう一度立ち上がる。


「──主殿。私は此度のことで二つ、人間のことを、あなたに教えましょう」


アッシェは立ち上がる。


「まず一つ。人間とは矛盾を抱えた生き物です。ですがそれ故に、絶望に対しても踏み出せる。心折れても歩き出せる。そしてそれさえできたのであれば──その瞬間から、絶望ではなくなる」


〝異形〟には理解できない。

己の生命、それを差し出してでも願うことがあることを。

勝てないと理解しながら、それを一顧だにせず進むことを。


「もう一つは────あれを止めてからお伝えしましょう」


そう言って、アッシェは踵を返した。





==========


【添え書き】

Cynosuraキノスラ:作中では北極星のことを指します。

ギリシア語で『神の犬の尾』を意味する〝Cynosura〟。この単語はかつて天文学で北極星を示す単語として用いられることもあったそうです。が、現在は用いられないそうです。現在一般的な『北極星』の呼び方は〝Polaris〟ですね。



●炎龍の屍(三つ首)

目的:人属に対する殺戮(怨念の遂行)

行動:人口密集地に向け移動中


〇アッシェ・ゼトランス

目的:領地である村の防衛

行動:三つ首の移動阻止、最終的には排除を目的とする


◎〝異形〟

目的:①人間と関わること

   ②自己の保全

行動:目的①の遂行。ただし②が著しく妨げられる場合はその限りではない。




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