08本目 多頭〝龍〟

【まえがき】

お読みいただいている奇特な方々へ。

一か月ほど更新が滞ることが予想されます。

エタらせるつもりはないのでお待ちいただければ幸いです。


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§



「―――ではお父様。そもそも狂竜ドラクルとはなんなのですか?」

「生きる糧を得るためでなく、また自らや同族を護るためでもなく、なおかつ個人ではなくを目的とする龍属ドラゴニアのことだな。もっと端的に言えば、私たちが殺さなければならない同胞のことだ」

「なるほど。だから人属に対し復讐心を抱き殺戮をやめなかった悲しき竜は、お父様たちによって討たれた、それは理解できます」

「ああ。私たちが私たちである所以であるからな」

「ですが過去、それ以外の理由で狂竜に認定された龍属ドラゴニアも居ますね」

「ああ、同胞喰いだな」

「そちらは―――いえ、いけないことだと理解はできるのですが――それ以外に理由はあるのですか?」

「ある。龍属の力はその全てが、魔獣で言う魔核に凝縮されている。そして魔核を喰らうことでその力を取り込むことができる。己以外の龍属の力までもな」

「それは――」

「取り込むことができてもそれを発現させるかどうかはその個体によるが……それでも、制御を喪い自らを亡ぼすほど途轍もない力を得てしまうかもしれない。だからこそ私たちは狂竜を討ち滅ぼすのだ」

「理解しましたわ。では……エルダーがそうなることはありえますの?」

「……あり得る。過去に二例だけ、狂となった龍が、な」

「それは―――」

『失礼します!長殿』

「あら」

「どうした、ガレナ」

『アラオザル大森林に異変あり!』

「…………アラオザル、だと?」

「……お父様?」

『私の配下の翼竜ワイバーンを複数飛ばしましたが、第一報の直後、全竜消滅。唯一届いた情報によれば、大森林に龍出現、と』

「……他の龍巣に遣いを送れ。シャヴォンヌ湖の龍巣には特に最優先で」

『はっ。内容は何と?』

「『大森林に炎龍の影』で解ろう。伝令についてはそのまま向こうの指揮下に入らせるように。そしてガレナ、お前は諸手続きを終えた後、アラオザルへ迎え」

『――はっ。命と換えても物見の任、果たして見せましょうぞ』

「換えるな。無茶な命令と解ってはいるが、大森林の仔細を把握して帰還せよ。その報とお前の命、代えられるものはないのだから」

『――了解しました』

「…………お父様。何が起こっているのでしょうか」

「〝朝日が西から昇る〟或いは〝石に花咲く〟」

「前者から察するに〝絶対にありえないこと〟、という答えでしょうか。後者については、擬樹霊ドリュアスの類であれば石を貫き芽吹くことも不可能ではないでしょうけれど」

「そうだな。この歳で、この世に絶対など絶対にない、という言葉遊びを痛感することになるとは思わなかったよ」

「変わりのない日常こそが苦痛だと仰っていたではありませんか、お父様」

「そうだとも娘よ。だが、この手の異変は決して望むまい。自らが殺めた末裔こどもの亡霊など、な」



§



暗闇にこえが響いた。


―――異常に。健気に。おぞましくも愛おしい

―――面白い


敗北の蔑みも、逃走の汚辱も知らぬ、刹那に消える彼らのしもべらが、狂ったように舞い踊る様を。

その様は歓喜に溢れていた。

その眼前に在ったのは


そして、そう――の怨敵。


―――故に異常。故に面白い


だがその踊りも、一時ひととき催事もよおしに過ぎない。

やがてはその余興に終わりが来る。

しもべたちは怨敵に打ち勝てず、倒れ伏した。


―――愉しかった


しもべたちは力尽き、その存在を零していく。

燃え盛っていた炎は衰え、儚く消え去ろうとしていた。

役を演じきった役者は、潔く舞台を降りるべきだ。

たとえそれが存在の完全消滅を意味するとしても、彼らへの心残りはない。

しもべたち


―――だが、


しもべたちがとした骸。

千年を経て、とうに砂と石に成っているべき躰。


だが朽ち果てず、還りもしない屍。


かつて抱かれた全てを焼き尽くすほど強烈な復讐意志

そして成し遂げられず、千年の眠りに抗い朽ちるを拒み続けた、未だくすぶり続ける冒涜的な無念。

愛するものを失ったが故に愛するものを喰らった狂い龍。

そしてとうに失ってしまったものを失いたくないと嘆き続ける幼子。


―――とうに喪ったものを惜しむか、千年前の死体が

―――愉快哉おもしろい


骸の上で燦然と輝く、1つの星。

そこから降り落ちてきたその声は

抑えきれない愉悦を色濃く滲ませ、


そして降り注ぐそれらを浴びて、

尽きていたはずのいのちが再び燃え上がった―――



§




紅蓮に染まった大森林の只中で、真紅を纏ったエルダーが、後足の二足で立ち上がる。

それは先ほど頭部を異形によって破壊され、倒れ伏した炎龍。

千年前に死んだはずの狂龍、クニサキ。

それが今再び、起き上がっていた。

千年前の死骸が二度も動き出すなどあり得ないというべきか。

それとも、一度動き出した死骸がもう一度動き出すのは当然なのか。

とかく龍は、再び右目に爛々とした光を灯していた。

それだけではない。白濁した左目―――それが輝きを取り戻していた。

水晶体は透明さを取り戻し、その奥に宿る光は確かに景色を映している。

なにより奥底に意志を宿した双眸が、異形とアッシェを捉えている。


「――〝再生〟」


目の前で起こった現象を、アッシェが言い当てる。

魔核コアと心臓を潰せば死ぬ。それが魔獣討伐の大原則だ。

逆に言えば心臓を潰した程度では致命傷にならない高位魔獣も存在する。そういった魔獣で起こる魔法的現象が、〝再生〟だった。

アッシェは目の前の炎龍の死体、これが動いているのは魔法的な何かが原因であると考えた。心臓は死体であるからそもそも動いていない。だから異形にも、魔核が存在するであろう頭部に攻撃を集中するように伝えた。そして異形は見事頭部に岩の槍を突き込み、その内部を完全に破壊した、はずだった。


心臓は既に動かず、魔核も潰された。

それにも関わらず、なお動く。

魔法を司る魔核を壊したはずなのに、魔法が働いている。


そんな絶望げんじつの【答】を、アッシェは1つだけ知っていた。

最悪の【答】を。全身を以て否定したいその災厄を。

「ばかな…………は、亜竜ディノシアなんだぞ!?」

四肢に力を入れ、倒れ伏したはずの炎龍は再び起き上がった。

その身体から噴き出す真紅の燐光はより一層激しさを増す。

そしてその燐光がやがて炎にかわった。だがその炎は炎龍の肉体さえも焼いている。

ただでさえ黒ずんでいた龍鱗が完全に炭化し崩れ、その下の屍肉が炙られ落ちる。だがさらにその奥から肉が盛り上がって傷口を埋め、それを艶やかな龍鱗が覆っていく。その龍鱗を炎が焼き固める。

焼失と再生が、龍の体を炎が踊るたびに行われていく。

そうして無秩序に跳ね回っていた炎が、しかしやがてまとまりを見せ始める。荒れ狂っていた膨大なエネルギーが一つ一つ束ねられていく。

やがてその炎は、二本の柱となった。炎龍の首の根元から両脇に、二本の巨大な炎がうねりをあげている。

どれだけ時間が経っただろうか。ただ茫然とその光景を眺めるしかなかった異形とアッシェの目の前で、その光景に変化が起こる。

炎がはじけ飛び、その内側に内包されていたが姿を現す。

それは紛れもなく、首。元々あった首とうり二つ。

紅蓮の龍鱗に覆われた、龍属の首だった。

三つ首となった炎龍を見上げ、アッシェは叫んだ。

龍属ドラゴニア多頭竜ヒュドラ化など、あり得るのかっ!?」

それは驚愕に満ちて、そしていくらかの絶望を含んだ絶叫だった。



§



多頭竜ヒュドラとは、複数の首を先天的に有して生まれた亜竜ディノシアのことを指す。

多頭竜は、翼竜ワイバーン地竜サウロン蛇竜サルペン等、亜竜であれば、両親の種族を問わず突発的に出現する。

総じて胴体は丸ぼったく丸みを帯びていて、前腕は無かったり歪だったり奇妙なほど小さかったりする。

その最大の特徴は強靭な生命力に在り、殺すためには全ての首を斬り落とし、更に胴体に宿る歪な心臓を貫かねばならないという。

その生命力と巨体が生み出す軍事力を貴族たちがありがたがり、色々な理由で飼育しようとしては破滅する。それは子どもたちの絵本になるほど、ありふれただった。

その多頭竜ヒュドラの力は首と頭の数に比例するといわれている。八本頭の多頭竜が生贄を求めて一国を滅ぼし、英雄によって討たれるまで悪逆を尽くしたというお伽噺もある。

ともかくその多頭竜の、他の生物ではありえないほどの生命力。それを支えているのはとても単純な【しんじつ 】だ。


―――魔核を有している


故に多頭竜は、魔核の一つを、全身に数ある内の一つを失っただけでは死なない。多少の傷ならば即座に塞いでしまうし、年月さえかければやがて失った首と魔核までも再生する。

それが多頭竜の生命力の正体であり――



§



――アッシェと異形の目の前で起こっている現象の答だった。


だがアッシェには未だ納得できない。


多頭竜はあくまで先天的なもの。

通常個体が多頭化するなど聞いたこともない。

それに何より、

龍属ドラゴニアの、それもエルダーの多頭化など!」

その一点こそが、彼の理解を阻む最大の障害。


亜竜である多頭竜でさえ、放置すれば一地方を壊滅させることができる。

一国を容易く滅ぼすに足る龍属が多頭化すれば、一体どうなるか。

ことに眼前の存在は―――最強種族〝龍〟。

だが現実は、アッシェの理解を待ちはしない。


炎龍は―――いや、〝三つ首〟はその咆哮を轟かせた。

森を震わせるそれは三重奏トリオ。元々あった中央の首と、新しく増えた両脇の首。それぞれが放つ雄叫びが、互いに干渉しながら大気を波打たせる。

爆発のような衝撃波が波濤としてアッシェを打ち据える。

それは絶望としてアッシェの魂を縛り上げ、身動きさえ許さなかった。


そして〝三つ首〟はその双眸、いや六つの瞳を向けた。射竦められたアッシェは、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。

ヘビに睨まれたカエルのごとく動けないアッシェの目の前で、〝三つ首〟は魔法を展開した。

それは龍属の代名詞とも呼べる魔法――いや、魔術〈魔法の吐息ブレス〉。

地形を変えうる威力を誇るそれが、三本。

その全ての矛先が、アッシェ一人に向けられていた。

それを知ってなお、アッシェの全身は石になってしまったように動かなかった。


そして放たれる三本の火線。

しかしそれが人間一人を消し飛ばす前に、〝異形〟が魔法を展開しながら割り込む。

風を操って炎の切先を後方へ逸らす。まともに受けては風の防壁も容易く打ち破られただろう。

だがあえて前に出て、三本の火柱の焦点をずらし、一本一本の火柱を逸らしていく。そうすることで異形はアッシェを庇った。


だがその〈魔法の吐息〉は、先ほどまでのものとは違っていた。

一向に収まる気配がない。

それどころか、火線の太さが増す。風を超えて届く熱波が増す。押し寄せる炎の勢いが増す。

そして何より、が変わっていった。

紅蓮から白へと。

『――ッ』

風の防壁が軋む。

緩んだ隙間から炎熱が入り込み、異形の体表を焼き焦がしていく。

防壁が破られれば一瞬で炎に巻かれ、黒焦げとなるだろう。異形もアッシェももろともに。

だから異形は自然魔力の制御に全力を注いだ。本来少量でよいはずの体内魔力を意図的に多く注ぎ込み、風の防壁を強化する。

白炎と風がせめぎ合い、やがて再び拮抗した。

けれど、それは未だ途中だったのだ。

変わっていく。まるで翻るように。


紅蓮から変わった白は、更に――へと。


『――ッッッ!!!?』


反応する暇もあればこそ。

風の防壁は呆気なく砕け散った。



§



三つ首は再び咆えた。

蒼炎が着弾した跡はクレーターのように窪み、溶けた溶岩がそれを均そうとしていた。

ひとしきり大気を震わせた三つ首は満足したのか、やがて首を巡らせ、一方向を定めた。前足を地面に降ろし、四つ足となって進み始める。

彼の背には変わらぬ翼が生えていたが、それを使うつもりはないようだった。四足で森をなぎ倒しながら、三つ首は進む。


その進路は、かつてアッシェが進んできた道の真逆。

つまりその三つ首はサンドウィン領方面に進んでいた。

その道筋には当然、かつてアッシェが居た村が在る。

今この場所から最も近いの密集地が、三つ首の目指す場所だった。



§



龍属ドラゴニアの多頭化』

その知識は人属にはなく、しかしエルダーたちは有していた。彼らはその情報を秘匿し、人属を弟子とした龍属たちも一切の情報を遮断していたからだ。

それはドラゴニアの多頭化を防ぐため。

〝八つ首〟の伝説―――その元となった過去のとある事件は、実は多頭化したドラゴニアによるものだった。

その再来と再現を防ぐため、龍は知識を秘匿した。

そして彼らが、同種喰いを行う竜を『狂竜ドラグル』として狩るのもまた、竜の多頭化を防ぐためのものだった。


その〝多頭化した竜〟を龍属たちは、【多頭龍ハイドラ】と呼ぶ。


だが今、アラオザル大森林を咆哮によって震わせる多頭龍は、その〝八つ首〟とも一線を画す、〝エルダー多頭龍ハイドラ〟。


前代未聞の災厄が、そこには在った。




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【添え書き】

変身はボス必修技能。


語句説明:『ヒュドラ』&『ハイドラ』

 亜竜ディノシアが多頭化⇒多頭竜ヒュドラ

 龍属ドラゴニアが多頭化⇒多頭龍ハイドラ

【元ネタ】

主にギリシア神話に登場する、複数の首を持つ大蛇『Hydra』。

これは〝水蛇〟を意味する古代ギリシア語『Ὕδραヒュドラー』を語源とする。

英語として呼んだ場合『Hydraハイドラ』の発音となる。


つまり本来同じものを指す単語ですが、本作品では別種の存在を指す言語として採用しています。



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