8本目 異種交流

§


「かみさまはたべないの?」

ぶん。

「そうなんだ……食べないと元気でないんだよ?」

ぶんぶんぶん。

「え、かみさまは出るんだ……そうなんだ……」




「……ごめんなさい、いちどおろしてもらっていい?」

うにょうにょ。

「えっと、その……トイレ」

うにょうにょ。

「ええと……ね、だから……ね? えー…………とにかくおろしてー!」




「わわ、でっかい……。かみさまよりおっきいよ?危なくないの?」

ぶんぶんぶん。

「そうなんだ、意外に優しいのかな?」

うにょうにょ。

「え、わかんない? ちがう? え、〝優しい〟がわかんないの? ……えっとね、やさしいってのはねー……」




「……かみさまに手伝ってもらったのはね、『葬式おそーしき』っていうんだって。このまえお母さんに習ったの」

うにょうにょ。

「えっとね、大切な人とお別れすること。死んじゃった人は、大地に帰るの。たしか、えーっと……『すべてのふるさとにしていきつく場所、ばんぶつのゆりかごにしてはかば、せかいをささえすべるおおきみ』、とかなんとか」

うにょうにょ。

「うん、私もわかんない。でも村に来た神官さん言ってたよ。かみさまからきいたって言ってたけど……」

ぶんぶんぶん。

「そっか、かみさまはいってないんだ…………別のかみさまなのかな?」



森の中を進みながら、私は少女に、ジェスチャー身振り手振りによる意思疎通を試みていた。

とはいえ少女に伝えることができたのは三つ。

横向きに掲げた触手ぶんと上下に一度振る『肯定』。

縦向きに掲げた触手ぶんぶんぶんと左右に三度振る『否定』。

縦向きに掲げた触手をうにょうにょと蠢かせる『疑問』。

少女の首の動きを模したそれは、幸いにも少女に理解してもらえた。


それを駆使して、私は少女に果実を与えたりしながら森を進み続けていた。


少女が欲する果実を採ったり、真っ赤になった少女に乞われて時々止まったりしながらではあるが、『葬式おそーしき』から二晩を超えて二回暗くなっても進み続けた。

そして明るくなってから例の動物コカカを蹴散らし、その後目覚めた少女を、水が流れる溝で一度降ろして。

「……あ、あそこ!」

更に川に沿って下って少女が指す方へと進んでいけば、そこには溝に渡された木があった。

乞われるがまま降ろしてやれば、少女は溝に渡された木の片側の土に突き立てられた看板木のかけらに駆け寄った。そこに書かれた紋様文字を見て、少女は笑みを浮かべた。

「わかりました!かみさま、あっちです!」

少女は指さした。その方向は、今よりも森から離れる方向。

そして少女は私に駆け寄ってくる。私の触手に触れる。乗せろと乞うように。

私は少女を持ち上げた。けれど私の上には乗せず、そっと遠くに降ろした。

少女はきょとんと首を傾けた。

そしてもう一度私に近づいて触れた。私はもう一度同じ場所に降ろした。

聡い少女はそれだけで理解した。

「……ここまで、ですか?」

少女と話して分かったことがある。

ジェスチャー身振り手振りによって最低限の意思表示はできるようになった。けれど十分ではない。


私の考えを、相手に伝えることができないのだ。


だから私は、その術を得る必要がある。できればそれを、この少女から得たい。

けれど、少女はこの先に進まなければならない。

私は、それを止めてはならない『たすけ』ねばならない


だから私は、横向きに掲げた触手ぶんと上下に一度振った。


それを見て、少女は手を握りしめた。目を閉じた瞳を隠した。独特の表情を浮かべていた。『葬式おそーしき』で何度か見た顔だった。

私は同じように、ただ待った。

そのときよりずっと早く、少女は目を開いた瞳を見せた。茶色だった。

「……ちがいますよ、かみさま」

そういうと、少女は手を掲げた。縦に掲げたその手をゆっくりと、左右に振った。

何度も。何度も。

しゃらりしゃらりと土がかかる音が聴こえた、気がした。

「こうやって、『バイバイ』、って言うんです」

それは今の私にはできない。

だからせめて、少女の真似をした。一本の触手を少女の目の前に掲げて、左右に振る。ゆっくりと。時間をかけて。

とつぜん、私の触手に少女が触れた。私は驚いた思考がまとまらないまま、触手が少女に抱きしめられるに任せた。

驚きはしたが、危険は感じなかった。

「…………ありがとうございました、かみさま」

やがて少女はそう言って、私の手を離してくれた。


―――そのとき私の触手は、何故だか冷たさを感じていた


少女は再び手を掲げて、左右にゆっくりと振った。

わたしも同じように左右に振った。同じくらいにゆっくりと。

長い時間をかけて振り続けた後、彼女だけが、言った。


「バイバイ――――――――――――、またね」


言い終えると、彼女は踵を返した。

溝に渡された木を渡り、そのまま走っていく。

遠ざかっていく背中少女を、私は瞳に映し続けた。


―――そうか。あれが『やさしさ』なのか


触手に触れていたぬくもりを、私はそう結論付けたあてはめた




§


元居た場所に戻る途上、人間たちが居た。

伝える術を得るために、その人間の場所に向かった。

六人ほどの人間が居た。

「【多手触種メヒアララム】ぅぅぅぅっ!?」

「バケモノォォォォ!!!」

そう叫びながら攻撃してきた危険に曝した

私はいつものようにそれを払った。

結果として、人間たちはすべてになった。


私はそれを見て、しばし考えた。すぐに考えはまとまった。

攻撃してきた。やさしくはなかった。よって大切ではない。ならば『葬式おそーしき』は必要あるまい。

私はいつものように、ただその場を離れた。

いつか『人間と係わるため』に、今だけは、森の奥へ。



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【あとがき】

少女はこの後町に向かう途上、探索者によって発見され、無事保護されます。彼女が運んだ手紙に基づいた警備隊と探索者合同の盗賊討伐が行われ、無事残党を殲滅します。

また、少女の聴取の中で〝かみさま〟なる存在大型魔獣が疑われ、以前寄せられた『大森林上の巨大火球』とあわせてアラオザル調査のために探索者が送られることとなります。


ちなみに、少女が異端審問に掛けられるとか、そんな展開鬱エンドはないです。

あと再登場には10年かかります。


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