サンドウィン内乱 03
一三:〇○―――
これから戦場となる平原に、血生臭さとは対極の神聖さを漂わせる声が響いた。
それはこの大陸における最大にして最古の宗教、〝龍言教〟。
かつてこの大陸を支配していたのはヒト属ではなく魔獣たちだったと言われている。そんなかつての暗黒時代、約四千年前の太古にこの世に降り立ち、無力な人々を導いたという聖龍ドラゴニア。彼の龍を崇め、その子孫であるとされる
かつてこの大陸を制覇し百年に亘って統治した【大魔帝国】。彼らが広めたこの宗教は、彼ら大魔帝国が滅んでから千年の時が流れてなお、この大陸に存在する国家と人々からの敬意を集めていた。
王国が召喚した龍言教の祭司、彼が祈りを紡ぐ。これから始まる戦を、そこで流れる血と失われるであろう命を。その罪深さを懺悔し許しを請い、そして召される魂の安息を願い、その場の兵たちに祝福を詠む。
王国連合軍と反乱軍、その双方に祝福は降り注ぐ。
恙無く戦前の祭事が終わり、それから戦端が開かれた。
§
敵対する両陣営であるが、その陣形はほとんど同一のものだった。
まず正面最前列に、鎧を着こみ槍と剣を主武装として歩兵が横隊で並ぶ。
そしてその後方に弓を持った弓兵と、更に後方には魔法兵が部隊単位で配置される。
それらの横隊の両側に置かれるのが、騎乗した魔法騎兵たちだ。
そして開戦して真っ先にぶつかり合ったのは、魔法兵たち。
彼らは集団で詠唱し、動員できる
前進する味方歩兵の頭上を跳び越え、敵陣へと魔法が飛んでいく。しかしそれを別の魔法が迎えた。炎球や風槍を土や水の防壁が防ぐ。或いは炎球を炎球が、風槍が風槍を迎え撃ちともに消滅していく。
遠距離魔法戦において敵部隊を削り、或いは敵の魔法から味方部隊を護ること。それが魔法部隊の役割だ。
空を魔法が彩る中、両軍の前衛歩兵が前進し互いに接近する。
遠距離魔法戦を行う魔法兵に対して歩兵と言ったが、それに対する歩兵たちが魔法を使えないわけではない。彼らは[活力]を始めとした身体強化魔法、或いは近距離魔法を用いて至近距離で戦うことを主目的とする。
弓兵が数度斉射したのち、歩兵が防御魔法を解いて駆け出す。風の後押しを受け、或いは火で活性化した脚力は尋常ならざる速度をもって距離を縮める。
ただし戦意溢れる王国連合の歩兵に対して、反乱軍歩兵の足取りは鈍かった。結果、王国連合軍の前衛が反乱軍前衛に対して突撃する形となる。何人もの反乱軍歩兵が衝突で吹き飛ばされ、鎧を纏った人間が宙を舞う。
反乱軍歩兵はサンドウィン伯爵家私設部隊だけではなく、私設部隊の威を背景に農民から徴用した農兵や、金に任せて集めた傭兵たちを使っている。その水増しにより、帝国の援助があったとはいえ、一伯爵家とその領地で王国貴族連合軍と相対できるだけの兵数を揃えているのだ。
けれど所詮は農兵に、金に目の眩んだ傭兵だ。彼らは反乱軍の勝敗に興味はなく、いかに生きたままこの戦場を離脱するかを考えていた。だからこそ足は鈍った。
それに対して王国連合軍は常備軍たる王国正規軍、及び貴族が訓練を施した私設軍の歩兵から構成されている。戦を生業とする彼らは死地こそ稼ぎ時。戦意溢れる彼らは兵数の利もあって各所で敵を押しまくり、戦線を食い破ろうとしていた。
そんな自軍の優勢に対し、それを見下ろす王国連合軍本陣の指揮官たちは、しかし些かも緩んでいなかった。このまま押し切れれば問題はない。けれど彼らは、帝国軍の脅威は前衛にはないことを知っている。
反乱軍後衛、魔法兵の一団から魔法が放たれた。それは先ほどから頻繁に放たれていた風槍に見えた。それはぶつかり合う前衛を跳び越え、王国軍後衛へと飛来する。
飛んでくる風槍に対し、王国軍魔法隊長は攻撃のために発動準備中であった風槍の照準変更による迎撃を選択した。
訓練で幾度となく繰り返したこと。今日この戦場でも六度目になる風魔法による風魔法の迎撃。二個分隊20人から編まれた風の槍は、目論見通りに飛来する風魔法と激突し、互いを構成する
迎撃終了。さあ次の魔法を準備しよう―――そう語り掛ける指揮官。それに従い詠唱を始める魔法兵たち。
彼らに鋭い石の刃が無数に降り注いだのは、その直後だった。
§
「風魔法の中に地魔法だと……ッ!?」
後方本陣でその報告を受けた王国連合軍司令官たちは驚きを隠せなかった。
報告は一件だけではない。風魔法の中から
これが二つの魔法を連続して放っているなら理解できる。だがいずれも飛来した魔力反応はひとつだけ。
迎撃を越えて魔法を届かせるために、魔法の中に魔法が込められているのだ。
王国でも同じ試みがされたことはある。だが二つの魔法はその境目を失い、作用が混ざってしまうのだ。異なる属性同士ではお互いにかき乱し、魔法は失われてしまう。
故に属性のタンデム化は見送られ、単一属性魔法を集団で放つことが主流となっている。
けれど常識はともかく、目の前でそれが味方に脅威として降り注いでいる。すでに自軍のいくつかの魔法部隊は被害を受けている。魔法の援護が弱まることで、前衛も勢いを失いつつある。
総指揮官は断固とした攻勢継続を決意した。
「予備魔法部隊を即時投入。予備魔法部隊は防衛に徹し、土魔法による防壁を継続させろ。破られても即座に貼りなおし、魔力消費は度外視とする」
土の防壁は防御力に優れた魔法であるが、逆に攻撃に使うことはできない。しかも魔法の発動もその継続にも魔力を消費し、燃費が悪い。だからこそ火や風の攻撃魔法を転用した迎撃がされていたのだが、その低燃費策を斬り捨てる。
「そして彼らの魔力が尽きるうちに勝負を決めるぞ。魔法騎兵を使って全面攻勢に出る!残余魔力のある魔法部隊はこれを援護。目標は問題の魔法部隊だ!」
各指揮官が慌ただしく動き出し、自分たちの部隊に命令を伝えるべく行動する。本陣には攻勢を示す旗が掲げられ、太鼓が打ち鳴らされる。展開中の各魔法兵と魔法騎兵たちへは
とはいえ総指揮官は脳筋では務まらない。
「本陣部隊は周辺警戒を厳に!奴らが勝利を収める最善手は、我らの首を揚げることなのだからな!」
敵伏兵の奇襲への警戒を命じると、本陣に兵が駆け込んできた。鎧に着けられた緑に塗られたワシの羽―――伝令の印が目に入る。そして彼は総指揮官の配下の騎士でもあった。慌ただしく動く指揮官たちを横目に、総指揮官は彼を近くに呼び寄せ報告を受ける。
「報告します。右翼魔法騎兵の一団が突出し、敵魔法部隊への突撃を敢行しています。応ずるように動いた敵魔法騎兵部隊と衝突し、現在これと交戦中」
「ほう、動いたか」
自分の命令が到達するには遠すぎるし、動き出すには早すぎる。ならば前線の指揮官が独自に戦況を判断して独断したことになる。
けれど指揮官として諸手を揚げて喜ぶことはできない。その独断は確かに今回の総指揮官の意向と一致している。しかしそれは偶然の一致ではないか? 手柄を焦った愚将が墓穴に猛進しているのかもしれない。勝利の鏑矢であるならば遠慮なく続くが、それを確かめてからでなくてはならない。
だから彼は簡潔に尋ねた。
「―――誰だ?」
そして兵は答える。
「リモニウム伯爵軍―――先頭に翻るは〝紅い蓮華〟」
総指揮官は笑みを浮かべた。思い浮かんでいた1つの名前が答えとして返ってきたことに。そして目の前の優秀な部下に、存外茶目っ気があることに。
王都からの行軍中、目ぼしい武将とは交流を持っている。その中に、かつて羨望の眼差しを向けた人が居た。そのときに咄嗟に隠した熱を読み取ったのだろうか、この寡黙な部下は。
だから私はその心意気に乗った。
「一番槍とは流石だなリモニウム夫人、いやさ〝紅蓮〟殿!かの女傑はいささかも衰えてはいないようだ!」
これを独断と受け取らせはしない。
彼女は手柄を欲している。王国への献身と忠誠を示すための。彼女と彼女の娘に向けられた疑惑を払拭するための。
その手柄欲しさ故の独断としてはならない。だからあくまで自分の指揮の下動いたこととする。あとは彼女が上手くやれば、煩い雀が口出す隙は小さくなるだろう。
私情? 馬鹿言え、指揮官に命じられたときに王族から囁かれたのだ。その下に動くならば私情も王命の遂行である。
全く嫌になる。若い身空で昇進すれば、命のやり取りをする戦場指揮にも政治を持ち込まなくてはならぬとは。だからせっかくだから―――憧れの騎士様のためにそれを為そう。
「全魔法兵、全魔法騎兵全に通達しろ。手柄が欲しくば彼女に続け―――遅れれば〝紅蓮〟殿がすべて平らげるぞ!」
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