第2話嬉しくない再会

いつも通りの朝、変わらない風景がそこには広がっていた。

「佐久間さん、おはようございます」

会社の更衣室でぼーっと突っ立っていると、後ろから声をかけてきたのは由紀子だ。

「どうかしたんですか?ぼーっとして」

「え?…いや、ううん」

この場で由紀子に私の住んでいるアパートの横の部屋に社長がいると伝えたら、何て言うんだろう。

「今日は、社長の就任式がありますね!」

「そうだね…」

気分を高揚させながら制服に着替える由紀子。

今朝、社長に朝ごはんを作ってもらって、下の名前で何故か呼ばれている何て由紀子は想像もしないだろう。

私達は、制服に着替えると社長の就任式が行われると言う大ホールへ向かった。

会社の大ホールへ向かうと既に各部署ごとに着席し、就任式が始まるのを待っていた。

今朝の出来事を、現実離れした空想だとしか思えない。

私は混乱し、社長の作った朝御飯も食べず、もう会社に行くのかと私を呼び止める社長を無視して早朝に会社へ出勤してしまった。

あれは何だったのか、考えていると就任式が始まった。

今朝、私の部屋にいたとは思えない、ブランドのスーツがよく似合う爽やかなな出で立ちで颯爽と歩く社長。

「皆さん、おはようございます」

社員達に向かって挨拶をする。

「今日から、新しく本社の社長となる浅倉翔真です。宜しくお願い致します。」

お得意の不敵な爽やかな笑顔を見せると、会場内の女性社員達はザワザワと嬉しそうにどよめいている。

「佐久間さん、めちゃくちゃカッコいいですねぇ!」

「う、うん…」

由紀子も普段合コンでは見せないような惚れ惚れした表情をしている。

朝、私の前に現れたのは社長何だろうか。


就任式が終わり、会場を出る。

「佐久間さん」

廊下の後ろから呼び止められ、振り替える。

「佐久間さん、部屋に社員証忘れていったでしょう」

後ろを振り替えると、そこにいたのは私の社員証を手にして朗らかに微笑む社長。

「…!」

表情をひきつる私。

周りにいた社員達が、一斉にこちらに視線を向ける。

「あ、あり、がとうございます…」

「朝ご飯、食べていなくて平気ですか?」

「大丈夫です…」

周りの社員達がざわめき始める。

「朝御飯食べないと元気出ないですから、良かったらこれ、どうぞ」

そう言うとエネルギー補給ゼリーを差し出す。

「何も口にしないよりは良いだろうと思って」と心配そうに私を見る社長。

「は、はあ…ありがとうございます」

呆気に取られながらも、補給ゼリーを受けとる私。

「じゃ、仕事頑張って下さいね」

にこっと爽やかに微笑むと、社内の廊下を颯爽と歩いて行った。

「さ、佐久間さん…」

ぽけーと突っ立っていると、ふるふると肩を震わせながら由紀子が私の名を呼ぶ。

「…どういうことか、ちゃんと説明して頂けますよねぇ?」

由紀子の顔を見ると、表情をひきつらせながら微笑んでいる。ざわつく周りの社員。

「…(あちゃあ)」

その後、オフィスに戻った私は現場を見ていた女性社員達から質問尋問を受けた。


昼休憩ー。

食堂に行けるような気分でもなく、今日も屋上のベンチで夏の少し蒸し暑い風を感じながら昼のおにぎりを頬張っていた。

社員証ー…そう言えば、今朝は混乱していたせいで鞄に入れ忘れたんだ。

「はあ…」

小さくため息をついて、まだ飲んでいない補給ゼリーを見つめる。

「佐久間さん!」

はあはあと、息を切らしながら屋上までの階段を駆け上ってきたのは由紀子だ。

「どういうことか、ちゃんと説明して下さい!」

ベンチに向かって足早に歩いてくると、ドカッと勢いよく私の横に座った。

「…えーと」

黙りこむ私に由紀子が怪訝そうな表情をする。

「まさか、佐久間さん、社長と付き合ってる…とか?」

「ま!まさか!!」

私は、慌てて由紀子の予想を拒否した。

「社長が、たまたま…昨日私の住んでるアパートの隣に引っ越してきたんだよ」

「佐久間さんの住んでるアパートって、確か結構年季のはいったボロアパートでしたよね?」

チクリと私の心を刺す由紀子。分かっていることでも、他人から言われると無性に腹立たしいのは何故なのか。

「何でJTKグループの社長が、そんなアパートに住むんです?」

「…それは、分からないけど…」

私だって、それが一番疑問だ。

「あ!朝御飯食べてないって、あれは何だったんですか!?」

「あれは…」

私は、由紀子に今朝起きた非現実的な出来事を包み隠さず、そのまま話した。

「…と言う感じで、混乱して社員証忘れてきちゃって」

「そのアパートに移り住もうかな~」

由紀子は、買ってきたパックのリンゴジュースをストローで飲みながら呟く。

「佐久間さん、飲み過ぎると絡む癖があるって言ってましたもんね」

笑う由紀子に、図星をつかれる。

「…うん、多分絡んだんだと思う」

「でも、やめた方がいいですよ。社長は。婚約者がいますから」

「こ、婚約者?」

私が問いかけると、「はい」と由紀子が頷き社長の婚約者について語りだした。


社長が学生の時から婚約者がいるらしく、今、有名な音大に通う現役の女子大生。

彼女もまた、帰国子女であり来年の春から世界的に有名なオーケストラのバイオリニストとして活躍するらしい。


「す…スゴ…」

由紀子の話を聞いて、腰抜けする。

「社長の婚約者って、めちゃくちゃ美人らしいですよ~!社長が昨日本社へ視察に来たときに社長の様子を見に本社に来てたみたいなんですよ!」

婚約者がいることは、社長と言う立場なら珍しいことではないけれど婚約者がそんな凄い経歴の持ち主だとは。

「とりあえず、やめた方がいいですよ。あ、もうそろそろ昼休憩終わりますね。オフィスに戻りましょう」

私と由紀子は、昼食を済ませオフィスへと戻った。

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君の部屋 @kyou0909

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