君の部屋

@kyou0909

第1話 あり得ない隣人

私の気持ちは、いつも焦っている。

未完成な私は、いつも完璧な自分になりたいと願っているのに、何故なのかー…。


゛完璧な私゛に、いつまでいつまでも、辿り着けない。


今日は、風邪気味のせいか調子が悪い。

原因は、昨晩に薄着で寝てしまったせい。

喉の痛みに目が覚め、直ぐ様風邪薬を飲んだのだけど、今になり眠気が襲ってきた。

「佐久間さん!」

オフィスの奥から、私の名を呼ぶ声がした為振り替える。

そこには、今にも「あなたね!」と怒声を飛ばしそうな表情をしたお局様が、ヒールを鳴らしながら勢いよく私の方へ近づいて来る。

「…な、なんでしょう?」

「あなたねぇ!ここの数字間違ってるじゃない!」

私のデスクに、私が入力した書類を叩きつけ入力ミスをした箇所を指で示す。

「す、すみません!直ぐ修正します!」

「このまま会議の書類として幹部の方に配布されたら、間違った情報が流れるじゃない!こんなことも出来ない何て!」

始まった。

お局様にミスを発見されたら、なかなか許して頂けないのは、このオフィスの常識なのに私はやってしまった。

周りの社員達は、見て見ぬふり。

自分の仕事を淡々としている様に見えるが、昼の食堂では、ミスをした社員をネタにしてランチの話に花が咲く。

「クスクス…」

ふと顔を上げると、お局様の説教を受ける私の斜め横のデスクの若い女性(正社員)二人が、私の失態を面白そうに見ている。


…どうやら今日のランチのネタは私に決定したみたいだ。


私は佐久間永子。年は30歳。結婚どころか、彼氏もいない枯れきった女。

仕事は、大手企業で派遣社員をしているが、正社員を目指して日々頑張っている。


「はぁー…」

長い溜め息をついた。

たまに青く澄みきった夏の空に問いかけてみる。


ー私はここで、何をしているんだろう?


会社の屋上にあるベンチに座り、空を見上げる。

「あーここにいた!」

声のする方を見ると由紀子が呆れた表情をしながら、こちらに歩いて来る。

「食堂探したら居なかったから屋上なのかなーって思ったんですよ」

そう言いながら、私の横に腰かけた。


この子は26歳、袴田由紀子。同じ総務課で働いている今時の可愛い子。

オフィス内では社内の結婚したい女性ランキング一、二に入る程の仕事、ルックス、料理等完璧な才色兼備。社内の噂に詳しく、私と同じ独身だ。


「私のミスのことで大盛り上がりだよ、食堂には行けないよー…」

落ち込む私に、うーんと悩む由紀子。

「じゃあ今日は…合コンとか行っちゃいませんか?元気だしに!」

「今日はパス、そんな気分じゃないから」

合コンの誘いを断ると、また、うーんと悩む由紀子。

「そう言えば、佐久間さん聞きましたか?御曹司の話!」

「御曹司?」

「ここの女性社員の間では御曹司の話で持ちきりなんですよ!もう、めちゃくちゃハイスペックなイケメンが午後から会社の視察に来るんです!」

目をキラキラさせながら、由紀子は興奮気味に語りだした。


由紀子の話によると、大手企業、中小企業、大手レストランチェーン店等数多くの企業を運営するJTKグループの御曹司が、今日午後から本社に来ると言うのだ。

噂によれば、JTKグループの会長が体調を崩し、会長を辞任する為、現在のグループの社長が会長の座に就任。

新しい社長に就任するのが、グループの傘下にある本社に今日視察に来る20代半ばの若い御曹司らしい。


「20代!?」

私は食後の缶コーヒーを吹きこぼした。

「凄いですよねぇ~今まで渡米して経営学を学んでらしたみたいで今朝日本に帰って来たんですって~‼帰国子女ですよ~‼」

うっとりしながら、語る由紀子。

「な、なんでうちの会社に来るわけ?そんな立派なお坊っちゃまが?」

「なんでも、社長のご子息らしいんですよ。それで、手始めにうちの会社の経営をさせるみたいですよ」

手始めにって…なんの練習だと思っているのか、お金持ちの考えることは解らない。

「確か、噂によると各部署を回るって言ってましたよ」

「そう、なんだ…」

由紀子との会話は終始御曹司の視察に関することだった。


昼休憩が終わり、仕事を再開しているとオフィス内の女性達が手鏡で身なりを整えている。

「ちょっとそこ!何サボってるの!?今は休憩時間じゃないのよ!」

お局様の怒声がオフィス内に響き渡る。

女性陣は、そそくさと手鏡をバッグに戻す。

「こちらが、総務課になります」

オフィスの外から、会社を案内する声がした。

扉を開けて入ってきたのは年配の幹部の男性

のみ。

オフィス内の前に立ち、厳格な口調で話始めた。

「えー…!ゴホン!今から、後日わが社の社長として就任される方の就任前のご挨拶がある。全員起立」

社員達が起立したのを確認すると、幹部の男性が「どうぞ、お入り下さい」と促した。

扉を開けて入ってきたのは、まだ20代半ばの高身長な男性だった。由紀子の言っていた通り本当に視察に来たのだ。

「皆さん、初めまして。新しく社長に就任する浅倉翔真です。」

そう挨拶すると、白い歯を輝かせ にこっと柔らかく微笑む。

周りの女性陣は、まるで男性アイドルを見ているようなキラキラした眼差しを送っている。

「僕は今朝、ニューヨークから帰国しました。そこで、グループの傘下にある会社の経営を行いながら経営学を学んでいましたが

今回、急遽本社の社長として就任することになりました。僕は、皆さんとより良い関係を築きながら、会社を共に支えていきたいと思っています。宜しくお願い致します。」

深々と頭を下げ、礼をする。

そして頭を上げて、にこっと柔らかく微笑む。

その柔らかい微笑みは、まるで爽やかな風が吹いたような美しい微笑みだった。

「皆さん、お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした。どうぞ、座って続けて下さい。」

そう微笑みながら社員達に着席させ、仕事を続けるよう促すと総務課の主任に挨拶をし、オフィスから出ていった。

由紀子を見ると、案の定、放心状態だった。

まるで白馬の王子様が現れたような、そんなうっとりした表情をしていた。

周りを見渡すと由紀子だけでなく、お局様までもがうっとりした表情をしている。

確かに、少女漫画にでも出てくるんじゃないかと言うくらいの完璧さ、とでも言おうか、あそこまで、あの年で恵まれた男性って日本に何%存在するんだろう、とふいに考えてみる。

…それに比べて、私は派遣か。

また小さく溜め息をつく私であった。


仕事を定時に終えて、残業をしている由紀子に挨拶をしオフィスを出た。

会社を出て、徒歩20分の場所にある古めのアパートに私は住んでいる。

一人暮しするには十分すぎる1DKのお部屋に住んでいるのだが、何せ外観がボロい為、あまり住人が増えないとか80歳になる大家さんが言ってたっけ。

アパートに到着すると、アパート前に大きな引っ越しのトラックが止まっている。

「!」

よく見ると、引っ越しの業者が私の部屋の隣の部屋に家具を運んでいる。

大家さんがその様子を傍でポケーっと突っ立って見ている。

「どなたか、入居されるんですか?」

「…ん、ああ、永子ちゃんか、お帰り…」

「た、ただいま、あの…どなたか入居されるんですか?」

「ああ…、何か今朝急遽ここに住まわせて欲しいって若い男の人が言ってきてねぇ」

「は、はあ…」

正直今の空き部屋だらけのアパートが居心地良かったのに。

よりによって、どうして私の部屋の隣に?空き部屋何て、他に沢山あるのに。

若い男性って、それだけで不安要素になる。

私は錆びた階段を上がり、二階にある自分の部屋に入り玄関の壁にもたれる。

「今日はついてない…」

そう呟いて、部屋にあがると昨日作りすぎたカレーの鍋を冷蔵庫から取りだし火にかけた。

鍋を温める間、冷蔵庫から焼酎を取りだし惣菜をツマミに一杯飲む。

翌日が会社だと後に残る為、一杯だけと決めているが今日は憂さ晴らしのやけ酒を止めどなく飲んだ。


…ポーン。


…ピンポーン。ピンポーン。


「ん~…?」

目を開けると食べたままのカレー皿と、空になった焼酎瓶が床に倒れていた。

どうやら、テーブルで飲み潰れて寝てしまったようだ。

゛ピンポーン。ピンポーン。゛

鳴り続けるインターホンに、気がつく。

「えー?誰よこんな時間に…」

朦朧とした意識の中で時計を見ると、10時30分になっている。

私はフラフラ…と、立ち上がり扉のレンズを覗くと若い男性が立っていた。

私は、今日の自分の不運さが脳裏に甦り腹が立ったので何か言ってやりたい衝動に駆られ、扉を開けた。

「あ、夜分遅くに大変申し訳ありません。

隣に引っ越してきた」

「あんたねー!こんな時間に挨拶をしに来るなんて非常識なのよ!」

「す、すみません…」

今日の不運な出来事が爆発し、隣に引っ越ししてきた男性に怒鳴った。


そこで、プツンと記憶が途絶えた。


ピピピピ。ピピピピ。

いつも通りの目覚まし時計の音。

「…さん、永子さん朝ですよ」

「う…ん?」

目を開けると、いつもの部屋の天井があった。

ベッドから起き上がると、ふわりと味噌汁の良い匂いが漂ってきた。

どうやら、昨晩飲み過ぎたせいか幻臭までするようになってしまった。いつもより二日酔いも酷くない。

「永子さん、起きましたか」

声のする方を振り替えると、何故か庶民的な私のエプロンをつけた我が社の社長がそこにいた。

昨日挨拶の時の不敵な微笑みが、寝起きの不様な私に突き刺さる。

「…」

…こ、これは夢なのか。

私は幻覚を見ている。そうだ、そうに違いない。飲み過ぎたせいだ。

「昨晩はよく眠れましたか?あ、朝ごはん簡単に作ったので、一緒に食べませんか」

ぼーっと突っ立っている私に、炊飯器から出来立てのご飯を茶碗に装い笑顔で話しかける社長。

「しゃ…社長が、な、なんで…」

私は唖然とした。

「あれ、覚えてませんか?昨晩のこと」

あはは、とはにかみながら微笑む。

「隣に引っ越してきたのは、僕なんです。これから宜しくお願いします!わが社の総務課の社員、佐久間永子さん」

そう言って、また微笑む。


「え……ええええええ!?」

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