第8話 都合のいい世界

「ハルキ君、君はこの世界に来てどのくらい経つのかな」

 大小様々な本が積まれている部屋で少し緊張する私に、ヤマザトさんはコーヒーを飲みながら尋ねてくる。

「多分、今日で8日目、ですかね」

 日数や日にちを考えていなかったから自信を持って言えないが、恐らくそのくらいだろう。

 なるぼど、と半分まで減ったコーヒーを見つめながら何かを考えている。

「僕はこの世界で目覚めてから1年と11日が経過してるんだ」

「それはつまり、人によって目覚めた時期が違うってことですか」

 と、問い返す私にヤマザトさんは頷く。

「それと、もしかしたら変なことかもしれないけど、君は何回死んだか分かるかい」

 この世界について知っていることを話そう、と言っていたのに何回死んだか、と聞かれ困惑する。

 ヤマザトさんはそれを察してか、話しを続ける。

「どうやら、この世界で僕達は死なないようだ」

 死ぬ、死なないと言われても私には何一つとしてピンと来ていない。

「僕はロケットの整備のために高い所に上る事が多いんだけど、足を滑らせて落ちたときがあったんだ。その後目が覚めたらこの部屋のベットの上で目が覚めたんだ」

 なんだかその話しはマンションの屋上から落ちる夢に似ている。

「そこでいろいろと試してみたら、この世界にはあるルールがあることに気付いたんだ。それは、死ぬとその前に起きた場所で目が覚める、というものなんだ」

 死んだら起きた場所で目が覚める。それが本当なら、あの夢は本当に起こって私は一度死んだのかもしれない。

 あまりにも突飛な仮説で信じがたいが、目が覚めてこの時まで正常な事は一度もなかった。それは私も含めて。

「なんだか、夢みたいな話ですね」

 嫌な事を振り払おうとおちゃらけていうがヤマザトさんは真摯に受け取っていた。

「もしかしたら、そうなのかもしれない。いろんな事が僕らに都合がよすぎる」

「都合がいいって、どういう事ですか?」

 都合がいい。それはつまり私達の望むようになっている。と言うことなのだろうか。

「う~ん、言葉で説明するよりも見てもらった方が早いかもしれない」

 ヤマザトさんは手に持っていたコーヒーカップを机に置くと、ついてきて欲しい、と部屋を出てしまい、私は急いでコーヒーを飲みほし、後を追いかける。


「ここは、食堂ですか?」

 ヤマザトさんに連れられて来たのは、何十人も座れる椅子とテーブルが整然と並ぶ広い部屋だった。

「そうだよ。無人だと結構寂しく感じるけどね」

 たしかに誰もいないとその広さが災いし、その価値を見いだせない。

「ほら、あれを見て欲しいんだ」

 ヤマザトさんが指差すそれは、食堂と調理場を分けるカウンターの上に乗っていた。

 二つのお盆に乗っているそれは暖かな湯気を立ち上らせていた。

「今日のお昼はラーメンみたいだね」

「え、え?どういう事ですか」

 訳が分からず混乱する私を可笑しそうにヤマザトさんは笑う。

「あれはヤマザトさんが用意したんですよね?」

「いや、ハルキ君が来てからずっと一緒にいたから、作ってる暇はなかったよ」

「私が気を失ってる間とかには?」

「そんな時間はなかったよ。君を運んでから、君が目覚めたのは2、3分ぐらいだったからね」

 たしかに私が気を失っていたのは、そんなに長くはないはず。日の傾きがほとんどないことから分かる。

 だからこそ、私にはわからない。どうしてできたてのラーメンがここにあるのか。

「どうやら、食事は勝手に用意されるみたいなんだ」

 ヤマザトさんが答え合わせをする。

「勝手に、ですか?」

「そう、勝手に。時間になるといつの間にか用意されているんだ」

「もしかして、誰か他に人がいるんですか?」

「僕も最初はそう思って、いたる所にカメラを仕掛けたんだけど、誰も映ってなかったよ」

 なんだか不思議な話から、不気味な話になってきた。

「食べられるんですか?これ」

 見た目だけは美味しそうだが、得体のしれないナニかだったらどうするのだろう。

「問題なく食べられるよ。そこは大丈夫」

 ヤマザトさんはそう笑みを見せるが、私にはどうしても食べていいようには思えなかった。

 そんな私の感情が顔に出ていたのか、ヤマザトさんはそのラーメンをすする。

「うん、今日も美味しい」

 美味しそうに食べるヤマザトさんの姿が、スープの香りが疑念を持つ私のお腹を鳴らす。あ、と声が漏れ、気恥ずかしさと食欲のせいで私は麺をすすった。

 久し振りのラーメンの味に、私は無言で箸を進める。

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漂う函 夜表 計 @ReHUI_1169

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