第6話 雲の上には

 草原を走る。風を切るのを頬で感じながらあの男性の事を思い出す。


「さっきの信号弾、上げたのは君?」

 そう男性はゴーグルを外しながら問いかける。

 「え、あ、はい……」と、なんとも間の抜けた声でその問いに答える。もう少し緊張せずに答えられなかったのかと、自分を叱る。

 無精髭の男性は少し笑みを浮かべると手を差し出し、名前を告げる。

「僕はヤマザト、君の名前は?」

 ヤマザトと名乗った男性は手を差し出したまま、私の返答を待っている。

 早く名乗らなければ、手を握り返さなければ、という焦りが言葉を詰まらせ返答を遅らせる。

 そんな私を知ってか、彼は手を下ろすこと無く待つ。

 これ以上彼を待たせられない。

 言葉を詰まらせていたものと一緒に息を吐き出し、名前を言う。

「――私はハルキです」

 ちゃんと名前を言えた事にほっと息をつく。

「よろしく、ハルキ君」

 そこで手を握り返していなかった事に気付き、直ぐに握手をする。その手は私より少し大きかった。

「ところで君は、あの街に住んでるのかな」

 山に囲まれた街を指差し、ヤマザトさんは確認をする。

 住んでいるという表現に少し違和感があるが、私は頷き肯定する。

「よかったら話しを聞かせて欲しいんだけどいいかな」

 年上だと言うのに威張るような態度はせず、物腰柔らかな声にこのときにはほとんど警戒心は無くなっていた。

 私は目が覚めてからの事を簡潔に説明した。

「君の言う黒い箱って、どういう感じだったのかな」

 説明しようと口を開けた時、どう表現すればいいか分からなくなった。ただ大きいだけではアレを表す事は出来ない。口では説明が難しい為、写真を見てもらうことにした。

 ヤマザトさんは写真を見るなり納得したような顔をした。

「実はね、僕もこの物体を見たことがあるんだ。最初に目が覚めた時に一度だけ」

 この世のモノとは思えなかったという。

 私は胸が高鳴った。この感情をどう表現すればいいだろう。どういう言葉が適切だろう。私の語彙力じゃ表す事は出来ないが、共感が一番近いかもしれない。

 箱の写真を返してもらうと、手元に影が落ちた。手元だけではなく私達の周囲一帯、ヤマザトさんの飛行機をもすっぽりと入る影が覆っていた。

 見上げると黒い物体が頭上をゆっくりと風に流されていた。

 自然と口から息が漏れていた。それは二度目の感動だった。私は再確認するようにその黒い箱を見つめていた。

 すごい、隣からそう呟きが聞こえる。

 人工物とは思えない人工物。山や川等の自然の一部とも思えるその存在感。私達の常識にはない故に目立っているだけの自然現象。

「アレは何なんだろうね」

 独り言のようにヤマザトさんは続けるが、それは私に言っているような気がした。

「あそこに神様がいるんじゃないですか」

「それはユーモアがあっていいね。でも僕には、地球を潰そうとしているように見えるんだ」

 確かにあの物体は巨大で圧迫感を感じる。けれど、それは勘違いで錯覚だ。それでもヤマザトさんは潰そうとしているように見えると言う。

「多分アレは雲と一緒なんですよ」

 そう言いながら私は黒い箱の写真を撮る。

「だから、神様が居ると」

「はい」

 何の根拠も無く、言い切る私にヤマザトさんは少し笑う。

「あの山を越えると僕が住んでる基地があるんだ、よかったらおいで」

 基地、と問い返すもヤマザトさんはゴーグルをかけ直し、飛行機に乗って山の向こうに消えてしまった。



 2日後、私は野営の準備を整え基地へと向かっている。

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