第8話 シダッチやっちゃっチ
梅雨の朝。
孔雀さんの羽によく似たシダ。
クジャクシダの“シダッチ”がユラユラと揺れています。
「ねえ杉の木クン……おきているの?」
昇り始めた太陽が、枝の隙間からシダッチを照らしています。
「起きているよ! 君こそ今日はすごく早起きじゃないか~」
お空に向かって真っ直ぐスクスクと伸びる杉の木クンは、寝坊助のシダッチが早起きした事にちょっと驚いています。
「太陽が
目を細めて太陽を見上げるシダッチです。
「太陽さんが、朝からシダッチたちを照らしてくれるなんて久しぶりだね」
杉の木くんも嬉しそうです。
「杉の木くんはいいなぁ~。いつも太陽をいっぱい浴びてさ」
シダッチは空いっぱいに枝を広げて、太陽の光を独り占めしている杉の木クンがうらやましくて仕方ありません。
「……僕だって、みんなに太陽さんの光をいっぱい浴びて
この森には、木こりのおじさんがいて、杉の木クンの伸びた枝を綺麗にしてくれていました。
「そういえば、最近木こりのおじさん見かけないね。どうしたんだろ?」
キラキラ光る斧や、カミナリのような音がするチェーンソーを普段から持ち歩いている木こりのおじさんが、シダッチはチョッピリ怖かったのです。
「おじさん病気なんだって……」
「え! あんな怖そうなおじさんが……病気?」
「そうなんだ……それも、病気の原因は僕なんだって……」
普段は、真っ直ぐにピンと伸びている杉の木クンだけど、この時はシュンって背中を丸めてうなだれてしまいました。
「木こりのおじさん……何の病気なの?」
「この間、おじさんが僕の枝を綺麗にしょうと、
「杉の木クンを枝を切る時、おじさんがいつもしているじゃない」
「でも……その時は、妙にくすぐったくて、どうしても我慢できず……おもわず体を大きくクネらしちゃたんだ」
「君はくすぐったがりだもんな~」
「それで……僕が体を大きく揺らした勢いで、枝についている花粉がいっぱい飛び散ったんだよ」
「あの黄色い粉のこと? とっても綺麗だけどな……おじさん嫌いなのかな?」
「花粉を頭から浴びたおじさん……急にクシャミをしだしたんだ……とっても苦しそうに」
シダッチは「ヘクション! ヘクション! こりゃーたまらん!」って、おじさんが涙を流しながら騒いでいたのを思い出しました。
「でも……それが、おじさんの病気となんの関係があるのさ?」
「それは、ワシが教えてやろう!」
シダッチの頭の上から声がしました。
杉の木クンの枝に住んでいる“尺取り虫のシャク爺”が、枝の長さを測りながらやってきました。
「おじさんは『花粉症』なんじゃよ。杉の木の花粉を吸うとくしゃみが止まらなくなったり、涙があふれたり……それは、苦しい病気なんじゃ」
「そんな病気があるんだ? 人間って大変だな~」
「僕は……おじさんが大好きなのに……そんな事になるなんて……」
杉の木クンは、枝で顔を
その時です――。
ガサガサッ~! 草をかき分けながら、木こりのおじさんが現れました。
おじさんは、顔に大きなマスク、手にはチェーンソーを持っています。
「今日こそ綺麗にしてやるからな!」
おじさんは、決死の覚悟で杉の木クンの枝を掃除しに来たのです。
「今度こそ、くすぐったくても我慢するぞ!」
杉の木クンは、口を“へ”の字に結んで我慢しています。
その光景を眺めていたシダッテチは、あるイタズラを思いつきました。
〈杉の木クンが花粉をまき散らしたら、怒ったおじさんが枝を全部切り落としちゃうかな? そうしたら、僕は毎朝太陽をいっぱい浴びられるかも……〉
シダッチは、グィーと背伸びをすると、めいっぱい葉っぱを広げて、杉の木クンの
「グフッ! グフッ! グフッ……」
杉の木クンは体を小さくクネクネさせながら我慢しています。
「こら! シダッチ止めなさい! 止めるんじゃ~!」
シダッチのイタズラに気づいた“尺取り虫のシャク爺”はあわてて止めました。
あ~あ! 間に合いません。
「ブッ! 我慢できない~! ア~ッハッハハハ~!」
杉の木クンは、右に、左に大きく体を揺らして笑ってしまいました。
その勢いの凄いこと。
杉の木クンに留まっている小鳥も、虫たちも
アッ! という間に
「うわ~! ハックション! ハックション! これはたまらん~!」
花粉をたっぷり
〈これで、おじさんは杉の木クンの枝を全部落としちゃうぞ!〉
シダッチはワクワクしながら見つめています。
「こうなったら……仕方ない!」
おじさんは、涙と鼻水を流しながら、杉の木クンの足元にチェーンソーを入れると――アッ! と言う間に切り倒してしまいました。
「うわぁ~! 助けてぇ……シダッチ~!」
杉の木クンの最期の声でした。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
シダッチは自分のしたことの恐ろしさに初めて気がつきました。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
杉の木クンはシダッチの
シダッチが、いくら声をかけても――返事がありません。
翌朝も、その翌朝も、
でも――あんなに好きだった太陽が、今では見るのも辛くて、哀しくて――。
シダッチは涙が止まりません。
毎日泣き明かしました。
どんなに後悔しても、もう杉の木クンの声は聞こえません。
ある日の朝――。
「おはよう……シダッチ……どうしたの? 元気ないね……」
あの日から、一日だって忘れた事のない杉の木クンの声が聞こえてきました。
シダッチは驚いて背伸びをすると、
「シダッチ~! どこを見ているんだよ。僕は……ここだよ」
「どこだよ? 杉の木クンだろう? 杉の木クンだよね?」
「ここだよ! ここ……君の足元……」
杉の木クンの切り株から、小さな、小さな杉の木クンの芽が顔を出していました。
シダッチは目から溢れる涙を止めることができません。
「おはよう……杉の木クン……君は、いつも早起きだね……」
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