第7話 ボールオバケの思い出

 ボロボロになって捨てられたボールたち。

 何処かに仕舞って忘れられたボールたち。

 河原で野球をしていて川にポッチャン、そのまんま流されたボールたち。

 誰かが蹴ったサッカーボールがフラフラと舞い上がりトラックの荷台にポトン。

 そんな、可哀想なボールたちが沢山いるのを知っていますか?

 そんな、忘れられた寂しいボールたちの魂が集まって「ボールオバケ」が生まれたのです。


「どのボールに忍び込んじゃおうかなぁ~」


 人間には見えないボールオバケは、一日中気ままにフワ~フワ~と空に浮かんでボールを探しています。


 そんなある日、風に乗ってフワ~フワ~しているボールオバケの耳に子供達の声が飛び込んで来ました。


「がんばれ~がんばれ! 赤組!」


「負けるな~負けるな! 白組!」


 ボールオバケが声のする方に泳いで行くと、小学校の校庭でドッチボールをしている子供達を見つけました。


「あらら~。赤組が一方的に負けているじゃないか」


 たったひとり残った女の子が、男の子の投げるボールから必死で逃げていました。


「ボル~ボル!」


 ボールオバケは、小さく呪文を唱えると、男の子が投げようとしているボールの中に飛び込みました。

 男の子の手から離れたボールは、フワフワ~と力なく舞い上がると、女の子の腕の中に優しくポトンと落ちました。


「亜美ちゃんがボールを取ったぞ~!」

 

 赤組から歓声が上がました。


 亜美ちゃんは白線いっぱいまで駆け寄ると、逃げ回る男の子めがけて力いっぱいボールを投げました。

 ボールは男の子のお尻に当ってバウンドすると、その横にいた男の子の背中に当って、またバウンドしました。

 更には、その後ろにいた男の子の肩に当って跳ね返ると、ななめ前にいた男の子の足に当り――。


 ポトン! 床に落ちました。


「亜美ちゃんが全員を倒したぞ~!」


 赤組のみんなも、白組のみんなも、投げた亜美ちゃんもビックリしています。

 その日、学校では亜美ちゃんの話で持ちきりです。


 これから、亜美ちゃんは「ドッチボールの思い出」を大切にしてくれることでしょう。


 ボールから抜け出したボールオバケは風に乗ってフワ~フワ~飛んでいきました。


「オーライ! これでゲームセットだ~!」


 フワ~フワ~と浮かんでいるボールオバケに向って、野球のボールが飛んで来ました。

 下をみると、泥だらけのユニホームに十五番の背番号を着けた少年が、バットを握ったまま一塁に向って必死で走っています。


「ボル~ボル!」


 ボールオバケは小さく呪文を唱えると、外野手のグローブに収まろうとしているボールの中に飛び込みました。


 その瞬間です!


 竜巻に巻き込まれたようにボールはグルグルと渦を巻きながら空高く舞い上がりました。

 そして、スタンドで一生懸命応援している、少年のお父さんとお母さんの前にポトリと落ちました。


「逆転ホームランだぁ~! 優勝だぁ~!」


 野球場は興奮と歓声に包まれました。

 少年は飛び上がって喜んでいます。

 目に涙をいっぱいめ、お父さんとお母さんに手を振りながらホームに向ってダイヤモンドを回っています。


 明日の新聞は少年のホームランが大きく掲載けいさいされるかもしれません。

 少年の記念ボールを拾ったお父さんは、ボールをガラスのケースに入れて大切にしてくれることでしょう。


 野球ボールから抜け出したボールオバケは、風に乗ってフワ~フワ~飛んでいきました。


 ボールオバケは、ボールたちを大切な思い出にしてあげる手伝いをしているのです。

 そして、その時、忘れられた可哀そうなボールたちの魂をチョットだけ忍ばせるのです。

 ボールを大切にしてくれる優しい気持ちを、おすそ分けをして貰うために。


 どこからか人々の歓声が聞えて来ました。


「なんだろう? 歓声を聞くだけでも心が温かくなるぞ……あの建物から聞こえてくるんだ!」


 そこはコンサートをしている会場でした。


「あの女の子が歌っているんだな……なんて、温かい声なんだろう!」


 透明で澄んだ、温かい歌声です。

 会場いる観客全員が、涙を流しています。


「こんな歌声に乗せて魂を飛ばせたら……ボールたちがどんなに喜ぶだろうな~」


 その時でした――。


 舞台の隅から無数のシャボン玉が吹き出てきました。


 「ボル~ボル!」


 ボールオバケは小さく呪文を唱えると、次々とシャボン玉の中に飛び込んで、忘れられたボールの魂を宿していきました。

 ボールたちの想いと魂が、いっぱい詰まったシャボン玉は、沢山のスポットライトを浴びてキラキラと輝いています。


「見てお母さん~! すごく綺麗!」

 

 優しそうな親子がシャボン玉に手を伸ばしました。

 

 ポン! シャボン玉が指に触れては弾けました。


「見てお父さん~! すごく綺麗!」


 ポン! ポン! ポン! 会場を埋め尽くしたシャボン玉が次々に指に触れて弾けました。


「あッ! お父さんに買ってもらったサッカーボール……物置に放り込んで……忘れていた!」


「あッ! お母さんに貰った手毬てまり……どこに仕舞ったかしら……すっかり忘れていたわ!」


「バスケットボール……『穴が開いたから直して』と頼まれていたのに……忘れていた!」


「アッ! あの時のボール……忘れていたわ!」


「アッ! あの時の思い出……忘れていたぞ!」


 忘れていたボールの思い出が、温かい歌に包まれて、次々とよみがえってきました。


 「今日は沢山のボールを助けたなぁ~。みんな、これからもボールや、ボールの思い出を大切にしてくれるだろうなぁ~」


 コンサート会場を飛び出したボールオバケは、満足そうにうなずきながら天を仰いでフワ~フワ~しています。

 そんな、ボールオバケの目に、真ん丸なお月様が飛び込んできました。


「そうか……今日は中秋の名月。十五夜だったんだ……お月様って真ん丸だと大きくてきれいなボールだなぁ~」


 手を伸ばした届きそうなほど近くに見えるお月様を眺めながら、ボールオバケはつぶやきました。


「そうだ! あのお月様に『ボールたちの魂』を入れてあげたら……世界中の人が『忘れたボール』の事を思い出してくれるかな?」


 もう――ボールオバケは、いてもたってもいられません。


「ボル~ボル!」


 お月様に向かって両手をめいっぱい伸ばすと、大きく呪文を唱えました。


 月夜の晩に、忘れていた大切な思い出を、ふと思い出したら――それは、ボールオバケがあなたに語りかけているんです。


「思い出はしまってばかりじゃ忘れちゃうよ。時々でもいいから心から引き出してくれないと……」

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