第5話 座敷わらしの嘘

 山郷やまさとの小さな村の小さな家に、働き者のお爺さんと、優しいお婆さんが住んでいました。


 ある霧が深い、秋の朝。

 笑顔で見送るお婆さんに、二度大きく手を振って、お爺さんは山に出かけていきました。

 お婆さんは、そんなお爺さんの無事を祈って山のいただきに手を合わせています。


「神様……お爺さんが怪我をしないようにお守りください」


 お爺さんの姿が見えなくなると、お婆さんは台所からご飯とお味噌汁を乗せた小さなお盆を縁側に運び、そっと置きました。

 そして庭のしいノ木に向って優しく声をかけました。


「座敷わらしや。ご飯ですよ~」


「は~い!」

 

何処からともなく、赤いチャンチャンコを着たおかっぱ頭の女の子がお婆さんの前に現れました。


「お爺ちゃんはもう山に行ったの?」


 座敷わらしは怪我をしている右足をかばいながら、お婆さんの膝の上に座りました。


「座敷わらしに自然薯じねんじょを食べさせたいからって、クワを持って朝早く出かけたよ」


 この夏、お爺さんはあやまってご神木を切り倒してしまいました。

 座敷わらしは、倒れたご神木の枝が足に当たって怪我をしてしまったのです。

 妖怪だって、ご神木にはかないません。


「まだ、足が痛いかい?」


「うん。ちょっとだけ痛い……」


「ごめんね……じゃあ、今日も『おとぎ話』を話してあげようかね」


 座敷わらしは、お婆ちゃんのひざの上でおとぎ話を聞くのが大好きです。

 縁側えんがわの二人を木漏こもれ日が、静かに優しく包み込みました。

 霧はすっかりはれています。


「そうそう……お爺さんが自然薯じねんじょを採ってきたら『座敷わらし』の友達も呼んでご馳走しようかね」


「友達? じゃ~『あずき洗い』を呼んでいい?」


「いいわよ。大勢の方が美味しいからね」


 庭に飛び降りた座敷わらしは大きな声で椎ノ木にてっぺん向って呼びかけました。

 あら? 足の怪我はどうしたのでしょうね。


「あずき洗い~! 出ておいで~!」


 あずき洗いは、ショキショキと音をたてながら川で小豆あずきを洗う妖怪です。


「座敷わらし……なんか用だか?」


 ザルを小脇に抱えた、小さな妖怪がしいノ木から飛び降りてきました。


「お婆ちゃんが『自然薯』をご馳走してくれるんだって!」


「ほんとか! ワシ……『自然薯』大好きじゃ~!」


「ちゃんと、お婆ちゃんにお礼を言うのよ」


 オネェちゃんぶっている座敷わらしです。


「あら! 可愛い妖怪さんだこと。こんにちは」


 お婆さんは、また一人孫が遊びに来てくれたみたいで嬉しくなりました。


「お爺ちゃんが帰ってくるまで私達も何かお手伝いをするね」


 座敷わらしは、やっぱりオネェちゃんぶっています。


「ワシは、何をお手伝いしたらよかろうかの?」


 あずき洗いは、小豆以外に洗ったことがありません。


「あんたでも、お米洗いはできるでしょ?」


「それくらいなら……じゃあ、座敷わらしは何のお手伝いをするのかの?」


「ウチは……お婆ちゃんの肩タタキをするの!」


 三人の笑い声が木霊こだましてしいノ木が揺れています。


 山郷は日の陰りが早く、あたりは薄暗くなってきました。

 お婆さんたち三人は、しいノ木の下でお爺さんの帰りを待っています。


 その日――お爺さんは帰ってきませんでした。


 次の日も、三人はしいノ木の下でお爺さんの帰りを待っていました。


 三日目の朝――。


 村の人達が山奥の「竜神ヶ淵」と呼ばれる滝の前で倒れていたお爺さんを運んできました。

 お爺さんは、大きな自然薯をしっかりと抱え――眠っているようでした。

 お婆さんの大粒の涙が自然薯に落ちて広がりました。


「おかえり……お爺さん。大きな自然薯が採れたんですね。大変だったでしょ……みんなに食べてもらいましょうね」


 お婆さんは一人で台所に行くと、自然薯をすりおろしてトロロ汁を作り始めました。

 その夜、通夜つやに集まってくれる村の人々に振舞う為に――。


 しいノ木から木漏れ日が差し込む縁側にお婆さんと座敷わらしが座っています。

 あの日から、お婆さんが何も食べていない事も、お爺さんの所にきたがっている事も座敷わらしは知っていました。


「お婆ちゃんは、ウチの足が治っているのを知っていた? お爺ちゃんも?」


 お婆さんは小さく笑ってうなずきました。


「妖怪をだました人はね……動物に生まれ変わるの……知ってる?」


 お婆さんは、座敷わらしが、何か辛い事を伝えたがっている事に気づきました。


「ウチの嘘を知っていて気づかない振りをしてくれていたのなら……それは、妖怪をだました事になるの……」


 その時です――。


 しいノ木のてっぺんにとまっていた一羽の朱鷺トキが「ターア!」と一声鳴きました。

 お婆さんは朱鷺を見上げました。

 朱鷺は、お婆さんを見下ろしながら、二度――バサバサと羽ばたきました。


「もしかして……あの朱鷺は……お爺さんなのかい?」


 お婆さんの問いに、座敷わらしは小さくうなずきました。


 初雪がうっすらと残る――寒い朝。

 竜神ヶ淵の前で、眠るように横たわるお婆さんを村の人が見つけました。


 数日後――。


 お爺さんと、お婆さんが住んでいた家のしいノ木のてっぺんで、仲睦なかむつまじく寄り添う二羽の朱鷺トキが「ターア!」と一声鳴きました。

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