第4話 キッチン探偵吾郎くん

 公園の紅葉がちょっとだけ恥ずかしそうに赤くなっています。

 夕日が子供達の影を宇宙人のような背高ノッポにしています。


「ただいま~!」


 吾郎くんは、友達とサッカーをして顔中ドロだらけで家の中に駆け込んできました。

 勉強なんかより、外で走り回るのが百倍好きな小学五年生の男の子です。


「お母さん~! 何か冷たい飲み物ある?」


 お家の二階で、洗濯物にアイロンをかけているお母さんに大きな声で尋ねました。


「冷蔵庫の中に、牛乳があるでしょう。うがいをしてから飲むのよ」


 お父さんのワイシャツのシワを、パンパンと手で伸ばしているお母さんの声が聞こえました。


「牛乳かぁ……ジュースの方がいいのになぁ~」


 お母さんには聞こえないようにブツブツ言っています。

 吾郎くんは、西日が当たっている冷蔵庫のドアを開けると、中から飲み口を洗濯バサミで挟んだ牛乳を取り出しました。


「この牛乳……なんか、変な臭いがするぞ?」


 牛乳の注ぎ口から直接飲んじゃおうとした吾郎くん。

 鼻の奥に酸っぱい臭いが飛び込んできました。


「この牛乳なんか変な臭いがするよ」


「そんな事ないでしょ。少し前に買ったばかりよ」


 二階から降りてきたお母さんが言いました。


「だって……ほら。匂ってごらんよ」


「あら……本当だわ。確かに酸っぱい臭いがするわね」


「だから言ったじゃないか~」


「変ねぇ。朝飲んだ時はなんでもなかったのに……」


 お母さんは、首を傾げながら牛乳を流し台の中に捨てました。


「……じゃあ、特別にジュースにしようか」


「やったね~」


 五郎くんは、うがいを忘れて喜んでいます。

 冷えたジュースを取り出そうと冷蔵庫のドアを開けたお母さんが奇妙な声をあげました。


「ジュースが……冷えていないわ!」


「冷えていないジュースは美味しくないよ。冷蔵庫にいつ入れたのさぁ?」


「朝から入れていたわよ。あれ? 冷蔵庫の中から冷たい空気が流れてこないわ」


 冷蔵庫の中に手を入れながらお母さんが言いました。


「壊れているじゃないの?」


「そうかしら……だって買ったばかりなのよ」


 お母さんは冷蔵庫に顔を近づけて確かめました。

 やっぱり冷えていません。


「お母さん! 僕のアイスが溶けていないか確かめて!」


 吾郎くんの大好きな、練乳がたっぷりかかったイチゴのアイスの危機です。


「あら? 吾郎ちゃんのアイスは溶けていないわ……他のアイスも大丈夫よ」


 お母さんは床にひざをついて冷蔵庫の奥まで覗き込んで確かめています。


「不思議ねぇ。真ん中の冷蔵室だけ壊れたのかしら?」


 首をかしげて悩んでいるお母さん。


 そんなお母さんの横から冷蔵庫の中を覗き込んだ吾郎くん。

 腕を組んで考えています。


「分かった! なるほど~そういう事かぁ!」 


 吾郎くんはお母さんに顔を近づけると、人差し指を立てて言いました。

 まるで名探偵が、事件を解決したような仕草です。


「何が『分かった』なのよ。教えて~」


 お母さんは、手を合わせてお願いしました。


「お母さん……あの真ん中の棚。やたら場所を取っている白い箱の中身は何?」


「何って? 昨夜食べたでしょ。シュートケーキが入っている箱よ」


「七個入っていたケーキをお父さんと、お母さん、僕の三人で二個ずつ食べたのだから……残りのケーキの数は?」


「一個……だと思う……」


「正解! 箱の中にはケーキが一個だけだね?」


 怪訝そうに吾郎くんを見つめてうなずくお母さんです。


「それじゃ、その下の棚にある鍋は何?」


「何って? 昨日食べたカレーの残りでしょう」


「お父さんが、おかわりしようとしたら『少ないから、やめよう』って言ってたよね!」


「中身が少しだけ残っている鍋って……こと?」


 お母さんは自分が犯した失敗に少し気づいたようです。


「そうさ。しかも鍋が大きくて冷蔵庫のドアが閉まりきらないよね?」


「はい……」首をすくめるお母さんです。


「更に、タマゴが四パック! 飲みかけのペットボトルが三本! まだあるよ……使いかけのマーガリン三箱……」


「吾郎ちゃん~分かったからもう勘弁して!」


 冷蔵庫の中は大渋滞。

 お母さんが食べ物を詰め込み過ぎたため、冷たい空気が流れていません。


 更には、冷蔵庫のドアの隙間からは西日が差し込んでいます。


「ごめんなさい! お片付けが下手なお母さんのせいだったのね!」


 お母さんは手を合わせて、名探偵に降参しました。


「家電(冷蔵庫)を疑ったら可哀想だろう……整理整頓していたらこんな事にならなかったよね。次は家電も家電(勘弁)してくれないよ!」


 ダジャレは少し苦手な吾郎くんでした。


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