第3話 イモリの親子もういいかい

 アジサイがこぼれ落ちそうなほどデッカイ花を自慢げに揺らしています。

 空から落ちてくる雨しずく。

 田植えが終わったばかりの水面をポッテン♪ ポッテン♪叩いています。

 カエルさんとデュエットしたいのかな?


「もう、いいーかい?」


「まあぁだーだよ!」


「もう、いいーかい?」


「もういいーよ!」


 イモリの親子が、田んぼの中でかくれんぼをしています。


「さてさて、坊やはどこに隠れているのかな? この葉っぱの後ろかな?」


「そっちじゃないよ~」


 体が半分水の中。

 ユラユラ揺れる苗の根元で小さなシッポがのぞいています。


「この可愛いシッポはだれのかな?」


「それは、僕のシッポじゃないよ……」


 一生懸命かくれていても、赤いお腹が見え隠れ!


「坊や……みっつけた!」


 おとうさんイモリは、坊やを抱きかかえると高く、高く持ち上げました。

 そして、いっぱい、いっぱい頬ずりをしました。


「次はおとうさんが隠れる番だよ。見つけられるかなぁ?」


 おとうさんイモリは、坊やが目を閉じて寄り添っている苗のすぐ後ろに隠れました。


「もういいーかい?」


「まあぁだーだよ!」


「もういいーかい?」


「もういいーよ!」


 目を開けた坊や。

 横をキョロキョロ! 後ろをキョロキョロ! 見上げてキョロキョロ!


「おとうさん――みっつけた!」


 おとうさんイモリの赤いお腹が水面でユラユラと漂っています。

 坊やイモリは、小さな水かきをバタバタさせながら、おとうさんイモリの真っ赤なお腹に――。


 《ドン!》


 飛びつきました。


「あれ? おとうさん……?」


 おとうさんのお腹は、いつも柔らかいのに、このときは石のように固いお腹でした。


「おとうさん? ……じゃ……ないの?」


 坊やイモリはおとうさんイモリを見上げました。


「美味しそうなイモリが飛び込んできた! さっそくいだたいちゃおう!」


 白くて長いクチバシが、坊やイモリのシッポをくわえて高々と持ち上げました。


 坊やイモリは、田んぼのカニを食べる為に飛んできた「トキ」の赤い顔を、おとうさんイモリの赤いお腹と間違えて、しがみついてしまったのです。


 赤い顔のトキは、坊やイモリのシッポをくわえたまま、白くて長いクチバシを空に向けると――。


《ゴックン!》


 ――飲み込んでしまいました。


「坊やを返せ! 坊やを……吐き出せ~!」


 その光景を目の当たりした、おとうさんイモリは、トキの足に何度も体当たりをしました。

 でも――そのたびに。何度も、何度も跳ね返されました。

 大きなトキには、おとうさんイモリの力も、叫び声も届きません。


 赤い顔のトキは、大きくて白い翼を《バサッ》と振り下ろすと、数枚の羽根を大空に舞い散らせて、雨の中を飛びたっていきました。


「坊や~! 坊や~! 坊やぁぁ~!」


 おとうさんイモリは声の限りに叫びました。

 おとうさんイモリの声は雨の中に消えていきました。

 おとうさんイモリは声を出して泣きました。


 その時です!


「おとうさん! みっつけた~!」


 ポツリポツリと雨が落ちるお空から、小さな、小さな声が聞こえてきました。


「おとうさん! みっつけた~!」


 おとうさんイモリは、小さな声が降ってくる空を見上げました。


《フワリ♪ フワリ♪》


 空から舞い落ちてくるトキの白い羽根が見えました。


《クルリン♪ クルリン♪》


 白い羽が回る度に、黒い小さな坊やイモリの姿が見え隠れしています。

 元気いっぱい手を振る、坊やイモリの姿が見え隠れしています。


「坊や~! 見つかった~!」  


 そうだったのです!

 間一髪かんいっぱつ――坊やイモリのシッポが、トキの長いクチバシの根本に引っかかって飲み込まれなかったのです。


《バサッ!》


 飛び立ったトキのクチバシから――。


《スルリ!》


 滑り落ちると――。


《ストン!》


 トキの羽根の上に落っこちたのです。


「おとうさん~~♪ みっつけた♪」


 坊やイモリの可愛い声が、雨のしずくに乗って、いくつも、いくつも降ってきました。

 そして、おとうさんイモリの涙と一緒に、頬を伝って流れていきました。

 

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