第2話 まっしろしろの友達
稲刈りが終わりました。
黄金色の稲がザワザワしていた田んぼは、わんぱく坊主のトラ刈り頭に姿を変えています。
刈り忘れた稲がアッチに五本、コッチに十本と残ってユラユラと揺れています。
そんな、トラ刈り田んぼに残ったお米は食べ放題。
小さな生きもの達にとってはこの時期だけの素敵なお弁当箱です。
早速、お米を狙ってやって来たのはチューチュー元気なネズミ達です。
「今年もいっぱい、お米が落ちているなぁ」ネズミの親分が言いました。
「親分。シゲ爺さんの田んぼは宝の山ですね」
「稲刈機がポンコツだから借り忘れが多いからな」
「今年もたくさん残っていますね~」
子分ネズミ達も、いっぱい残っているお米を前に興奮しています。
「それじゃあ、みんな。スズメ達に先を越されないうちに腹いっぱい食べよう」
親分ネズミの号令でチューチュー。
大合唱の宴会が始まりました。
その光景を、近くの畔から羨ましそうに見ている一匹の白いネズミがいました。
「美味しそうだなぁ……あんなに沢山あるんだ。隅っこでなら食べてもいいかな?」
白ネズミは田んぼの隅に落ちているお米を一粒拾って食べました。
「なんて美味しいお米だ。新米はやっぱり美味しいなぁ」
二粒目を食べようと辺りをキョロキョロと見渡した時です。
「白ネズミだ! 親分。白ネズミがいます!」
仲間をトンビやタカから守るために監視をしていたネズミに見つかってしまいました。
「なんで、お前がここに来ているんだ。直ぐに出ていけ!」
親分ネズミは、白ネズミのシッポをつかむとブルンブルンと振り回しました。
「やめてくれー。ごめんなさい!」
手足をバタつかせて叫ぶ白ネズミです。
「ドリャー」
大きな掛け声と共に、白ネズミを田んぼの外まで放り投げました。
「みんな聞くんだ。宴会はここまでだ。直ぐに隠れ家に避難するぞぉ~」
白ネズミのシッポで汚れた手をパンパンと払いながら親分ネズミが号令をかけました。
その時です――。田んぼに小さく映っていた黒い影がグーンと広く、大きくなりました。
次の
「親分? どこです~! 親分!」
監視ネズミが、突然目の前から消えた親分ネズミを捜しました。
「助けてくれ! 俺はここにいるよ。助けてくれ…………」
遠くで――いや、上の方から悲痛な叫び声が聞こえてきました。
ネズミ達は驚いて空を見上げました。真っ青な大空。
まぶしい太陽を背に猛々しく羽ばたくクマタカ。
その鋭い両足の爪で親分ネズミをシッカリと掴み連れ去っていく姿が目に飛び込んできました。
「…………」誰も声が出ません。
子分ネズミが茫然と見送る中。
クマタカに捕まった親分ネズミの姿は、遠く彼方に消えていきました。
「お前のせいで親分が……親分が!」
親分ネズミを失い、悲しみと怒りが湧きあがってきた数匹のネズミが、白ネズミに迫ってきました。
「僕が何をしたというんですか?」
白ネズミは、田んぼの
「お前のせいなんだよ!」
一匹ネズミが白ネズミの頭を押さえ込んで言いました。
「お前の白い色は、昼でも夜でも……目立ちすぎるんだよ!」
もう一匹のネズミが、白ネズミのシッポを踏み付けながら言いました。
「ここから出ていけ! そして二度と俺たちに近づくな」口々に言いました。
自然界では、体の色が白い動物は仲間たち嫌われてしまいます。
獲物を捕ろうと潜んでいても、直ぐに見つかってしまうからです。
逃げようと隠れていても直ぐに捕まってしまうからです。
一緒にいる仲間たちに迷惑ばかりかけてしまうのです。
「ごめんなさい。僕はただ……みんなと一緒に……」
「うるさい! お前が居るだけで、みんなが危険になるんだ。出ていけ!」
みんなを仲間だと思っていたのは白ネズミだけでした。
自分が、忌み嫌われていた事に気づきました。
白ネズミは、寂しくて、悲しくてその場から走り去っていきました。
行くあてもなく、トボトボと田んぼの
その頬に、
「雨が降ってきたぞ。今夜の寝るところも決まってないのに……」
恨めし気に空を見上げました。
どんよりとした薄黒い雨雲が広がっています。
「おや……あれは?」
白ネズミは、重苦しい雲の中を、白くて小さな雲が、風の流れに逆らって漂っているのを見つけました。
しばらく眺めていると、その白い雲は白ネズミの上空でピタリと止まりました。 そしてクルッと反転すると――急降下を始めたのです。
ドンドン近づいて来る白い雲を、不思議そうに見上げる白ネズミです。
「あれは鳥? 白い鳥……白いクマタカじゃないか」
大きな羽と、かぎばりのように曲がったクチバシ。
鋭く尖った爪も見えました。
「白いクマタカなんて珍しいなぁ。初めて見たよ。でも……何て目立つ体なんだ」
初めて見る白い鷹に驚く白ネズミです。
でも、そんなことより、遠くからでも目立ってしまう白い体の方が遥かに驚きでした。
「僕も、あんなに目立っていたんだ……」
白ネズミは
羽ばたきながら、白ネズミに爪を立てる事も無く地上に降りたった白いクマタカです。
「お前は、どうして逃げなかったのだ? 俺の姿は遠くからでも目立つから十分に隠れる時間はあっただろう?」
「僕はもう……食べられてもいいんだ。この体に疲れたから……」
白ネズミは、白いクマタカのクチバシの前に両手を広げて寝転がりました。
「そう開き直られても『そうですか。いただきます』とは言いにくいだろう。何があったんだ? 食べる前に聞いてやろうか?」
白いネズミに自分と似た境遇を感じた白いクマタカは、白ネズミの生い立ち聞いてやりたくなったのです。
どうせ死ぬのだからと、白ネズミは今までの辛かった人生を、ポツリポツリと話し始めました。
しばらく、黙ってうなづきながら聞いていた白いクマタカがポツリと言いました。
「成る程……そういうことか。お前の気持ちはよくわかるよ」
「分かってくれるの?」
「俺も同じ仕打ちを仲間からうけたからな……」
白いクマタカは目に涙をいっぱい溜めて
「そうだ。お前を食べる前に、何処か行きたい所があるのなら連れて行ってやろうか? 最期の頼みとして聞いてやるぞ」
獲物が捕れず空腹の白いクマタカはもう、白ネズミを食べる気持ちにはなりませんでした。
「本当かい?」
白ネズミの顔が急に明るくなりました。
「クマタカに二言は無い」
「一度行きたかった所があるんだ。空からなら行けるはずだから……連れて行ってよ」
「空からならいける場所? 何処だ?」
「……僕の憧れの場所。この国の王様の宮殿さ」
ここからいくつも山を越え、海が見える丘にそびえる王様の宮殿は国中の生き物の憧れの場所です。
「お前、あの王様の噂を知っているのだろう?」
白ネズミは王様の噂を聞いていました。
宮殿には、食いしん坊の王様が居て世界中の美味しい物を取り寄せているという噂です。
食いしん坊の白ネズミは、王様がどんなものを食べているのか遠くからでもいいから見たかったのです。
白ネズミの顔は、夢見るネズミの顔になっていました。
「宮殿には、鉄砲を持った兵隊がたくさん居るからなぁ。他の場所じゃダメか?」
「約束したじゃないか!」
「……やはりダメかぁ……とんでもない事を約束してしまった」
シブシブと背中に白ネズミを乗せると《バサッ》力強く翼を振り下ろしました。
クルクルと舞い上がる数枚の白い羽根を残して、白いクマタカは一気に大空高く飛び立ちました。
「僕……空を飛ぶなんて初めてだ! 世界が手に取りように見渡せるんだ」
白ネズミが大興奮ではしゃいでいます。
宮殿の上空に着きました。
王様の宮殿は、屋根も壁も庭の石も全てが輝くばかりに眩しい白亜の宮殿でした。
白ネズミを乗せた白いクマタカは、宮殿の一番高い塔の周りを、弧を描きながら飛んでいます。
「ネズミくん。これ以上近づくと見つかってしまうから……」
「ここからでは、何も見えないよ……もう少しだけ近づいてよ」
白い鷹は少し宮殿に近づきました。
「もう少しだけ! もう少しだけ! もう少しだけ~!」
白ネズミは、白い鷹の背中で飛び跳ねながらはしゃいでいます。
「しかし不思議だな……誰もこっちに気づかない」
白い鷹は、首を
そうです――。
不思議な事に白いクマタカがドンドン近づいても兵隊さんは誰も気がつきません。
白いクマタカは、静かにゆっくりと翼を折りたたむと、飾り
白いクマタカから飛び降りた白ネズミは、窓のガラスに顔を押し付けて中を
王様は食事の真っ最中です。
長くて白いテーブルの上には、
どれも、これも美味しそうです。
白ネズミの口からはヨダレが出ています。
「あのテーブルに行って、料理を盗ってくるね! クマタカさんはお肉でいいでしょ?」
「大丈夫か? 見つかったら殺されちゃうぞ」
「大丈夫さ。任せといて! 何となく……分かってきたから」
そう言うと、白ネズミは真っ白な床に飛び降りました。
そして、真っ白なテーブルクロスをよじ上り始めました。
「危ない……」
白いクマタカは息をのみながら見つめています。
白ネズミは、真っ白なお皿から白いお肉と、白いハム。
白身魚のムニエルと白いチーズなど、白いご馳走を山ほど抱えると意気揚々と白いクマタカの元に帰ってきました。
その一部始終を見ていた白いクマタカは羽を叩いて喜んでいます。
「そうか。白い宮殿に白いワシ等が混じっても、全然目立たないんだ!」
「そのとおりさ」
白ネズミは気づいていたようです。鼻高々です。
「そうだ、ここを俺たちの住み処にしないか?」
白いハムを美味しく食べながら、白いクマタカが言いました。
「僕も今そう思っていたところさ。ちょっと待っていて」
そう言い残すと、白ネズミは宮殿の壁を上へ上へと掛け昇って行きました。
しばらくすると白ネズミは宮殿の屋根裏に快適な隠れ家を見つけました。
当然、屋根裏も真っ白です。
その日からというもの、白いクマタカは白亜の宮殿を自由に飛び回って散策しています。
白ネズミは、王様の御馳走を
「こんなに楽しいのは初めてだ……ネズミくんのおかげだよ。ありがとう!」
白いクマタカが嬉しそうに言いました。
「僕も、こんなに楽しい日々を過ごすのは初めてさ。クマタカさんが連れてきてくれたおかげだよ。ありがとう!」
毎日、毎日、楽しい日が続きました。
いつの間にか、宮殿にも寒い冬がやってきました。
あたり一面、真っ白な雪景色です。
宮殿の塀から外を眺めていた白ネズミは、スズメからある噂を聞きました。
それは、白ネズミを追い出した仲間達が、親分を失ってからというもの、食べ物も獲れずに苦労しているという噂でした。
白ネズミは白いクマタカに相談をしました。
「僕はみんなにいじめられた……それでも大切な仲間なんだ……」
「ネズミくんは、みんなに追い出されたんだぞ」
「分かっているよ。でも……気づいたんだ。僕は目立つから。みんなを危険にするだけでなく、僕自身も危ないんだって! だから親分は僕に出てくるなと……隠れていろと……」
白ネズミの優しさに、そして、親分ネズミの思いやりに、白いクマタカは目の奥が熱くなりました。
「……ネズミくんの仲間たちを助けてやろう!」
「手伝ってくれるのかい?」
「当然だろう。ネズミくんの仲間は、ワシの仲間も同じだ。何をすればいい?」
その夜、白ネズミは宮殿の大きな冷蔵庫から、白い脂に包まれた大きなハムの塊を引っ張ってきました。
白いクマタカは、ハムの塊を両足の爪でしっかりとつかむと、背中に白ネズミを乗せ大空に羽ばたきました。
横なぐりの雪が行く手をさえぎって、なかなか前に進めません。
でも二匹の仲間を想う気持ちは、こんな事くらいでくじけません。
しばらく飛んでいると、雪にすっぽりと包まれた真っ白な田んぼが見えてきました。
雪に埋まった田んぼの中を、白ネズミの仲間たちは雪をかき分け、少しでもお米が落ちていないかと、必死で探しています。
「もう何処を探しても米粒一つありません!」
「頑張って探してくれ! 子供達が、腹を空かせて待っているんだ……もう少しだけ!」
痩せ細って、アバラの骨がくっきりと浮き出ているネズミが言いました。
《ドサッ!》
大きな音と共に、田んぼの真ん中に大きなハムの塊が落ちてきました。
「コレは……ハムじゃないか! コレだけあれば、なんとか冬を乗り越えられるかも!」
空からの突然の贈り物に、年老いたネズミは涙声になっています。
「でも……いったい誰がこのハムを? どうやってココまで運んだのだろう?」
「まったく気づきませんでした。まるで忍者や神様のように、目立たずに……」
ネズミ達が空を見上げても、そこには何もありません。
ただ、真っ白い雲から真っ白い雪がユラユラと舞い落ちて来るだけでした。
春がやってきました。
真っ白な
寒い冬を乗り越えたネズミたちは、レンゲの花びらを一枚抜いては蜜をチューチュー。
もう一枚抜いては蜜をチューチューと美味しそうに吸っています。
「レンゲの蜜は格別に美味しいな。みんな! 寝ぼけ蜜バツが来る前に、蜜をお腹いっぱい食べるんだぞ~」
「はい、親分。でも……こんな美味しい蜜が吸えるのも、あの時のハムのおかげですね」
「そうだな。あの時、空からハムが落っこちてこなかったら、冬を越せたかどうか……」
新しい親分ネズミは、あの時の奇跡を神様のおかげだと信じていました。
「しかし、あんな大きなハムを食べられるなんて宮殿の王様くらいですね」
「あはは~。あの白い宮殿に忍び込める者なんていないだろう?」
「そうですよね。ネズミの茶色い姿だったら、床をこっそり走っても直ぐに見つかっちゃいますもんね」
「あはは~。あそこで自由に飛び回れるのはモンシロ蝶くらいだな!」
レンゲの蜜を
《バサッ!》
鳥の羽音が田んぼの中に響き渡りました。
「クマタカだ~! クマタカの羽音がしたぞ!」
クマタカの恐ろしさは誰だって知っています。
新しい親分ネズミは目を凝らして周りを見渡しました。
「見張りのネズミは何をしていたんだ?」
「親分……クマタカの姿は見えませんでした! 今も見えません!」
「そんなバカな! あんな大きな翼の音がしたんだ。直ぐ近くに居るはずだ!」
その時です。
田んぼの中を照らすように、朝日が昇ってきました。
「あ! 直ぐそこ。親分の目の前に……白い、白いクマタカが……」
陽の光を浴びて、黄金色に輝く白いクマタカが、朝霧の中から現れました。
「お前が、ネズミたちの親分か?」
白いクマタカは、腰が抜けたみたいに動けなくなっている新しい親分ネズミに声をかけました。
「は……はい! 私が……隊長……」
「ネズミくんを助けてやってくれ……手のないワシでは看病してやることができないんだ!」
白いクマタカは、羽の下から白ネズミをクチバシで持ち上げると、ゆっくりとレンゲ草の上に寝かせました。
白ネズミはぐったりとして動きません。
白い体のあちこちが血で赤く染まっています。
「こいつは……白ネズミじゃないか!」
「どうして、こいつがクマタカと一緒に……?」
遠巻きに白ネズミを囲むだけで、誰も近づこうとしないネズミたち。
それを見下ろしながら白いクマタカは言いました。
「白ネズミは、宮殿で王様が飼っている白い猫に、何度も何度も襲われたんだ。『血だらけで目立つから……もう止めろ!』と言ったのに。『仲間のために……もう一回だけハムが欲しい!』だなんて……」
そう言うと、白いクマタカは羽を大きく広げ、
「親分……僕たちはこいつを追い出したのに……。白ネズミは僕たちの為に……」
「…………」
新しい親分ネズミは、目から
ネズミたちは気づきました。
本当の優しさとは――何なのか。
そして、自分たちが見た目だけで仲間を
朝霧の中、朝日を浴びて横たわる白ネズミが、レンゲ草のようにピンク色に輝いていました。
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