最終話 スカ女の象徴

 台座は出来あがったものの、宝冠弥勒の完成にはストップがかかってしまった。本体の製作も佳境に入り作業に没頭していた美留だったが、昼は学校で、夜は巧のウチの工場でも作業を続けていたせいだろう。右手が完成間近という時に、熱を出してダウンしてしまった。

 宝冠弥勒は右手が加工のポイントで、頬にふれて思索するポーズもその魅力の一つであるらしい。何としても加工がしたい、加工を途中で辞めてしまったら集中力もイメージも失われてしまうと美留はかなり抵抗したらしいが、40度を超える熱には結局かなわず、数日の安静を余儀なくされた。


 2日間ほど美留の介抱で学校に姿を見せなかった巧だが、今日は熱が下がったからと、3日目の朝には学校に姿を見せた。


「美留はもう大丈夫、だいぶ熱も下がったし今日は大人しく寝てるってさ。叔父さんの所に居た時は、このくらいの熱じゃ仕事してたから大丈夫だって言い張って大変だったんだ。アイツ、割と強情だから」

「美留って叔父さんの所にいたの? 本当の親は?」

「美留の事、話してなかったっけな。ま、今なら話してもいいかな」


 それから巧は美留の事を話し始めたが、それは聞いていて決して楽しい話ではなかった。

 なんでも美留の父親というのが腕の良いフライスの職人さんで、自分で会社を立ち上げ、美留が小さい時はバリバリと働く恰好いいお父さんだったらしい。今の美留の保護者である叔父さんというのはお父さんの弟で、その当時はお父さんの下で働いていた。そんなお父さんが急に亡くなったのが美留が小3の頃で、その後、会社は叔父さんが引き継ぐ事となったが、叔父さんはフライスの腕も会社の経営もお兄さんのようには上手くいかず、会社は潰してしまい勤め人となったものの、かなり生活に困窮している、それが巧の話してくれた美留の家庭の事情だ。

 美留がそもそもフライス盤と出会ったのは、何も遊ぶものを与えられなかった美留が、唯一自由にして良かったのが父親が使っていた古いフライス盤だったからだった。幼いながらも父親の真似をして始めたフライス盤だったが、その腕が父親譲りで金になると知った叔父さんに朝となく夜となく酷使されたのが、美留がこんなにも熟練した腕を持つ事になった理由でもある。

 しかも、その叔父さんというのが美留に手を上げる事もしばしばで、巧が出会った当時の美留はアザだらけだったらしい。そもそも美留の言葉が少ないのも、そんな美留の生い立ちに原因があるのかもしれない。


「ヒドイ話ね。美留ちゃん、可哀相・・・」

「巧と美留の知り合うきっかけって、何だったの?」

「それは、親父の仕事絡みで美留の噂を聞いたのが最初だったんだ。中学生くらいの小さな女の子が器用にフライス使って仕事しているって聞いて、アタシ以上のヤツなんているわけねーだろうって意気込んで美留の仕事見にいったら、あの腕だぜ? アタシすっかり自信失なっちゃってさ、ああ、これは敵わないって、すっかり落ち込んだんだ」

「技術五輪に出なかったのも?」

「うん、その時だな。美留の腕見て、あんなの、ただの茶番に見えてさ」


 そんなわけがあったのか。天才って言われた巧でさえ自信を失う美留の才能か。でも、そんな才能があっても、決して幸せじゃなかった美留。


 最初こそ見た目がもろヤンキーだった巧に驚いた美留だったが、同じ年で自分と同じようにフライス盤を使える事にスゴく驚き、すぐに巧と仲良くなったらしい。そのうち美留は巧が尋ねてきてくれるのを心待ちにするようになり、巧もそんな美留を愛おしく思ったのだろう、そこから2人の交流が始まった。


「でも、叔父さんがそれを面白くなかったんだ。仕事の邪魔くらいにしか思わなかったんだろう、アタシには結構冷たくてさ。でも、ある日、アタシ見ちゃったんだ、その叔父さんが美留にイタズラしようとしてるのを。アタシ、もう頭にきちゃってさ、気がついたら叔父さんをボコボコにしちまっていた。でも、ソレを映像と音声に残しておく事は忘れなかったんだな。そう、叔父さんを強請るネタを掴んだってワケさ。ちょうどそれは中学の頃、未理も学校で難しくなってきてて、アタシは何か証拠を残すためにと思って、そういう機材を常に手にしてたんだ」

「じゃあ、ソレを使って?」

「ああ、この学校に無理やり入学させたのはアタシだ。それに、その叔父さんがまた良からぬ事を考えるといけないので、アタシとの同居を許すようにしたのもアタシ。家族もいて、しかも美留と年の変わらない娘もいる叔父さんは、アタシの言う事には絶対逆らえないハズだぜ」

「お、お前って・・・怖いな」

「でも、アタシだって責任を感じてるんだ。美留のこれからの事、真剣に考えてる。アイツはアタシみたいな仕事より、芸術分野で活躍するほうが良いじゃないかって、ここのところずっと考えていた」

「それで、強引に3Dプリンターに触れさせたかったの?」

「そう」


 巧と美留の思いがけない話に、何となくしんみりとする俺たち。一見すると何も考えてないような巧だが、実はここのみんなの事を一番に考えているのが巧であるという事をみんな改めて実感したようで、巧ちゃんらしいわね、というセツ姉の一言が、すべてを物語っていた。


 そして、ついに宝冠弥勒像の完成が近づいていた。難関だった右手、そして最大のポイントである顔も完成した。そして、バラバラだった頭と両手足と胴体を、溶接によって接合する作業に入った。

 セツ姉は数日の間というもの、ほとんど溶接面を被りっぱなしで溶接にかかりきりになり、放課後ともなると疲れからか放心状態となり、誰に憚る事なく呆けていた。その顔は、いつものメイクバッチリの顔とは違い、汗でメイクも落ち素顔が丸出しになってはいたものの、俺の目にはいつもよりもずっと美しいように思えた。

 

 そんあある日、ユウコが学校を尋ねてきた。


「みんな、花園の時は応援ありがとう」

「きゃーー、小白川くーん! ど、どうしたの、今日は?」

「阿久根さん、久しぶり。あのバッチのお陰で、随分力をもらったよ」

「いやよー、阿久根さんだなんてっ。セツって呼んでーーーっ!」


 テンションのあがるセツ姉。ユウコは苦笑いしながら、製作途中の宝冠弥勒に目をやる。


「いや、優勝報告も応援のお礼も言ってなかったし、今日はオフで実家に戻っていたから、こっちまで足を伸ばしたんだけど。でも、驚いたよ。何だって忍の像なんて作ったんだい?」

「えっ! 何バカな事言ってるんだよ、ユウコ。これは広隆寺の宝冠弥勒だ、どこが忍だっていうんだよ?」

「みんなこそ、気が付いてないの? これ、どう見たって忍だと思うよ?」

「えっーーーっ?」


 みんな、驚いたように、改めて遠巻きにその像を見てみる。俺もそうして見てみたのだが、うーん、実感は無い。俺に似ているだって?


「そ、そう言われてみると、確かに忍ちゃんに見えなくも無いかも・・・」

「そう、拙も実は感じていた。これは、穴井殿の思いがこもっているな、と」

「ま、まさか・・・美留・・・そんな事、無いよね?」

「私も今はっきりとわかりました。確かにこれは下井さんを模した像であるこ事に間違いないようです」

「わたしはわかってたよぉ! ていうかぁ、今までみんな、気がつかなかったのぉ?」


 もし本当にこの仏像が俺に似ているのだとしたら、この数ヶ月、ずっと目の前で見てきたと言うのに、なんで気がつかなかったのだろう?


「・・・近すぎて、わからなかったんだ」


 何だって? 巧の一言にみんなが振り向く。


「いや、近くにあるものって、ホントの所はよく見えないんだな、って事さ」


 そして、溶接後の必死の仕上げ作業。溶接部の余計な部分をセツ姉と三日月が仕上げた後、全体を全員で必死に砥石で磨いた。ただただ黙々と手を動かすだけの日々が続く。もはやこれは精神修行なのだと手の痛みにも必死で耐える。シュコシュコと最初こそ和やかに会話しながら作業をするが、夜になり疲労が溜まった後は、みんな無言となり、ただ手を動かすのみ、その繰り返し。そして、最終的に2日間徹夜の作業をして、その宝冠弥勒は3学期が終わる時に合わせ完成した。みんなで必死に仕上げたその姿は金属特有の光沢で輝き、木造とは違ったありがたさを感じた。その神々しさに、疲れも眠気もジンジンする手の痛みも忘れるほどだった。

 設置場所であるエントランスに設置する日。その重さはとても俺たちだけで何とかなるものではなかったが、案の定、ユウコと例のチームメイトたちが手伝いに来てくれた。


「マジかよー、これ、重いって!」

「勘弁してよー、巧さーん!」

「うるせーっつの! 黙って運べよ!」


 文句をいいつつも、さすがは力自慢のアスリート。何とか弥勒様の本体を台座に据える事が出来た。


「うーん。こうやって見ると、やっぱりこれって忍だよね」


 ユウコは嬉しそうに微笑む。


「すごいな、巧さんたち! 本当にこんなにすごい仏像、自分たちで作ったんだね。でも顔は確かに小白川の言う通り、忍さんに見えるなあ」


 そう言う堀尾くんの背中を、ユウコは思いっきりバーンと叩いた。


「でも堀尾の弥勒様は、巧ちゃんなんだよね」

「え、いや、お、俺は」

「あ、そう言えばデブオ、テメー、全国大会の決勝でアタシの事、呼び捨てにしたろ!」

「いえ、その、す、すいませんっ!」


 そんな賑やかな中、宝冠弥勒像は隅の川女子工業高校のエントランスで燦然と輝いている。これからは、ここを訪れる者を一番最初に迎える事になる。それは俺たちのこの一年の集大成というに相応しいもので、スカ女の象徴となり、また、天才フライス少女穴井美留ゲイジュツの、記念すべき第一作目でもあった。


 ババアの策略で、仕方なく入学したこの学校だったが、今では少しババアに感謝してさえいる。鉄の板にただ穴を開ける作業でも、その穴一つ一つに意味がある。ただの鉄の塊を誰かの求めるモノへと自分の技術で変えてみせる。そんな、モノを作るという楽しさを俺なりに学べたのも、この学校に入学したおかげだと思う。

 本当に退屈だけはしなかった、この1年。この学校での生活はあと2年、どうなるかはわからないが、とりあえず言わせてもらおうと思う。

 

 ありがとう。

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隅の川(女子)工業高校 BOW @ano3104

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