第4話 CEO就任
未理の暴走事件からしばらくたって、ようやく雰囲気もほぐれてきたある日の事。
「おはよー!」
あれ? 元気よく教室の扉を開けた俺に、誰も返事を返す者がいない。中などあからさまに目を背ける。一体どうしたっていうんだ?
確かに、トーキオ大学での3Dスキャナーの一件以来、俺を見るみんなの視線に変化を生じていたのはわかっていた。けれど、それはむしろ、みんなの方が俺に対して後ろめたいという感情を持っているからだと、俺は勝手に思っていた。
しかし、今俺が感じる視線からは、不信感、という尖った痛みをキリキリと感じる。けれど俺には、みんなから非難される様な事をした憶えなど全くない。
「み、みんな、どうしたっていうの?」
「どうしたかは、下井さんの方がよくご存じなのではないですか?」
「私のほうが? 直、それってどういう事?」
直は俺の問いには答えず、一枚の書類を俺に手渡した。そこには、<〇年度経費一覧>と記されており、その中には購入した材料や工具類、電気代や交通費などと並び、スカ女メンバーの名前と各々の作業報酬も記されていた。
作田巧¥23,0000、阿久根世津¥23.0000、三条三日月¥23.0000、みんな同じ数字が続いていたが、最後の自分の作業報酬を見た俺は思わず、えっ、と声を上げてしまった。
下井忍¥1.320.000・・・、えーーーっ、ひゃ、百三十二万円!
「僕は自分の仕事に誇りも持っているし、何事にも一切の妥協を許すまいと自分を叱咤し、真剣に取り組んでいる。だからこそ、性格や見た目など仕事と無関係な事など人からどう思われようが関係無いと考えているんだ。しかし、作業報酬となると他人とは関係ないとは断じて言えない。仕事の内容を評価するのは、報酬しかないのではないか? 自分で納得のいく仕事をした結果が正しく評価されないのなら、僕のやる事は全てが自己満足になってしまう。僕はそんな事は許せない」
「え、そ、そんな事、私に言われても・・・」
「私はね、中ちゃんとはちょっと違うかもしれない。私はここにお金を求めてきたんじゃない、ただ好きな事をやりに来たのよね。色々と楽しくやらせてもらって感謝してる、それは本当。私は、みんなが私と同じようにここで居場所を見つけて欲しいのよ。誰もが同じように汗を流し、同じように疲れ、同じように作業の終わりにホッと人心地着く、そんな場所であって欲しい、そう思っているの。なのに、何で忍ちゃんだけが特別なのかしら? 何で一人だけ、こんなに高い報酬をもらっているの? そんな思いがあったんじゃ、ここが心地いい場所にならないじゃない?」
「え、で、でも私、こんなにたくさんのお金なんて、もらってない・・・」
「そう言えば兄は借金がある、そう申していたな? なにやらご母堂が学校に借金が少なからずある、そう聞いているが」
「え? な、何を突然・・・」
「では私達は下井さんの個人的な借金を返済するために、少ない報酬で過剰な労働を強いられ搾取され続けてきたという事なのですね? 本来私達が受けとるはずだった報酬のほとんどが、下井さんの遊興費や贅沢な飲食費として消えていってしまったという事なのですね?」
「な、何を言うのよ、直! そ、そんな事、あるわけないじゃない!」
「しーくーん、ダメだよぉ、みんなのお金をそんな風に使っちゃぁ! 言っちゃ悪いけどぉ、しーくんが一番稼いでないんじゃなぁい? 機械だってろくに使えないしぃ、巧と美留のお手伝いしてるだけに見えるけどなぁー、わたし。それで100万ももらうなんてぇ、それはちょっとねぇー?」
「もう、未理、何を言うのよっ! ソレ、あなたにだけは、言われたくないわよっ!」
俺は誓ってこんなに報酬をもらっていない。俺の報酬はせいぜい18万円くらい、むしろみんなより安いくらいだ。なのに、なんでこんなに責められなくてはいけないんだ? そもそも、この怪文書はどこの誰が作ったんだ?
俺がみんなに囲まれ、いたたまれなくなるほど好き勝手言われている時、ようやく巧が登校してきた。
「おはよう! あれ? みんな、どうした?」
「聞いてよ、巧ちゃん! 忍ちゃんの作業報酬の件なんだけど・・・」
巧はみんなの話をしばらく黙って聞いていたが、直の手にした書類に目をやるとすぐに納得したのか、悪ぃ悪ぃ、笑って話しだした。
「それ、教室に忘れていっちゃったんだな。どうりで見当たらないと思った。それ、学校に提出する決算書のための資料なんだよ。今年度の売上げや経費なんかを報告しなければならなくて。で、みんなが怒っているのは忍の作業報酬の事なんだろう? いや、これにはワケがあってさぁ」
巧が言うには、こういう事だ。
今までは、隅の川女子工業高校として仕事を受注し売上を計上していたが、顧客のほうから、営利団体である株式会社のほうが取引しやすいので何とかして欲しいと、何度となく要望されていたらしい。それに、俺たちに支払われる作業報酬も、形式的には奨学金として処理していたため、株式会社設立は必然的な結果らしい。ちなみに、生徒主体での株式会社の設立も教育の一貫ということだ。
そう、俺の報酬は、株式会社設立のための資本金として使うため、巧がプールしていたらしいのだ。
え、という事は・・・?
「そうだ。忍を代表取締役として、来年度から資本金100万円で株式会社を設立し、仕事を受注しようと考えているんだ。よろしく頼むぜ、社長!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、何で私が社長なの? 巧がやればいいじゃない!」
「だって、オマエ、ミススカ女じゃん! 誰よりも評価された。だろ? だからオマエが社長なんだよ。どうだ、みんな、何か異論のあるヤツはいるか?」
「いいんじゃない。忍ちゃん、如才ないし人受けもするし」
「そうだな、忍はキャサリンみたいにすぐカッとする事もないし、考えてみれば適任かもしれない」
「・・・忍・・・社長・・・カッコいい」
い、いや、美留、赤くなっても困るって、俺、やりたくないよ社長なんて。
「私、イヤよ、社長なんて!」
「そう言うなって、ねぇ、社長さぁーーん!」
わざとらしく俺の方にしな垂れかかる巧。俺は少し頭にきて、その手を払いのけた。
「その言い方、何よっ! なんか、バカにされてるみたい!」
巧はムツとした顔になると、俺を睨みつけた。
「ちっ、社長が嫌ならCEOにしてやるよ。シーイーオー! 最高経営責任者、それでどうだ!」
「わー、カッコイイじゃん、しーくん! しーいーおーしーくん、いいねぇ!」
「うむ。兄もそれなら満足であろう」
「・・・しー・・・いー・・・おー・・・」
いや、そういう事ではなくてぇー!
「それじゃ、忍はアタシが勝手に決めたって事にが気入らないみたいだから、みんなの挙手による採決で決めよう。それだったら文句ないだろ? 忍のCEO就任に賛成なヤツ、手を挙げて!」
ぜ、全員、手を挙げやがった・・・。
「これで決定だ。オマエは来年度からCEOとしてアタシたちの会社の代表となる。しっかり頼むぜ社長! じゃなかった、CEO!」
俺は結局、否応無くCEOなどにされてしまった。確かに、会社にしたほうが顧客の安心度は違うかもしれない。高校生に仕事を依頼するという事自体が、そもそもおかしいのだ。事業の継続性にも疑問があるし・・・。ん? 継続性?
もしかして巧のヤツ、このまま俺たちを高校卒業後も働かせるつもりなんじゃないか? そのための会社設立なんじゃ? 冗談じゃないぞ! 俺は大学に行きたい、失われた学園生活を得るために、絶対に俺は大学には行かなければならないんだ!
俺は巧に問いただした。
「別にそんな事、考えてねーよ。大学行きたいヤツは行けばいいし、他にやりたい事があればやればいい。入学式の時言っただろ、働いて金を稼ぐって事がココでは学ぶ事だって? 自分の好きな事でどうやって金を稼ぐか、それを知るためにココがあるんだ。なにせ、アタシたちの好きな事ってのが、世間の女子高生とはちょっと違うってのが問題でさ、なかなか自分でしたいようには出来ない。でも、ここじゃ好きなようにしたい事が出来る。色々な分野にエキスパートがいるんだ、それを利用しない手はない。自分が普段なら手を出さない様な事にチャレンジしながら、自分の生きる道を探ればいいんだ。もちろんオマエの言う通り、顧客に継続性を訴える、という目的もあるさ。アタシはずっとこんな、モノを作る仕事をしたいって思っているからな。だからずっと、今の顧客のサポートはしていくつもりだ。でも、他の連中はココを卒業したら好きにすればいいさ、それは本当」
「だったら、なんで私なの? 巧がCEOやればいいじゃない?」
「だってオマエ、モノ作る事に関しては、あまり自信なさそうだし。でも、ウチの癖のある連中にそれなりに気に入られてるじゃん? その誰とでも如才なくやっていける人間力も、何をされても言われてもめげない精神力も、どんな環境でもそれなりに馴染んでしまう適応力も、アタシは結構買ってるんだぜ? オマエなら営業やら財務やら色々と統括してうまくやってくれる、そう信じているからこそやってもらいたいんだ、CEO」
「た、巧・・・」
俺は少し感動した。巧は俺の事を考えてくれ、それでCEOになれと言ってくれたんだ。思えば、巧はいつだってみんなの事、考えているんだよな。それに比べて俺は、いつだって自分の事ばかり考えていた。もしかしたら、CEOとしてみんなの会社の代表となる事は、俺の変われるチャンスなのかもしれない。そのチャンスを、巧は俺にくれたんだ。
「わかったわ、私、やってみる。どれだけ出来るかはわからないけれど、私なりに精いっぱいやってみるわ!」
「おう、頼んだぜ、忍」
胸に沸いてくるヤル気を抑えきれない俺は、その日ずっとテンションが下がらないまま、汗水たらし機械を動かし、一生懸命働いた。一人になった時、周りに誰もいないのを確認し、そっとノートに <CEO 下井忍> と書いてみた。我ながら恥ずかしくなり、すぐに破ってすてたけれど。
とにかく俺は、沸き立つような気持ちを抑えきれずにいた。
「まだ頑張る気か?」
「うん、これが終わるまでやっていくわ。先にあがってもいいわよ」
「そうか、じゃ先に着替えてる」
俺が巧より長く仕事をした事なんて、入学以来初めての事だった。気持ちのいい汗をかき、満足した気持ちで仕事を終え着替えに教室に戻ろうとした時、カフェミリーズからみんなの賑やかな声が聞こえた。仕事の終わりにコーヒーでも飲んでいるのかもしれない。そんな声の中に、ひときわ大きな巧の笑い声が聞こえた。
「笑っちゃうぜ! アイツ、こっそりこんなもの書いてやんのっ! <CEO 下井忍> だって! すっかりその気じゃん!」
「でも、なんだって忍ちゃんだったの? 私たちもついつい乗せられて、あんな風に言っちゃったけど?」
「だってイヤだろう? そんな責任ある立場? 万が一、会社がダメになってみろよ、十代で借金なんてシャレになんねーよ」
「なんと、兄は忍殿に責任を擦り付けるつもりか?」
「そういうワケじゃないけど、結婚前の乙女が、そんなリスク負う事なないだろう? ま、忍ならどうせ借金まみれだし」
「そうだな、本人はやる気マンマンみたいだし、いいかもな」
「未理、オマエはどうだ? 万が一、忍が破綻したら面倒見てやればいいじゃん?」
「わたしイヤだよぉ、しーくんの借金肩代わりするのなんてぇ! パパに怒られちゃうもん! 事業に失敗する男は女でも失敗する、って、パパ、いつも言ってるもん!」
・・・。これって、俺の・・・チャンスなのかな?
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