第3話 未理暴走

 スキャナー室を飛び出した俺は、巧たちの姿を探した。以前のような突発的な事故ではなく、意図的に行われた俺の羞恥心を無視したハレンチな行為。何か文句の一つでも言わない限り、怒りは治まりそうにない。

 松屋の姿を見つけたので巧たちの居場所を尋ねると、どうやら3Dプリンター室にいるらしい。奴らの意図は見えた。


「でも、中から鍵閉めてるから入れないと思うよ。マル秘の製品らしいけど、君達、一体何を作っているんだい?」


 松屋の疑問には答えず、俺は3Dプリンター室にダッシュで向かった。言われた通り鍵は閉まっていたが、お構い無しに扉を蹴り、叫んだ。


「ここ開けなさいよっ! 大体の魂胆はわかったわよっ、このエロ女! 変態! 鬼畜! 開けなさいってばっ!」

「うるせーな、開けるよ」


 巧が面倒くさそうに扉を開けると、みんなはばつが悪そうに顔を伏せた。ところが美留は、俺が入ってきたのにも気がつかないのか、その機械に張り付いている。


「ほら見ろよ、形が見えてきた」


 その機械のガラス越しに見える内部で、今まさに、ミニチュアの人体の形状が浮かび上がってきていた。それほど大きな機械では無いので、作られているミニチュアは50㎝くらいだろうか、しかし細部まで表現されたその造形は、明らかに<俺>だった。


「リアルドリーム社で今度、女性向けのドールの製作が計画されていて、その金型の製作を依頼されたんだ。まだ企画段階で決まった話ではないけれど、取り敢えずサンプルを製作したいと考えた。その雛型にオマエのデータが欲しかったんだよ」

「ふざけないでよ! 女性向けドールって何? どうせ、性的なヤツでしょ、だから私に黙っていたんでしょ!?」

「だって、オマエ、はっきり言ったら見せてくれたかよ?」

「見せるわけ、ないでじゃない!」

「だよな。でも、今回の件で、アタシすぐにピンときたんだ。お前の中性的な所って、イヤらしさが押し付けがましくなくてイイんじゃないかって。このモデルは、オマエしかいないって」

「何がオマエしかいないよっ! イヤらしいのはあんたよっ、巧! あんた、いつも勝手過ぎるのよ、それに、今回はやり方が最低っ! こんなのレイプするのと同じだからねっ!」

「そんなに怒らなくたっていいだろ・・・」

「だから言ったんだ、キャサリン。いくらなんでも強引過ぎるって」

「そうね、ちょっと、やり過ぎかもね」


「なんだよ、セツ姉まで。もう、やっちゃった事は仕方ないだろ! 大体忍もチンコ見られたくらいで、大袈裟だってぇーの! ちぇっ、わかったよ、謝るよ、謝りゃいいんだろ! どーもすいませんでしたっ!」

「何なのよ、それっ! 開き直るつもり!?」


 その時、美留が小さく声をあげ、みな機械の方に目がいく。今まさにスキャナーは俺のミニチュアの上部を完成しつつあり、その下半身にははっきりと突起物が見てとれた。うわあーー・・・リ、リアル・・・。


「み、見ないでよーー!!」


 俺の叫びも空しく、みんなかぶり付きで機械に群がる。てめえら、どんだけ飢えてるんだっ!?


「た、大変だーっ! は、林さんがーっ!」


 その時、突然、松屋が大慌てで、駆け込んできた。


「み、未理がどうした!?」

「と、突然、北村さんに、襲いかかって、今も暴れてるんです!」

「えっ? 忍、オマエ未理に何か言ったか!」

「わ、私はただ、これはレイプみたいなものだと、未理も同罪だと・・・」

「バッカヤローーーッ!!」


 バッチーン! という音と激しい痛みを頬に感じ、巧に殴られたとわかった。


「な、何よー! 殴らなくたってイイじゃない!」

「テメー! 未理に言っていい事と悪い事もわかんないのかっ! ちっきしょー、こんな事してる場合じゃないっ!」


 巧がすぐに部屋から飛び出した。俺たちもすぐに後を追う。俺が悪いのか? 確かに、レイプって言い方は悪かったかもしれない。でも、原因はどっちにあるんだよ!


「ひゃー、す、すいません!」

「こん、ボケがあ! 汚ならしいなりして、馴れ馴れしいんじゃあ、ワレ」

「未理---っ! 止めろーーーっ!」

「なんじゃあ、巧かあ! 止めたら、承知せんけえ!」

「ホームレス、何があった?」

「ヒャッ、や、やめて・・。ぼ、僕は、林さんが迷ってるみたいだったから、声を掛けただけ、イタッ、なんです」

「何、嘘ぬかしとるんじゃ!? ワレ、わしの肩、掴んだじゃろ!? イラしい事しようとしたんわ、お見通しじゃあ!!」


 メイタだ! メイタに入れ替わっているんだっ! メイタは馬乗りになると、無抵抗のホームレスをタコ殴りにする。ヤバイ、止めないと!

 みんなで、メイタの体をホームレスから引っぺがしに入る。暴れるメイタ。


「何すんじゃあ! 邪魔する気ぃかー、巧ーーっ!」

「三日月! 手荒な事はすんなっ! い、痛っ! ダメだよ、メイタ、暴れないでよ、コイツは悪いヤツじゃないんだってば!」

「えーん、止めてよー、痛い、痛いよー、離してってばー!!」

「あれっ? ナ、ナノ?」

「ち、ちょっと、あれ? 巧? ちょっと、あなた、何してるのよ? 一体どうしたっていうの? は、離せ、言うとるんじゃあ! えーーん、えーーん、止めてってばーー! ちょ、ちょっと? あれ? 巧? だから言ったじゃない! あんたがた、みんなロクなモンじゃあないって!? われ、えーかげんにせんかーい!!」

「???」


 うわーーーっ! み、未理が、壊れてるーーーっ!


「みんな、いいっ! もういいから、未理から、未理から離れてくれーーーっ!」


 みんな、一斉にサッと未理から離れる。ジタバタ暴れる未理を、巧は涙を流しながら、ガッチリと抱きしめた。


「ゴ、ゴメン、未理! アタシが悪かった! だから大人しくして、お願い、お願いっ!」


 そんな巧の言葉が利いたのか、未理は巧の腕の中でグッタリとなった。まったく脱力したような未理が心配だったが、寝息をたてているようだ。寝てしまったのだろうか?

 巧は未理の背中を赤ん坊をあやすように撫で、目を覚ます気配がなくなった未理を背負うと、コーモン先生に頭を下げた。


「コーモン先生、ホームレス、ゴメン、迷惑かけちゃって。このお詫びは改めてしますので、今日はこのまま帰らせてください。悪いのは全部アタシです、本当にすいませんでした」

「いいです、気にしないで下さい。北村くんもいいね? しかし、君達は本当に愉快で興味深い子たちですね。また、遠慮せずに遊びに来てください」


 俺たちが研究所を出た頃は、もう日暮れ間近で、空気も冷たくなってきていた。俺は巧に背負われている未理に、コートをかけてやった。そうやって背負われている未理は、いつもに増して幼く見えた。


「重くない、巧? 変わろうか?」

「大丈夫。オマエなんかより、アタシの方がよっぽど力がある」

「あの、ゴメンなさい。私、未理に対して、もうちょっと気つかうべきだったわ」

「いや、アタシが悪かったんだ。未理の事、全然考えてなかったのはアタシだ」

「でも、未理って、巧にとってナンなの? 巧、未理に対しては、ちょっと特別よね?」

「うん。未理はさ、アタシの最初で最大の理解者だったんだ」

「理解者?」


 俺がそう問いかけた時、未理が目を覚ましたようで、その大きな目を開いて巧のほうを見ていた。


「あれぇ? 巧なの? わたし、巧に背負われてるぅ、なんでぇ?」

「オマエ、寝ちゃったんだよ」

「そっかぁ・・。ねえ、巧?」

「うん?」

「今度の仕事さぁ、断ったほうがいいよぉ。誰かが傷つくのは、わたしイヤだよぉ?」

「わかった、この仕事はしない。安心しろ」

「ありがとう、巧。それでね?」

「なんだ?」

「このままぁ、背中で寝ちゃって、いぃい? なんか、とっても眠くてさぁ」

「ああ、いいよ、しょうがねーな」

「やったぁ! なんかさぁ、巧の背中、気持ちいいよぉ。バイクに乗ってるんだったらぁ、もっとイイのになぁ・・・」


 そう言うと未理は再び目を閉じると、また眠りについてしまった。電車の席でも巧の肩を枕に寝続ける未理は、さっきの出来事がまるで嘘の様に幸せそうな寝顔をしている。

 そんな電車の中で、巧はポツリポツリと話してくれた。


「おそらく、ああいった混乱は、心に凄く負担になるんじゃないかな。前にも似たような事があった時は、2日間寝っぱなしだったし」

「さっきの話の続きだけど・・・」

「ああ、未理の事? そう、未理がアタシの最初で最大の理解者って話だったな。あのさ、小さい頃からアタシ、学校ってあまり合わなくて、年中サボるかケンカしてるかだったんだ。そんなアタシなんかと未理はいつだって一緒にいてくれた。巧はそれでいいんだよって、言ってくれて。

 小2の時、男子数人とケンカして相手ケガさせちゃって、先に手を出したのは相手だって庇ってくれたのが未理だったんだ。小5の時、中学の不良グループにボコボコにされているアタシに覆いかぶさって庇ってくれたのも、未理だった。アタシがどんなにグレようが変わらず暖かく接してくれたのも、未理だけだった。信じられないかもしれないけどその頃の未理は、頭が良くて、他人思いで、誰に対しても優しくて、そしてスゴク可愛い、本当に完璧な女の子だったんだよ。

 今の未理は、未理の中の甘ちゃんの部分だけの未理なんだ。言ってる事、わかる? おそらく、明汰めいた奈乃なの千知せんち来露きろもみんな未理の一部で、いつか全部合わさって、また元の未理に戻るとアタシは信じてるんだ。それまでは絶対、未理をこの手から離さないつもりだ」


 俺は、巧の目に光る涙に気がついた。それを見た途端、俺も胸にも熱いものがこみ上げてきた。おそらくみんなもそうなのだろう。セツ姉も三日月も、中でさえ黙って車窓へと視線を移すと、なるべく気づかれないように目元をぬぐっていた。

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