第2話 7人の策略

 結局、俺は何の情報も与えられないまま、コーモン先生の研究所行きの日を迎えた。スカ女全員参加、巧など朝からやたらテンションが高く、まるで遠足のようである。


「なんで全員なのよ?」

「だから言ったろ? 最新の設備の勉強会みたいなものだからな」


 総勢8人での電車旅、一時間以上かけて千葉まで来た時には、何となく俺まで遠足気分になり、連中が口裏を合わせ何を企んでいるのかという不安も、一時忘れるほどだった。

 研究所で応対に出た金星人は、俺たち全員が揃った姿を見ると、ただでさえ挙動不審なのに輪をかけて、もはや変質者と言うべき落ち着きのない素振りを見せていた。


「金星人、何緊張してんだよ?」

「あ、いえ、三条さんも来るとは思わなかったので・・・」

「はあ!? オマエ、三日月に気があるのか? 悪いが、可能性は0以下だよ。オマエの脳みそじゃ偏差値がもう50は足らないし、それに三日月は面食いだからな。生まれてくる星を間違えたな、オマエ、ケケッ」


 相手が誰であろうが、巧は言いたい放題。実際、トーキオ大学じゃあ、そう言われても仕方ないだろうが。可哀そうに、金星人はすっかりショボンとしてうな垂れている。三日月はしらんぷり。


 コーモン先生は相変わらず飄々として、俺たちを迎えてくれた。


「皆さん、遠い所よく来てくれました。今日は存分にうちの設備を活用して下さい。作田さん、もう操作は大丈夫のようですね。北村くんが感心してましたよ、とても覚えが早いと」

「当たり前だよ。アタシはオタクのボーっとした連中とは出来が違うからな」

「ハハハ、君には敵わないですね。でも、一応これから北村くんが準備をしますので、少し待っていて下さい。彼は3Dスキャナーの担当ですから」


 巧、いつの間に教わったんだ? まあ、さすがと言うべきか。

 俺たちは、準備のためラボに入った金星人を待つ間、手土産に持参した菓子と飲み物をコーモン先生たちと平らげた。コーモン先生は酒は一切飲まず、もっぱら甘いものが好きらしい。


「文化祭のパンケーキ、あれは美味しかったですね。素人の出すものとは思えませんでした」

「わぁー、うれしいぃ! 先生、食べてくれたんですねぇー!」

「やっぱり先生、文化祭来てくれていたんですね。じゃあ、みんなのブース、見てくれましたか? 誰のブースが一番目に留まりましたか?」

「皆さんの高校生とは思えない技術力の高さには驚きました。その中でも円谷さんの発想力、構成力にはとても感心しました。遊具的な要素を上手く利用し、その着想を的確に表現し伝達していたと思います」

「ありがとうございます。私のあのアトラクションに込めた本質に着眼されたのは教授だけでしょう。とても嬉しいと同時に、理解していただけたことに驚きさえ覚えます。教授の研究に向かう真摯な姿勢、豊かな発想こそが、その正しい理解力を生んでいるのでしょう」


 似たもの同士の褒めあいって、気持ち悪いよな。しかし改めて並んで話していると、顔こそ似てないけど雰囲気は瓜二つだ。もしかしてこの二人、親子じゃないの?


「円谷さん、もし良ければ大学は東木尾大学に進学し私の研究を手伝ってくれると嬉しいのですが」

「ありがとうございます、とても光栄です。もし私でお力になるのでしたら・・」

「おい、待てって、直! オマエの学力なら国立大や一流私大だって十分狙えるじゃなねーか、何もトーキオ大みたいなクソ底辺大学・・・」


 ちょうど、そんな時、金星人が3Dスキャナーの準備を終えたらしく、戻ってきた。


「じゃあ、みんな行こう。コーモン先生、3Dスキャナー借りるよ。それから、作業中は絶対立ち入り禁止な。松屋、ホームレス、わかったな!」


 俺たちは、緊張感を抱きながらスキャナー室へと向かった。みんなの俺を見る目に、何か悲しげな色が見える。まるで手術室へ向かうような重い雰囲気に、強い違和感。

 これって、このみんなの雰囲気って、完全に俺に対して気をつかっているように思えるけど? 心なしか、足取りが重くなってくる。頭もボーっとしてきた気がするし、一体俺、どうなっているんだ?


 そのスキャナー室は、薄暗い照明の部屋で、中にはベッドのような物が用意されていた。


「これが3Dスキャナーだ」


 巧が手にしているのは、ちょっと大きなデジタルカメラのようなもので、それをベッドに置かれたソフビの人形を撮影するように動かして見せる。テストをするつもりのようだ。


「ここの3Dスキャナーは、座標測定機能もあり、車メーカーでも導入している高価なタイプなんだ。安価な精度の低いものとは精度が違う。もちろん速度も」


 そして、その結果がベッド脇のモニターにすぐに現れる。それは、現物と寸分違わぬような造形。


「うーん、スゴイわ。面白い!」

「だろ? これなら、良い3Dデータが取れる」


 そう説明する巧は、まるで手術前の医者のように引き締まった表情をしており、補佐のように横に着く直も、また同様だった。


「それを使って、一体何をする気?」

「新しい仕事、それはリアルドリーム社のものだ」

「リ、リアル・・・じゃあ、それって!」

「おそらくオマエの想像しているものとは違う。しかし、それに近い、いやそれ以上のものだと言える」

「な、何? い、一体!?」

「一つだけ忍に伝えておきたい。これは、スカ女の技術向上のために必要な、いわば大切な研究だ。決して興味本位で行われるものでは無い。今回のこの取り組みは、オマエを除く全員の賛成が得られた結果、行われる事になった。事前にオマエの承認を得なかった事には、みんなすまない、という気持ちはある。しかし、最新のテクノロジーだ、興味が沸くだろう? 新しい仕事に取り組んでみたいだろう?」

「お、面白いって・・・そ、それは・・・そう・・・だけど・・・」


 俺はさっきから、頭が朦朧としている。だんだん、巧の声が遠くなってくるような気がする。そうか、これは眠気だ。なにか抗えない睡魔が襲って来るんだ。


「大丈夫。今ここにいるアタシたちは、みな1人の研究者であって、性的な興味より今はこの実験に夢中なんだ。何も恥ずかしい事なんてない。だって、そうだろう? 例のメイタが現れた時だって、全裸のオマエを面倒みてやったのは誰だ? 文化祭の打ち上げで、泥酔したオマエを介抱したのは? ゲロぶちまけた時、誰が始末したんだ? これくらいの協力しても、罰は当らない、そうだろう?」

「・・・巧・・・あなた・・・何を・・・・・」


 だ、ダメだ。眠い・・・。そうだ、もしかしたら、あのお茶、さっき飲んだお茶の中に、何か・・・。


「・・・お茶に・・・ん、何を・・・・・」

「大丈夫! ちょっと寝てろ、すぐに終わる」

「・・・し、仕組んだ・・・な・・・・」


 気がついた時、そこはさっきと同じ部屋だったが照明は明るく、傍には未理しかいなかった。

 俺はハッとして衣服を見たが、着た時と同じ服装、結局何をされたのか一切わからなかったが、未理の暗い沈んだ顔を見てヒヤリとするものを感じた。


「わたしはさぁ、本当は反対だったんだよぉ? でもぉ、結局、巧たちに押し切られちゃったぁ。美留も最後まで反対してたけどぉ、巧がいつになく強引でぇさぁ。でもぉ、よく考えたらぁ、未理はしーくんとはもう、やっちゃってるわけだしぃ、みんなもしーくんが酔ってゲロした時、着替えさすのに裸にして、見ちゃってるんだよねぇ。だから、まあ、いいかなぁって」

「いいかなぁ、じゃないわよ! やっぱり3Dスキャナーで私の体、スキャニングしたのねっ! 裸にしてっ!」

「うん、そうなんだぁ。でも怒らないでよぉ、未理だってぇ、やりたいわけじゃなかったのよぉ?」

「でも見たんでしょ! 未理もっ!」

「・・・うん」

「ど、どこまで、やったの!? スキャニング!」

「・・・全部」

「ぜ、全部って・・・?」

「全部は、全部だよぉ! 裏にしたり、表にしたり、大変だったんだからぁ!」


 た、大変なのはこっちだよ。最悪だ、チクショー、あいつら! これは、明らかな性的暴力だ、許せん!


「ヒドイ! 許さないから! これはレイプだからねっ! 人を無理やり裸にするなんてっ、未理っ! あんたも同罪よっ!」


 俺は連中を探すため、部屋を飛び出した。

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