第3話 プレゼント
そして、お待ちかねのプレゼント交換が始まった。普段、プレゼントと縁の無い俺たちは興奮と緊張で顔を赤めながら黙り込み、パーティ会場の工場はクリスマス会とは到底思えないような、何か異様な雰囲気が満ちていた。じゃんけんで順番を決め一人ずつ札を引き、最初に札を引いたのは中、札の番号は3番、3番のプレゼントは未理からの財布だ。
「クロエ・・・、なんだ、これは?」
「中ちゃん、それ、5万くらいするわよ、スゴーイ!」
「ひゃーーっ、ぼ、僕にはもったいないよ! ぼ、僕、普段、お金は玉しか持ってないんだぞ?」
次は三日月の番、プレゼントは直の香水。ランバンの香水? 直が?
「直、あなたにしては、なんと言うか、普通のセレクトね」
「はい。私はプレゼントに対しての概念が皆無でしたので、ネットで調べ、その中から最も常識的なものを選択したつもりです」
「でも、香りって好みあるからねえ」
「えっ、そ、そうなんですか? わ、私はミスを犯してしまったのでしょうか?」」
「いや、拙は気に入った。ありがとう、直」
中、セツ姉、三日月、美留は、やはり自作の作品がプレゼントで、もらったみんなも大層喜んでいた。
美留の作ったのは根付? 要は携帯ストラップみたいなもので、すごく精巧に彫られた、やっぱりというべきか未留らしいというか、仏像だった。それは俺の元へと来た。美留はすごく喜んでくれている。しかも、俺のプレゼント、ヒカリエの店員さんに勧められたバスソルトが美留の手に、これにも感激する美留。自分で考えるのが嫌になって、適当に選んでもらったプレゼントだったが、喜んでくれたのなら、まぁ良かった。バスソルトなんて、美留が使うとは思えなんおだが。
しかし、突き刺さるような中の視線が痛い・・・。すまん、中。
「こ、これ、フライスで作ったの?」
「ん」
「ス、スゴイわ。素晴らしい出来じゃない! ありがとう、大切にするわ」
「・・・忍に・・・美留の・・・嬉しい」
「木本さん、申し訳ありません。私がこんなに素敵なペンダントヘッド頂いてしまって。本当ならば、穴井さんに差し上げたかったのですね? そうなのですね?」
「い、いや、いいんだ。直が、喜んでくれるなら、ぼ、僕も嬉しいよ。ば、僕の魂の3日間・・・。いや、嬉しいよ・・・ほ、ホントに・・・」
「わぁ、素敵なナイフだねぇ! 嬉しいなぁ! 未理、いつもバックに入れて持ち歩こうぉっと!」
「ね、ねえ、み、未理に刃物はヤバイじゃないの?」
「い、いや、拙も、まさか林殿の手に渡るとは・・・」
「人格が変わった時、もしも、あのメイタに変わった時に、あのナイフを手にしていたら・・・」
「うっ、あまり、考えたくないわね・・・」
そして、なぜか涙を拭くセツ姉の姿。
「う、嬉しい・・・私のプレゼント・・・良かった、本当に」
どうやら、意中の人に自分のプレゼントが渡ったようだ。勿論、泣くほど嬉しい相手はユウコだった。
「スゴイ、格好良いねこれ。阿久根さんが作ったのかい? 嬉しいな! 明日、花園に行く時、付けていこうかな」
「ありがとう、小白川くん・・・」
セツ姉の作ったのは、ずばりラグビーボール型のピンバッジ。ラグビーボールに花が絡んだようなデザインで、彫金の技術もあったんだセツ姉・・・。しかし、ピンポイントでプレゼント用意するとは、何と身勝手な・・・。
和服姿でしなを作ってユウコに寄り添うセツ姉。その厚い胸板に手を沿え、上目使いにユウコを見つめる、熱くも涙の浮かんだ瞳。さすがのユウコにも動揺が見て取れる。誰かがゴクリとつばを飲む・・・。
「い、いやあ、こ、これは良くできてるなあ。で、でも、このプレゼントはユウコの手に渡ってよかったなあ」
「本当ですね。この意匠も素晴らしいです。まるで小白川くんに絡みつく阿久根さんを表しているようです」
「バ、バカッ、直、しっ!」
ギクッとするユウコ。そ、そうだよ。これって、セツ姉の呪いじゃねえ?
「ねえ? このピンバッチ、付けて見ていいかしら?」
「あ、は、はい・・・」
プツリとユウコのシャツにピンバッチが刺さる・・・。ユウコ、これでお前、セツ姉に捕らえられたよ・・・。
残りのプレゼント、ユウコのクッキーはセツ姉、巧のTシャツは堀尾くんにと渡った。
セツ姉はクッキーの箱を抱きしめて、今にも噛り付きかねない勢い。今日はセツ姉にとって最良の日だろう。家の手伝いを放り投げてまで来た甲斐があったという事だろう。
そして、巧のプレゼントをもらった堀尾君だったが、これが意外な事に喜んでいる。なにせ、そのプレゼントというのがピンク色のブタの絵の描いてあるTシャツだ。な、何なんだよソレ? そのセンスの欠片のない、まるで悪意があるとしか思えない醜悪なプレゼントに周囲が固まる。ああー、良かった、あんなもの、もらわなくて! 全員の目がそれを語っていた。
そんなプレゼントをもらって喜んでいる堀尾君が、むしろ心配だ・・・。
「ね、ねえ、巧、そのプレゼントって一体、どこで買ったの?」
「え? 西商店街の店。何? おまえ、欲しくなった?」
「いらないわよ! 真剣にそのプレゼント、選んだの?」
「あたりまえだ。自分の欲しいと思うモノを選んだ。なにかヘンか? 見ろ! デブオ、あんなに喜んでいるじゃないか」
・・・。まあ仕方ないな、巧だし。結局、みんな、そんな風に納得するしかなかった。
そして、何ももらえない上に洗いモノの罰ゲームは、巧に決定した。当然、不満顔の巧。スカ女の功労者とも言える巧には、ちょっと気の毒な結果だが、心配ご無用。
俺と未理は、巧にとっておきの隠し玉を持っていた。
「あーあ、なんだよー、最悪だよ。アタシ、洗いモノなんてイヤだからなっ。誰だよ、こんな事考えたやつ! デブオ! お前がプレゼント持ってこないから、こんな事になるんだよ! お前、食器洗うの手伝えよなっ!」
「ダメよ、堀尾くん、手伝っちゃ。これはルールなんだから」
そんな巧に、未理がそっとプレゼントの包みを持って、近寄っていく。そして、巧の袖をツイと引っ張ると、声を掛け、その綺麗にラッピングされた包みを渡す。
「巧、メリークリスマス。いつもわたしたちのために、ありがとう。わたし、ううん、わたしたち、かなぁ。みんな、とーっても感謝してるんだよぉ」
「こ、これっ、未理から?」
「ううん、実は巧のパパからなんだぁ。選んだのは、わたしだけどぉ。しーくんと料理の材料を買いに行った時に会ってぇ、お金預かったんだぁ。実はぁ、その余り、料理にも使わせてもらったんだけどねぇ」
「父ちゃんが? なんだよ、アイツ、ラスベガス行ってるんじゃねーのかよ」
「ちょっと、着てみてぇ」
「何だ、これ?」
「ワンピース」
「えっー、アタシが、ワンピース!? 無理無理、似合わないって!」
「そんな事、言わないでよぉ、わたしが選んだんだからさぁー」
「・・・しょ、しょうがねーなー」
そう、あの日、巧の親父に会った時、巧にプレゼントを買って渡してくれと、多額のお金を預かったのだ。その日のうちに未理とプレゼントを買いに行き、残りは料理に使わせてもらった。だからこんな豪華なメニューが実現したのだ。
しかし、あのワンピース。俺もその場に居たのだが、およそ未理好みの可愛らしいもので、巧にはどーだか。
そして、巧が姿を現した。
「うわー、カワイイーーッ! 巧ちゃん、とってもカワイイわよ!」
「とても作田さんとは思えません。しかし、どんな生物であっても些細な外観の差で、こうも印象が変わるものなのなのですね」
「た、確かに、巧にしては上出来かも。黙っていれば、可愛い女の子に見えなくもないわ」
真っ赤な顔で無言の巧。いや、勿論怒っているんじゃない、照れているのだ。わかりづらいけど。
こんなに照れている巧は初めて見た。そんな巧は、意外と可愛いかもしれない。
「巧ちゃん、すごく似合うよ。僕たち、付き合いが長いけど、スカート履いた巧ちゃんって、記憶にないなあ」
「バカッ、ユウコ! あたしの中学の制服姿、オマエ、見てるはずだぞっ!」
「あっ、そうそう、巧ちゃんに一つお願いがあるんだ」
「な、なんだよ」
「さあ、堀尾、自分から言いなよ」
堀尾君、ピンクの豚のTシャツを照れくさそうに握りしめながら、相当言いづらそうにしていたが、ようやく口を開いた。
「あ、あの、巧さん。お、俺も明日から全国大会なんですけど、そのー、げ、檄を飛ばして欲しいんです、巧さんに」
堀尾君の目は真剣そのものだ。その真剣さに、みんな黙り込み二人を見つめる。
「堀尾は中学の頃から注目されてる選手なんだけど、最近、今一つ精彩を欠いているんだ。僕が見た限りでは、要は心の問題なんだ。堀尾は優しすぎるんだよ。もう一段上を目指すなら、厳しさや激しさは不可欠なんだ。巧ちゃん、堀尾を奮い立たせるような檄、ぜひ頼むよ」
予期していない展開に、困惑気味の巧。
「あぁ、まあ、そういう事なら、頑張ってこいよ、デブオ」
「違うよ、巧ちゃん。いつもの調子で」
少し照れくさそうに、頭をかく巧。
「あー、わかったよ、しょうがねーなー。おいっデブオッ! てめー、グジグジしてんじゃねーよっ! 今度の試合では、必ず相手ぶっ潰してこい! 絶対舐めたマネさせんなよっ、オマエならできるよ、相手を地面にねじ伏せてこいっ! 意気地ねープレー見せやがったら、オマエ、一生ただのデブだぞっ!? 二度とアタシに顔見せる事も許さねー、わかったかっ!」
「ハ、ハイッ! 必ず、巧さんに、トライ、プレゼントしますっ! それが俺のクリスマスプレゼントです!」
おおっ、素晴らしい、格好いいぞ、堀尾くん! でも、これって、もしかして告白、じゃないのか?
しかし、この出来事で場が大きく盛り上がり、パーティーも最高潮。デザートにユウコの作った絶品のケーキを堪能し、クリスマス会は大円団を迎えた。
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