第19話 怒りの鉄拳
俺と巧と未理、三人での納品。これでダメなら後は無い、との思いを抱き研究室へ向かったわけだが、教授とのありきたりの会話の中のたった一言に、俺たちは大きな衝撃を受ける事となった。
そもそも誰が間違えたのか、どこで間違えたのか、この胸にこみ上げる複雑な思いは一体何なのか、俺たちはただお互いの顔を見合せるしかなかった。
「東京大学? ここが東京大学だと誰が言ったのですか?」
「えっ!? ここ、東大・・・じゃないんですか!?」
「いや、トウ大ですが。トウ大には違いありません」
「・・・東京大学、ですよね?」
「そう、いかにもここは、とうきお大学です」
「とうきょうだいがく・・・?」
「とうきお大学」
慌てて巧は教授の名刺を確認する。俺も横から覗き見る。
〈TOKIO UNIVERSITY Prof NAKAMICHI〉
間違いない。ホッとした様子で巧は教授に名刺を指差した。
「変な事、言わないで下さいよー、やっぱ、東大じゃないですかー」
すると、教授は手元にあったメモにさらさらっと何か書いた。
東木尾大大学。・・・ん? えっ!?
「えーー!? ここ、と、う、き、よ、う、大学じゃねーの?」
「ここは、東木尾大学、ですが、何か?」
「な、な、何か、じゃねーよっ! だ、騙してたのか? と、東大だって騙してたんだなっ?」
「騙すなんて人聞きが悪いですね。どうやら勘違いしていたようですね。よくあるんですよ、こういう事」
俺はすぐにスマホで調べてみた。あ、あったよ、東木尾大学。し、知らなかった、こんな大学があるなんて・・・。
「ま、紛らわしい・・・」
ガックリと椅子にへたり込む巧。動揺する俺たちに、教授、Prof中道は、さらに追い討ちをかけるように、さらに衝撃的な事を言いだした。
「それで今回の試作品についてだが、すべて検査に合格しました。よく頑張りましたね」
「あ・・・ありがとうございます・・・」
「ですが、誠に申し訳ありませんが、その試作品は廃棄して下さい。勿論、加工費はお支払いします」
「・・・はーーぁ!? 廃棄だあ?」
「実は、先程受け取りました試作品を学生に試着させ、その結果、素材を替える事にしました。当初より考えていたステンレスですと装着感が悪いようで。それで、3Dプリンターで作った樹脂製の製品がこれになります」
「・・・お、おい・・・これ、作るのに、どんだけ・・・」
「我々は今後の臨床検査をこの樹脂製の製品を用いる事に決定しました。そして君達を厳正に審査した結果、テスターは阿久根さんと林さんにお願いしたいと考えています」
「テスター? な、何の話?」
「作田さん、あなたおっしゃいましたよね? 我々の研究に少しでも力になりたいと。ですから、あなた方にはこの測定器のテスターになってもらおうと、あなた方の適正を検査してまいりました。その結果選ばれたのが阿久根さんと林さんなのです」
「こ、これ、一体何なんだ?」
「これは、肛門筋収縮測定器。つまりは、人の緊張感や集中力が肛門の収縮に影響及ぼす事に我々は目をつけ、それを日常生活を送りながら測定、数値化する事を目的として考案された機器です」
「こっ肛門って・・・、じゃ、これ、ケツの穴に差して使うのかよ?」
「そうです。このパイブにかかる肛門筋圧を測定するのですからね」
「じ、じゃあ、あの寸法精度って、意味あったのか?」
「勿論、あの寸法精度は高度な人間工学によって導き出された数値、それがあって初めて日常生活に違和感無く装着し正確に肛門筋の収縮を測定できるのです。この試験の結果如何によっては、この測定器自体に通電させ肛門に電気的な刺激を与え収縮を促す事も考えています。もし人工的に肛門筋を収縮させ集中力を高める事が出来たのなら、スポーツなどの多くの分野での活用も見えてくると考えます」
「テ、テスターって、な、何をする気だ?」
「今回のこの樹脂製の肛門筋収縮測定器のR部、すなわち臀部との密着部は女性を想定して設計しています。なぜなら、女性のほうがより肛門筋収縮理論に忠実な反応を示す傾向にあるとの研究結果が出ているためなのですが、うちの学生には女性がいない。そのため君達に協力してもらいたいと考えました」
目を見開き黙りこむ巧。な、何か嫌な予感。俺が代わりに、疑問を口にする。
「で、でも、なんで阿久根と林に?」
「我々の資料において理想的な臀部のデータに最も近かったのが、阿久根さんと林さんでした。下井さん、あなたは美しい女性だが、こと臀部に関しては、まるで男性の様で柔らかさに欠けますね。ちなみに、君達の臀部のデータはこちらで取らせてもらいました」
「い、いつの間に? ど、どうやって?」
「応接室の椅子で」
「あっ、そう言えば、あの椅子、やけに大きかったわ!」
「では、ここで装着テストをしてみましょう。さっき取ったばかりだが、林さんの臀部のデータは誰よりも優れていました。フィッティングに期待ができます。さあ、林さん、これを付けて下さい」
「うぇー? わ、わたしがぁ?」
お、おい! それは・・・。
「こ、ここで、ケツ出せってかっ? 尻の穴にコレ突っ込めって言うのかっ!?」
や、ヤバい、巧、目が変わってる! 間違いなくキレてるぞ! こいつの怒りが爆発したら・・・。
「み、未理、た、巧が・・・、と、止めないと大変な事に!」
「あぁー、巧! だめだよぉ、怒っちゃぁ!」
焦る俺と未理。そんな事、お構い無しに全く空気の読めない教授は巧の顔色にはまったく気づいていない。
もう、これ以上は黙ってろよー、お願いだからさー。
「作田さん、君は結構です。君の臀部は一体どうしたっていうのですか? 女性としては理想には程遠い。まったくサンプルとしては特異過ぎます。さぁ、林さん、これを付けてください。臀部を人前に露出させる事を恥ずかしいと思っているのなら杞憂です。我々は研究者です、女性の臀部とてあくまで研究対象としてしか考えていませんので、何も恥ずかしい事はありません。さあ、これを!」
ガゴッ!
「あーーっ! 教授ーーっ!」
「きゃーー巧!」
やっちまったっ! 教授の顔面に巧得意の正拳突きが炸裂! 教授は一撃でノックダウンとなった。
「てめーっ! さっきから黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがってっ! この、エセ東大野郎! セクハラエロじじい! これくらいで済んだのを、ありがたく思いやがれっ!」
言いたい事をブチまけて部屋を出て行こうとする巧の前に、松屋が立ちふさがる。
「何だっ、松屋っ! 文句あるのかっ!」
「え、えーと、納品書にサインしましたが・・・」
「いらねーよっ、そんなモノ! テメーらの金なんて、受け取れるかっつーのっ!」
興奮さめやらぬ巧の後を必死でついていく俺たち・・・。
「巧、可哀そう・・・」
「うん、今回は、巧は悪くないわよね」
巧が怒るのももっともだ。あいつ、あれだけ真剣に取り組んでいたんだもんな。しかも、東大からのアカデミックな依頼だと信じて。
駅への道を無言で歩く巧の背中は、とても悲しそうに見えた。
そんな事から数日たったある日、今だにトーキオ大学の件を引きずっていた俺たちの元に、来客だとの連絡を事務室より受け、急ぎ向かうと、そこに中道教授と、痩せたホームレスの姿があった。
気の毒に、教授の鼻はまだ大きく腫れ赤々としており、それでいながらいつもと変わらぬ飄々とした様子は、呆れるを通り越し、清清しい気さえした。
「作田さん、先日は大変失礼しました。あの後色々と調べましたところ、我々に度を越えたセクシャルハラスメントだと糾弾されてもおかしくないる行為があった、そう認めざるを得ませんでした。女性に対し、ましてや未成年の君達に公衆の面前で下着を脱ぐ様強要した事は、犯罪行為に等しいとの忠告もいただき、それをお詫びするため今日はこうして足を運んだ次第です。本当に申し訳ありませんでした」
「まあ、わかってもらえたなら・・・」
「それでは、ご容赦いただけると?」
そこ頃には、周りにはみんな顔を合わせていた。どうする? といった具合にしばらく思案していたが、やがて巧が教授に告げた。
「わかった。もういいよ。どうもアンタに悪気は無さそうだしな。でも直に感謝しな。アンタがあんな事して一番傷ついたのは直だし、許してあげてほしいって、アタシにお願いしたのも直だからな」
「私は中道教授を尊敬しています。勿論、東京大学の教授で無い、とわかっても、セクハラ、パワハラ行為を犯した後でも、それは変わらないつもりです。なぜなら、その行為が飽くなき探究心より生まれた結果だと信じているからです。私が一番許せなかったのは作田さんが徹夜を続けて作った製品を、平気で廃棄するよう命じた行為です。それは教授の要望に何とか答えようようと励んだ作田さんの熱意を踏みにじる行為で、余りに思いやりに欠けた行為だったと思います。そのことについては謝罪を要求します」
教授は深々と頭を下げると、再度お詫びの言葉を述べた。それで俺たちもようやく決着して良いというような気持ちになった。
「ありがとうございます、みなさん。作田さん、円谷さん、ありがとう。おっしゃるとおりです。私も研究者としても指導者として未熟だったようです。それでお礼といっては何ですが、もし君達が希望するのでしたら私の研究室の機材を今後好きに活用しても構いません。高校では普段中々使う事が出来ない設備だと思います。もちろん、そんな事ですべて許されるとは思っていませんが」
「おー、それは嬉しいな!」
「それと、改めて作田さんにお願いしたいと思います」
「ん?」
「改めて、例の肛門筋収縮測定器のテスターを作田さんに依頼したいと思います。テスターとしての費用もお出しします。勿論、装着する際は個室にて着用下さい。今回R部も見直しまして、作田さんに合うサイズをご用意しました。作田さんの非常に起伏に富んだ感情は、今回の実験に大いに役立つと思うのです。どうか、よろしくお願いします。」
懲りないオヤジだな。巧はまた怒っているとおもいきや、割と涼しい顔をしている。こういう、ちょっとイカれたヤツ、嫌いじゃないんだな、きっと。
「い、や、だ! アタシのケツの穴、そう簡単に使わせるかっつの!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます