第18話 巧、苦戦す

 目黒の暗黒デートの一件もとりあえずひと段落して、またいつもの日常に戻った。あの一件以来、美留はずいぶん言葉数も多くなり、みんなの話にも口を挟む事もあったりと、確実に変化していた。もちろん良い方向に。


 東大の仕事はというと、これは想像以上に苦戦していた。


 基本、マシニングセンターを使ってのNC加工なので、巧が主となって励んでいたのだが、試作の一つ目はNGを食らってしまった。

 その製品というのは、簡単に言ってしまえば、ステンレス製でRの付いた舟形の薄板に、3mmほどのパイプが一つ付いている、というモノなのだが、このパイプ、どうやら測定端子らしいのだが、公差、R形状との傾き、など、かなりの寸法精度も求められていて、難易度が高いらしい。


「あのセンセー、うるさくてマイっちゃうよ。製品も3次元測定器で寸法測定しやがってさ! あと、パイプ,圧入じゃダメだっていうんだ、しょうがないから今回は溶接してみようと思う。セツ姉、レーザー溶接できる所、知ってる?」


 俺には技術的な事はわからないが、とりあえずウチではできないレーザー溶接とやらでパイプを接合し、2回目の試作を納品に、また千葉まで行く事になった。今回も俺、巧、直の三人で向かった。しかし、大丈夫だろうかと不安を抱きながらの電車での移動時間は、実際以上に長く感じられる。


 例の怪しい建物のインターフォンを鳴らすと、今回はあの貧相な男ではなく、不健康そうに太った眼鏡の男が中へと通してくれた。そして、すぐに噂の3次元測定器で寸法チェックを行ってもらう事となった。

 3次元測定器を使ってチェックを行うのは、髪を金髪に染めたガリガリの男だ。この研究所では、教授の他はこの3人しか見かけないが、これで全員なのだろうか? 東大の研究室にしては、やけに少ない気もする。

 俺たちは寸法チェックが行われてる間、応接室のようなスペースで、場違いにでかい椅子に座らされ待たされていた。一応、お茶を出してくれたが、ノーブランドのペットボトルのウーロン茶だった。


「なんだよ、これって絶対ジェイソンあたりで1本15円くらいで買ったヤツだぜ? 東大のくせにセコくねえ?」

「しっ! ダメよ、巧、聞こえるわよ」

「そうですよ作田さん。研究に打ち込むには嗜好品に拘っている時間すら惜しいという事ではないでしょうか」

「それは言えるかもな。さっきのデブ、アイツは絶対ジャンクフード太りだ。三食牛丼屋、スナック菓子とか炭酸飲料とかそういう安ーいモノばかり食って太ったって感じだな。うん、そうだ、アイツの事はこれから松屋って呼ぼう!」

「ちょっと、ヒドくない?」

「それと、あの貧相なヒゲはホームレス、金髪は、うーんそうだなー、金星人と呼ぶ事にしようぜ!」


 そんな失礼な事を話していると、教授たちが応接室に姿を見せた。


「まずは結果ですが、今回もNGです。先日、円谷さんから測定端子の接合にレーザー溶接を使用したいとの要望があり、それを了承しましたが、接合部の溶接後の処理があまり芳しくありませんね。接合部は0.5Rと図示していますが、確認しませんでしたか?」

「い、いえ、それはわかてます。溶接後ヤスリで仕上げて0.5Rはそれなりに出ているとおもうのですが?」

「注記に、すべて機械加工の事、とありますが、確認しませんでしたか?」

「しかし、0.5Rが出ているなら・・」

「では作田さん、お聞きします。もしあなたがレストランに行ってカレーを注文したのにも関わらず、単にカレー味のジャガイモ、ご飯、ニンジンなどがそのまま皿に乗って出てきたら、どうしますか? 腹が満たされれば、それで十分に満足しますか? 何かを求められている際、その手段が指定されているにも関わらず結果のみで判断して欲しい、そういう考えでしたら、どうかお引き取り下さい。私は、その過程、手段もすべて考察した上で発注しているのです。それを疎かにした部品など使う事は出来ません。作田さん、私はあなたには失望しました」

「うーーーっ! センセイの言う通りだ、アタシが悪かったですっ! すぐ作り直してきますっ! すいませんでしたっ!」


 巧は顔を真っ赤にしながら応接室を出て行った。教授は平然とそんな巧を見送りながら、俺にちょっと、と声を掛けた。


「次に納品に来る際ですが、阿久根さんにお願いできないでしょうか? 溶接についてお話したい事もありますし、作田さんはどうも冷静にお話するのが苦手のようですから」

「阿久根・・セ、セツ姉? は、はい、わかりました」


 教授の手には、スカ女ミスコンの俺たちの顔写真付きのプロフィールが載った、例のパンフレットが握られていた。文化祭、来てくれてたのか? 

 なんとなく腑に落ちないまま、俺も教授に会釈をすると、研究所を後にした。

 

「くっそー! あのセンコー! 屁理屈こねやがってっ! 何が、失望しました、だっつのっ!」

「作田さん、落ち着いてください。私は教授のおっしゃっている事は間違っていないと思います。それに教授も作田さんに奮起を促しての発言かと・・・」

「わかってるよっ! あのセンコーがぐうの音出ないような製品、作ってやるよっ!」


 巧は、帰る早々仕事に取り組み、問題のパイプ溶接部分はネジ式に変更し、そのパイプは中に至急製作を依頼し、その日は放課後も学校に残り作業を続けたようだった。

 翌日、俺たちが登校した時も機械に向き合っており、どうやら徹夜で作業をしていたようだった。


「あまり、根を詰めると体に毒よ」

「何か、食べるもの、買ってこよぉかぁ?」

「いらない。ウンコしてる時間も惜しい」


 その日の午後、ようやく納得するモノができたらしく、ようやく巧は一日ぶりの食事に、メロンパンを噛り付いていた。


「じゃあ、セツ姉、明日納品頼むよ。一応、後で場所と建物は確認しておいてな。わかりづらいから」

「阿久根殿1人では心細いのでは? 拙も一緒に行こう」

「ああ、三日月、じゃあ頼む。何せ、教授の他はホームレスに松屋に金星人だ。およそ女に縁の無さそうな連中ばかりの中にセツ姉1人じゃ、まるで動物園の檻の中に、エサ放り投げるみたいなものだからな」

「まあ、怖い! でも、なーに? ホームレスとか松屋って?」

「言ってみればわかるよ」


 翌日、結果はやはりNG。


「教授が言うには、今回は接合部はOKらしいけど、傾きがNGらしいわ。0.02ズレが見られるって」

「うーん、タップ加工で、曲がりが出たのか? ウチにそこまで計れる測定器具無いからな・・・。ま、言い訳になっちゃうけど」

「それで、次の試作品の納品は美留にお願いって言ってたわよ」

「えーーっ? なんだってっ! あのセンコー、何か魂胆があるんじゃねーのか? なんでたがが納品に、持って来るヤツ、わざわざ指名すんだよ? キャバクラじゃねーんだぞっ!」

「でも、大学のセンセーって、ちょっと変わった人多いから」

「僕は許さないからな! 美留をそんな所に行かすなんて!」

「じゃあ、中、美留と一緒に行ってくれ。コッチも相手の満足できるモノ作ってないから、とりあえず言う通りにしてみよう。そのかわり美留を頼むぞ!」

「ああ、わかった! 任せておけ」

「・・・む」

「まあ、美留、今回は中と一緒に行ってきてくれ。あと、せっかく行くんだ。ソコに3次元測定器とか5軸マシニングとかあるから、見せてもらってこい。その件はアタシから連絡しておく。後、3Dプリンターがあるから、コイツは絶対見せてもらえ。さすがに東大、設備はいいぜ。設備だけはな!」


 それで・・・。

 結局4回目の試作のNGだった。今回も巧は徹夜の作業をして製作し、今までで一番の自信作だっただけに、さすがの巧もやつれて見える・・・。


「・・・今度は何だって?」

「今回は寸法はバッチリなんだけど、Rの本体部分、磨いてくれって」

「磨け!? そんな事、聞いてないぞっ!」

「そんな文句、僕に言われても困る。しかし、それよりもあの、連中、何なんだ! 巧が言ってたホームレスとか松屋とか金星人? あいつら、美留の事ジロジロ見やがって、嫌らしい事この上無いじゃないか! いいか、二度とあそこに美留は行かせないからな! 絶対にっ! それで、今度のご指名は未理だそうだ。どうも、お偉い東大のセンセーたちは、ご丁寧に僕ら全員の顔を見ないと気が済まないらしいな」

「よーし、わかった、スカ女にケンカ売ろうって言うんだなっ! 上等じゃねーか、そのケンカ買ってやるよ! 東大のどんだけ偉い先生は知らねーが、どういう魂胆があってアタシら全員の顔拝みてーんだが、ハッキリさせてくる! 未理、忍! 明日、きっちりカタつけてこよーぜっ!」


 いや、出入りじゃないんだから、特攻服はやめてくれよー。

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