第17話 真紅の金曜日

 未理と美留の言い争いは、周りの視線など全く気にする素振りすら見せずに続く。

 いや、言い争いとは言えないかも。美留に口喧嘩は圧倒的に不利で、図式的には未理が一歩的に美留を責める感じだ。しかも、今の未理は未理ではない誰かだし、そいつはどうにも口が達者なようだ。

 俺は口を挟む間も与えられず、二人の間でアタフタしているしかない。


「あんたさ、自分が可愛いから、しゃべらなくても男がへらへらと言う事を聞くって、たかくくってるんじゃないの?」

「む・・・!」

「ふーん。わたし、思ってるんだけど、あんたってわざとコミュ障ぶって同情買ってるんでしょ? ホントはちゃんと喋れるくせに、む、とか笑っちゃうね」

「む!こ・・・こ、言葉・・・ない・・・本当」


 もう、美留は泣きじゃくって、ぼろぼろ。

 二人の可愛い少女の激しい言い争いに、周りに数人いたおじさんおばさんたちはドン引き。そんな時、ようやくバイクのバカでかい排気音が聞こえた。巧は寺の山門付近にバイクを乗り捨てると、全速力ですっ飛んできた。


「大丈夫か? 美留! 未理!」


 おなじみの作業着姿に頭はボサボサ、おまけに顔も汗やらホコリやらで薄汚れている。でも、俺はそんな巧の姿を見て、なぜかホッとした。


「・・・巧! ・・・み、未理が・・・ヘン!」

「何言ってるんだい? ヘンなのはあんただろう? 巧、この子、ちょっと頭オカシイんじゃないのかい? 高校生にもなって、ろくに話も出来やしないなんて!」

来露きろさんなのか? そうなんだろ?」

「しかし、なんだって未理の周りは、こんなヘンな連中ばかりなんだい? ろくに話もできない小娘とか頼りないオカマとか、ホント心配になるじゃないか」

「来露さん、そんな事言わないでよ。みんな、未理の事、大事に思ってくれてるんだ」

「ふーん、そうは見えないけどねえ・・・」


 どうも、未理の別人格らしいその人は、以前巧が話していた来露さんらしい。その口うるさい来露さんは、巧がなんとか言い伏せて、バイクの後ろに乗せて連れ去ってくれた。


 俺たちは、ようやく未理から開放されたが、美留は未だにショック状態で、まだしゃくりあげて泣いている。


「ごめんなさい、美留。きちんと未理と話しておけば、こんな事にならなかったのに」

「忍・・・悪くない・・・悪いの・・・美留」

「美留は何も悪くないよ?」

「・・・未理・・・いう事・・・正しい・・・」

「あれは、未理じゃないよ、他の人格だ、気にしちゃいけないよ」

「・・・ううん・・・あれも・・・未理」


 俺は凄く驚いていた。今まで「む」と「ん」しか喋らなかった美留が、たどたどしいながらもちゃんと言葉を喋っている。

 しかも、自分の意志を伝えようと、必死に。


 少し落ち着いてきた美留は、泣きじゃくって涙でベタベタになった顔を洗いたいと、洗面所に向かった。俺がらみで2人がこんな言い争いになって、俺自身も心が痛い。

 しかし、未理にしても美留にしても、こんな俺のどこが気に入ったというのだろう? 正直、今の俺はオカマと罵られても仕方のない有様、自分では出来が良いと思っていた頭も、彼女たちのほうが良いときている。

 俺は、顔を洗ってきた美留に、それとなく聞いてみた。すると帰ってきた返事がこうだった。


「・・・忍・・・似てる・・・弥勒菩薩・・・広隆寺・・・」


 いや、ありがたい話ではあるが・・・。


 しかし、顔を洗ってきた美留はまるでスッピンながら、改めてその顔を見ると、その整った美しさに見とれてしまう。中が言っていた完璧、という言葉が心に刺さる。

 美留のほうが、遥かに菩薩に近いと思うよ、実際。


「でも、今日こんなにたくさん美留の言葉を聞けて、ちょっと嬉しかったな。そこだけは未理に感謝しなければね」

「・・・ん」


 そんな騒ぎのあった翌日、未理から会いたいとのメールが入った。

 すでに巧からメールで、バイクで来露さんを連れ去った後、すぐに来露さんから未理に戻ったと聞いていたので、俺は未理に何を言われるのかドキドキしながら待ち合わせ場所に向かった。


 駅前の雑踏の中の未理は、やはり目立って可愛くて、俺が声を掛けると、ニコッと屈託の無い未理らしい笑顔を見せた。

 その顔を見て、きっとそんなに悪い話じゃないなと安堵した。


「どうする? どこかお店入る?」

「うぅん、このまま、歩きながら話そうかぁ。今日は、しーくん、女の子バージョンかぁ、ちょっと残念だなぁー」


 俺たちは、どこに行くとなく、ゆっくりと歩きながら話をした。


「昨日、ごめんねぇ。わたし、ちょっと大人げなかったよねぇ」

「仕方ないわよ。昨日の件は私と巧の責任、未理と美留は悪くないわ」

「昨日、気がついたら巧のバイクに2ケツしてて、ビックリしちゃったぁ。また、わたし、やっちゃたんだねぇ?」

「えっ、やっちゃったって?」

「わたしだってぇ、少しはわかってるよぉ? わたしさぁ、たまーに、記憶なくなっちゃう時あるんだぁ。そんな時決まってトラブルがあるのぉ。でも、それ以上は、パパも巧も、教えてくれなくて。でも、きっとなにか病気か何かなんだと思うんだけどぉ」

「未理は、その事、詳しく知りたい?」

「うーん、今はいいかなぁ。だって、本当に知らなくちゃいけないなら、巧が教えてくれてるはずだもン」

「ずいぶん、巧を信用してるのね」


 そう言うと未理は立ち止まって、俺の目をジッと見つめると、しーくんには聞かせてあげる、と言って、話し始めた。


「わたしと巧はぁ、幼稚園からずーっと一緒で、中学も受験して、同じ私立の中学行ったんだよぉ。桜陽女学院」

「えっ、桜陽女学院って、めちゃ頭いい上、お嬢様学校じゃない! 巧が桜陽女学院って、ちょっと信じられない」

「巧も性格はあんなだけどぉ、勉強が出来るのは、このあいだのテストでわかったでしょう?」

「うん、まあ」

「中学ではクラスは違ったけどぉ、仲は良かったよぉ、通学は一緒だったしぃ。でも、巧がグレはじめて、学校サボリ始めた時期にぃ、わたしも学校にだんだん馴染めなくなってきたんだぁ。うん、例の病気も関係してるんだと思う。巧も心配してくれてぇ、なるべく学校も一緒に来てくれてたんだけどぉ、ある日、すっごくイヤーな事件がおこっちゃってぇ」

「事件?」

「わたしに嫌がらせしてたリーダー格の子がぁ、わたしの事、監禁してぇ乱暴しようとしたのぉ」

「えっ! ひ、酷い!」

「クラブ棟に遊び友達の男の子を2人連れ込んでぇ、女の子と合わせて5人に囲まれたんだぁ。あの時はわたし、本当に怖かったぁ」


 ヒドイ話だが、話している当の未理は、わりと冷静でいる。


「巧のいない時を見計らってたんだと思う。巧、学校では、グレてるのばれてたから、ちょっと怖がられている存在だったんだぁ。わたしには、何かあったら絶対助けるって、巧はいつも言ってくれててさぁ。

 でも、その時は、人目につかないトコでしょ? そこで、その子たちに、強引に押さえつけられてぇ、わたし、もうダメだと思ったの。服、脱がされて、本当に怖くて怖くて、巧ぃ、助けてぇ! って泣きながら叫んじゃったんだ。

 そしたら、そしたらね! 巧が、本当に巧が助けに来てくれたんだよぉ!」

「スッゴイ! まるでヒーローだ」

「うん! バイクの音が聞こえたかと思うとぉ、扉をバットで壊してぇ、巧がグラブ棟の中に入ってきたんだよぉ! 入るなり、まずは男の子たちをバットで殴り倒して、女の子たちにも容赦なかったなぁ。あっという間に5人ともノしちゃうと、わたしをバイクに2ケツさせて、そのまま校舎に向かって走っていってさぁ、しっかりつかまってろっ! って叫んでぇ、階段もバイクで上ってぇ、廊下をバイクでぶっ飛ばしながら、校舎の窓、ぜーんぶ、叩き割ったんだぁ!」

「ひえー、マ、マジで?」

「止めに入った先生も数人打ち倒してぇ、巧は顔も体も、みんなの返り血で真っ赤に染まってぇ、バットも真っ赤に染まってぇ、学校中泣き声やら叫び声やらで、もう大騒ぎ。

 でもねぇ、血の飛び散った壁、割れたガラスの破片、バイクの白煙が満ちた廊下、巧の叫び声、何かとっても幻想的で、すっごく綺麗だったなぁー!」

「で、でもそれは、いくら何でもヤリ過ぎじゃないの?」

「そうかもねぇ。でも、悪い事したなんて、わたし思ってないよぉ。そうそう、それでね、桜陽女学院ではその後、その日を真紅の金曜日、って呼ぶようになったんだよぉ。わたしたち、伝説の悪党なんだぁ」

「それが本当の話なら、二人とも退学になったんじゃないの?」

「ううん、巧が、ずーっと前から、わたしの身の周りに起きた事の一部始終を録音したり録画したりしてたからぁ、学校も事件を表ざたにできなかったみたい。男の子を校内に入れてたのも、すごく問題になったみたいだしぃ」

「その後、どうしたの?」

「さすがに学校には行けなくてぇ、巧と2人、別の場所で勉強してたんだぁ、卒業までぇ」


 巧と未理にこんなすごい過去があったとは・・・。


「学校で大暴れした後の話もあるんだよぉ! 多分先生が呼んだんだろうけど、警察が来たから、わたしたち、逃げたんだぁ。パトカーに追われながらぁ、猛スピードで車の脇をすり抜けて、サイレンやらクラクションやら、全部置き去りにしてさぁ! スッゴいスピードが出てたと思う。耳元で風がビュービュー唸っててた。

 わたし、巧と二人っきりで、このまま何処までも誰にも手の届かない場所まで、ずっとずっと走り続けて行けたらなぁって思った。巧の背中は小さいけど、とーっても頼りになって、その背中に顔を埋めながら、わたし、とーっても幸だなぁーって思ったんだよぉ。

 ホント、あの時の疾走は気持ちよかったぁー」


 遠くを見つめる未理の目は、真っ赤に潤んでいた。


「わたしがさぁ、しーくん好きになったのってぇ、ホントは巧、盗られたくなかったからかもぉ」

「えっ、私が巧に盗られるって事?」

「違うよぉ。巧を、だよぉ」


   *****


 月曜の朝の勉強会が終わった後、巧の姿が見えないので、おそらく屋上だと思い階段を登ると、案の定タバコをふかしている巧の姿があった。

 いつも通り、息抜きに来たのか、何かに思案しているのか、その表情からは伺い知れなかった。


「土曜日はありがとう、助かったわ。未理も、すぐに戻ってよかったわね。あのね、昨日未理に会ったの。それで、色々話聞いたわよ」


 俺は、昨日未理から聞いた話を、そのまま巧に聞かせた。聞くなり巧は、ケケッと笑うと、言った。


「アタシはバットでは人、殴ってないよ。全部、拳さ。窓ガラスも割ったのは本館と北館。南館までは割れなかった。あと、返り血で真っ赤になったんじゃなくて、窓ガラス割った時、その破片でアタシ頭切ってたんだよ。アレはアタシの血。アイツ、話を膨らませやがって」


 そう言って、またタバコの煙を空に向かって吹く巧の後姿・・・。

 粗野だけど優しくて、雑なようだけど気が利いたり、強情だけど謝る時はきちんと謝ったり、なんか古臭いけど、こういう男らしさも、あるんだなあと、少しキュンとした。

 ん? キュンとしたのか、俺!?

 

 俺は、男として女の巧にキュンとしたのか? それとも、女として男らしい巧にキュンとしたのか? 俺のメンタルって、一体どうなってるんだ?

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