第16話 美留とのデート

 東大からの依頼に取り組み始めた矢先ではあるが、俺は厄介な案件がある事を忘れてはいなかった。美留とのデートである。

 未理は巧に、デート許すまじ、と文句を言ったらしく、巧もどうしたら良いかの結論が出ないまま、先送りにしていたのだ。

 

 しかし、美留と約束した中との共同作業が無事成功した以上、約束は守らないといけないだろう。実際、あのスカイツリーだけで売上が50万を越えているのだから、美留の貢献度は高い。


 大体、デートと言っても、美留相手だぞ? せいぜい遊園地に行って、ソフトクリーム食べるくらいなものだろう? 未理も、それくらい暖かい目で容認してほしいものである。

 しかし、事はそう簡単ではなく、巧は未理に散々脅かされていたらしい。


「巧! しーくんと美留のデート、わたし、ぜーったい、イヤッ! しーくんは、モノじゃないんだからぁ、貸したり、借りたりなんて、許されないんだからねっ!」

「しーくん、わかってるぅ? 恋人を裏切ったりしたらぁ、そんなやつ、死なないと、駄目なんだからねっ! わたし、ちゃーんと目、光らせてるんだからぁ!」


 未理、こ、怖えーーー。


「うーん、困ったな、思っていたより未理、強情だよ。オマエがデートの事ばらすからだぞ。もうこうなったらオマエ、自分で何とかしろよ! たとえば、三人でデートするとか」

「それは提案してみたわよ。でも、二人とも、聞く耳持たなくて」


 3人デート、一見すると両手に花である。それに、スカ女ミスコン上位3人揃い踏みではないか! しかし、その実は、だんまり少女と人格豹変娘と女装のオカマ。

 なんとも嘆かわしい現実だ。


「しょうがない、秘密裏に決行しよう。当日はアタシが未理を買い物にでも誘ってみる」


 デート前日。美留には絶対誰にも言わないよう口止めしておいたので、いつもと変わらない金曜日の放課後を迎えたはずだったが、そんな日に限って未理が土曜日の予定を聞いてきた。

 俺と未理は、付き合ってるといっても、それは未理の一歩的な思い込みというか、実際には、学校以外で二人きりになる機会もほとんど無く、せいぜいメールのやり取りをするくらいである。

 例のナノ事件以来、俺が避けていた事もあり、二人だけでデートなんてした事が無かったくらいなのに、一体なぜ?


「ごめんなさい! 明日は、叔母が京都から来るから」

「そっかぁー、久しぶりに、買い物付き合って欲しかったのになぁ・・・。それじゃぁ、仕方ないねぇ、巧でいいかぁー」


 そんな未理の行動にイヤな予感はしたが、美留が楽しみにしてる様子なので、巧とも相談した結果、決行する事を決めた。


 デート当日、美留の、男子の格好で来てほしい、との要望があり(ま、当たり前か)、俺は久しぶりにジーンズにカジュアルシャツという、ラフなスタイルで鏡の前に立ってみた。

 しかし、そこに写ったのは、ボーイッシュな宝塚系少女か美形のオカマだ。まずい! ついつい、いつもの習慣でメイクしてしまった!


 それでも、メイクを落としてみても、どうしても男らしくは見えない。なぜだ?一体、男らしいとは、なんなんだろう? どうしたら男らしく見える? あぁ、俺は、そんな事すらわからなくなってしまったのか・・・。


 悩んでいても仕方ないので、出掛ける事にしたが、近所の人に見つからないよう、ヒヤヒヤしながら表へと出た。表へ出たら出たで、ノーメイクでいるのが妙に恥ずかしい。その時の俺は客観的に見ると、恥ずかしげにモジモジとする、気味の悪いオカマだ。

 しかし、男子として行動するにあたり、こんなに苦労を伴うとは思ってもみなかった!


 結局、オカマに見えようが仕方が無く、時間も迫ったので約束の場所へ向かった。

 待ち合わせの場所は、地元だと危険なので、あえて川を超えた二つ先の駅にしていた。上り進行方向側のベンチ、まだ待ち合わせ時間の15分前だというのに、そこに美留の姿があった。

 大概が制服か作業着の姿しか見ていないので、ワンピースを着た美留は、とても可愛く、そしていつも以上に幼く見えた。

 

「早かったわね? 私、時間、間違えてしまったかしら?」

「む!」


 あっ、まずい。俺は最近ほとんど会話は女言葉なので、下手をすると1人でいる時ですら、女言葉になってしまっているのだ。一応、今は見た目は男なのだ、言葉に気をつけないと、本当にオカマだよ。


「ごめんなさい。気をつけるわ、いやいや、気をつける・・よ」

「ん」

「それで、今日、どこへ行く? 好きな所へ行こうよ、今日は美留へのご褒美なんだから。ドームシティでもいいし、としまえんでもいいよ」


 美留は俺に一枚のメモを渡した。そこには目黒不動尊と五百羅漢寺、と書かれていた。


「目黒不動尊、五百羅漢寺・・・。まじで? そんな所でいいの?」

「ん」

「スィーツの店とかは?」

「む」


 よくわからないが、どうやらお寺に行きたいらしい。やけにジジくさいな。寺と美留の組み合わせに違和感を感じはしたが、なにしろ本人の希望だ、俺たちは目黒に向かった。

 そんな時、巧からメールが入った。


=未理が家にいない。気をつけて行動しろ。常に見られていると思い、自覚を持った行動を取るように!=


 一体何の指令だよ! なんで監視されながらデートしなければならないんだ? 途中で未理の姿なんて見なかったし、巧が気にし過ぎじゃないか?

 とはいうものの、俺はキョロキョロと落ち着かない様子だったらしく、美留から袖を引っ張られ、怒られた。


「む!」


 けれど、俺はそんな心配をいつまでも続ける必要が無くなった。目黒の駅を降りたらすぐに、その未理に声を掛けられたからだ。


「あれぇ、しーくん! 美留もぉ! どうしたのぉ!? そっかぁー、前言ってたぁ、デートって今日だったんだぁ! あれぇ? じゃあ、しーくんの叔母さんってぇ、美留ってことぉ?」

「い、いや、ち、違うんだ、あ、あの、お、叔母さんが、きゅ、急に来れなくなって・・・そ、それで急遽、今日デートする事に、なったんだ! な、なあ、美留?」

「・・・ん」

「へぇーー? そうなんだぁーー? でもぉわたしぃ、嘘って嫌いなんだよねぇー」


 や、やべえよーー! どうしたらいい? 未理、ちょっと目、怖えーよ! 人格が急変したらどうしよう? メイタとか出てきたらどうする? 美留置いて逃げられないし、まずいよーー!


「む!」

「なあにぃ? わたしは偶然目黒に来ただけだよぉ? そぉしたら、そこに自分の彼氏が他の女の子といたんだよぉ、そんなの、美留だってイヤでしょう? しかもぉ、わたしには、今日は叔母さんが来るってぇ、嘘ついてたんだよぉ!?」


「ごめんっ! 嘘ついて本当にゴメン! 嘘なんてつきたくなんて無かったんだけど、未理を傷つけたくなかったんだ。美留へのお礼は、巧が約束したものだし、美留の希望でもあったので、何とは叶えてあげたかったんだ。巧が構わないと言ったとはいえ、嘘をついた事は謝る! 俺と巧が悪い。だから美留に文句をいうのはやめてくれ!」

「ん・・・」


「いいわよぉ! 今日のデート、許してあげるぅ。でもぉ、わたしも一緒に行くからねぇ!」

「えっ、し、しかし、未理・・・」

「せっかく目黒来たんだからぁ、カカオエットパリに行こうよぉ! シュークリームすっごく可愛いんだからぁ!」


 俺と美留の困惑もお構いなく、未理はついて来る気満々。俺はそっと巧にヘルプメールを送った。


 =未理が現われた! 俺たちは目黒にいる、至急向かってくれ!=


「ん」


 美留は必死に標識に書かれた目黒不動尊を指を示す。


「えっーー! わたしぃケーキ食べたいぃーー!」

「む! む!」


 正直、ケーキも目黒不動尊もどうでもいい、ていうか、巧、早く来てくれよーー!


「しーくん、美留、目黒不動尊行きたいって言うんだけどぉ、しーくんはさぁ、ケーキ食べたいでしょう?」

「ケ、ケーキは大日如来見てからにしようか? ね、そうしようよ! そのほうが、ご利益があって、ケーキもおいしく感じられるよ!」

「そおーかなぁー?」


 そんなわけねーよっ! もう、わけわかんないけど、とにかく事を進めるしかない!


 どうも、美留は仏像マニアらしく、休日はあちこち見に行っているらしい。

 不動明王の前でも、大日如来の前でも、未理は、早くケーキが食べられますように、とか、あのケーキが売り切れていませんように、とか、全く罰当たりなお願いをしていて、周りに聞かれやしないかと、ヒヤヒヤした。

 目黒不動尊の後は、五百羅漢寺、ここには三百を越えるらかんさんがあるらしく、それぞれ違うお顔のらかんさんは、美留の大のお気に入りらしい。

そのらかんさんを拝んでる時、そいつは急に現れた。ああ、やっぱ、嘘をついた罰が当たったんだ・・・。でも、良かれと思ってついた嘘だ、他にどうすれば良かったんだよ?


「でも、なんだって私まで、こう仏像ばかり見せられなきゃいけないのさ、え?」

「み、未理・・・?」

「大体、あんたガキみたいなナリして、何が仏像だい? 素直にミッキーマウスでも拝んでりゃいいんだよ! ガキは浦安に行きな」

「む!」

「なーにが、む、だよ! 赤ん坊じゃあるまいし、言ってる事がわかんないよ! その可愛いお口は、オッパイ飲むだけにあるのかい?」

「・・・む、ほ、仏さま・・・す、好き・・・わ、わ、悪いっ?」

「悪いなんて言ってないよ。お子様にはお子様に相応しい場所があるって言ってるんだよ」

「・・・み、美留・・・お、お子様・・・じゃないっ!」

「お子様だよ! ちゃんと人の目見て話しな! 自分の意見、ちゃんと言えないなんて、お子様じゃなきゃ赤ん坊かいっ? 赤ん坊なら、ハイハイして家に帰っちまいなっ!」

「・・・み、未理だって・・・自分の事・・・な、何も・・・わかって無い!」

「赤ん坊のくせに、わかったような事、言うんじゃないよっ!」


「ちょ、ちょっと、二人とも・・・」

「なんだいあんた? もしかして、あんたかい、未理が好きな男って? なんだ、オカマじゃないかっ! なんだって未理、オカマなんて好きになったんだか・・・」

「し、忍・・・オカマ・・・違う!」

「へー、あんたも、このオカマが好きなのかい? こんな女々しい男がモテルなんて、世も末だねえー」


 か、かなり酷い事、言ってくれるよな・・・。

 でも、この悲惨な状況に陥りそうな時になり、ようやく巧から電話が入った。


「今、どこ?」

「遅せーよ! 今、五百羅漢寺、二人、今揉めてて、ヤバいよ!」

「わかった!すぐ行く!」


 巧ー、何とかしてくれよ!これ、もう未理じゃないよな? ナノでもメイタでもないし、誰なんだよー、もう、勘弁してくれよー!

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