第10話 文化祭2日目 その1

 予報通り好天に恵まれた2日目の朝、学校に集まったスカ女面々、昨日とは雰囲気がまったく変わっていた。


 中は昨日のおっさんの挑戦を受けて立つ、まさに決戦の時、といった状態なのだろう。朝の挨拶もそこそこに、先に行く、とだけ言うと旋盤室へと向かった。

 その頭には昨日までのウィッグは無く、いつの通りの坊主頭。あいつ、本気だな。


 いつも通りなのは直もそうだ。くしゃくしゃの天パに分厚い眼鏡に白衣。おお、正にマッドサイエンティストの面目躍如、それでいいのだ。


 巧もまた昨日とは打って変わって、王道の可愛い路線でメイクを決めていた。何も知らずに道で会ったら、絶対に巧だとは気づかない程、見事に仕上がっていて、巧にしたら上々だろう。


「どう、見直したでしょう? 巧ちゃんだって、やればできるんだから!」

「でも、中身が巧じゃあね(笑)」

「テメー! なんだよ、その、(笑)、は!」

「巧ちゃん! 今日は、そういう乱暴な言葉使いは無しよ!」


 まあ、いずれにせよ、巧がそう大人しくしていられるわけがない。


 俺は屋台のレクチャーを巧にしてやろうと、まずは屋台の準備を手伝っていたが、巧はテキ屋でのバイト経験があるらしく、思いのほか器用に焼きそばも作れるので特にアドバイスは不要のようだった。

 しかし、今日はやけに日差しがキツく暑くなりそうで、焼きソバ屋台は地獄になりそうな予感・・・。

 でも俺は、今日はクーラーの効いた校舎内だ。ホント、屋台を巧に任せられたのはラッキーの一言だ。


 そんな所へ、校門から向かってくる、巨大な人間の姿が目に止まった。もちろん、そんなヤツはこの界隈にそうそういない。


「おー、ユウコ! よく来れたなあ」

「あれ、巧ちゃん? 巧ちゃんだよね? 今日は招待してくれてありがとう。でも、ビックリ。スゴク可愛くて、まるで巧ちゃんじゃないみたいだ」

「テメー、どういう意味だよ?」

「無理ないわよ、巧」

「あっ! えっ! し、忍!? ほ、本当だ! すごい、すごい綺麗だよ忍! 巧ちゃんから写メも見せてもらってたけど、実際に見ると、本当、驚くね!」


 ユウコは、俺の女装の事は巧から聞いていたらしい。しかし、ユウコとは久しぶりになのだが、こいつ、さらに大きくなってないか? 一体今、身長何cmあるんだよ?


「ユウコ、久しぶり! もちろん、活躍は目にしてるわよ。ちょっと見ない間に、また大きくなったみたいね?」

「うん、2m超えちゃった」


 超えちゃった、てへ、じゃねえよ。まじ、こいつ、どこまで大きくなれば気が済むんだ?


「なあ、小白川、俺たちも紹介してくれよ」

「あー、悪い。えーと、巧ちゃん、こいつら僕のラグビー部のチームメイトで、小畑、田上、堀尾、川田。この子が僕の幼馴染の巧ちゃん」

「作田巧でーす。今日はみんなありがとう。練習は休みだったの?」

「いや、本当は今日練習だったんだけど、小白川が監督に、今日は休ませてくれって直訴したんだよ。

 で、監督から先週末にあった練習試合で、小白川が10トライ以上取ったら休ませてやるって言われて、結果10トライあげて、それで今日休みになったってワケ」

「スゴイじゃん」

「いやいや、スゴイなんてモノじゃなくて、実は10トライとったの前半だけでなんだ。後半はレギュラー4人を病院送りにされた相手チームがギブアップして、結局試合、前半しかしなくて10トライだからな。正直、小白川と味方でよかったって、心底思ったよ」

「俺、小白川と対戦しなければならないなら、ラグビー辞めるわ」

「いやあ、昨日はちょっと本気だしちゃて、悪い事しちゃったかな。でも、今日は絶対来たかったんだよ」


 可哀相過ぎるだろう、相手・・・。

 てゆうか、こいつ相手に同じ高校生はラグビーしたらダメでしょう。俺だったら生きて試合終われる自信ないよ。


「でさ、話変わるけど、こちらの子、もしかして小白川の?」

「えーと、僕の中学時代の友達で忍、まだ、そんな関係じゃないよ。まあ、中学の頃から特別な友人ではあったけど」


 おいっ! 疑われるような言い方するなよっ!


「可愛い子だよなあ。小白川、女に全然興味ないのかと思っていたら、結構面食いだったんだな」

「確かに、こんな可愛い彼女いたら、他の女になんて目いかないよなあ!」

「いやあ、そんなー、彼女だなんてえー」


 2m超える図体で、照れてるんじゃねーよっ!


「それでさー! みんな、ミスコンの投票用紙もらったよねー?」


 何か軽視されてるムードを感じとったのか、巧は強引な作戦に出たようだ。


「この投票用紙はアタシが預かりまーす」

「これって、ミスコン? へー、面白そうじゃん。おっ、写真だと、みんな可愛くねえ?」

「みなさんには投票権はありませーん!」

「えーっ!? 何で?」

「ユウコはアタシの友達で、その友達もアタシに投票しなければならないからでーす!」

「お、俺この3番の子がイイ! 可愛くねえ?」

「俺は1番。色っぽくて綺麗だぜ」

「えーと、俺は・・・」

「うるさい、うるさい、うるさい。ハーイ、投票用紙回収ー! ほらっ、黙って渡す!」

「えーっ! 何か理不尽!」

「テメー! 男のくせにしつけーんだよっ!」


 巧の目の色が一変、ガタイの良いラグビー部の面々がビクッと驚く様は、ちょっと可笑しかった。


「ゴメン、みんな。巧ちゃん、昔から言い出すときかないから。それに、巧ちゃん元ヤンキーだから、黙って素直に言う通りにしていたほうがいいよ。僕も何回泣かされた事か」


 小白川が泣かされた、と聞いて、さらにビビるラグビー部の面々。そんなの俺もビビルるわ!

 ちなみに小白川は自分の票は巧に渡さなかったようだ。まあ、俺に入れてくれるのだろう。嬉しいような、嬉しくないような・・・。


「その代わり、焼きソバ好きなだけ食わしてやっから。でも、食うにはまだ早いだろ? このお茶でも飲んで、ちょっと中でも見てきな」


 巧は売り物のお茶を小白川たちに渡していたが、それ、売り物なんですが? ていうか、お前、それ、収賄だぞ?

 なんとなく納得しない様子の面々。ちょっと気の毒な感じもしたので、俺は駆け寄りみんなに声をかけた。


「ごめんなさいね、巧、ちょっと強引だから。後で、たーっぷり焼きソバ食べて、仕返ししちゃって! それと、私カフェやってるんで、そっちにも顔出してくださいね。おいしいパンケーキ焼いて待ってますので! ユウコ、未理も一緒にやってるのよ、だから絶対寄ってよね。

 小畑さん、田上さん、堀尾さん、川田さん、待ってますよ!」


 俺は、得意の気の付く女子系でしっかりフォロー。

 巧に投票用紙を奪われた以上、票に繋がる事はないが、まあ、俺の人に嫌われたくない本能、だろうか。


 9時を過ぎたあたりからだろうか、やけに人の数は増えてきたような気がする。 カフェミリーズもお客さんが増えはじめ、手間のかかるパンケーキを焼きながらコーヒーもドリップしてるので、確かにこれでは1人では厳しいかもしれない。

 俺は基本接客だが、場合によっては厨房に入らないといけないかもしれない。未理が限界を超えてしまうのは避けないと。ましては、こんなに人の多い場所では、メイタなど、ご法度だ。


 けれど、とりあえず正午からミスコンがあるので、そこまで頑張れば一時休止なので、あと一フン張りといえる。


 ふとカフェから中庭を見てみると、どうも屋台あたりが賑やかな感じがする。窓を開けて様子を伺ってみると、お客と巧の大声が聞こえるじゃないか。


「お姉ちゃん、この野菜、半生じゃないか?」

「野菜なんて生で食えるから、それでいいんだよ!」

「おい、コッチ、麺の量少なくねえ?」

「いいんだよ、アンタ、デブってるから、それくらいにしときな!」

「おーい、姉ちゃん、サンドイッチとお茶! 早くー!」

「コッチは忙しいんだよっ! 金置いて勝手に持っていきな! 誤魔化したらタダじゃおかねーからなっ! ああ、クソっ、暑ちーじゃねえか、今日! どんだけ作ればいいんだよ、焼きソバっ!」


 汗だくで接客する巧、すっかり素が出ている。

 そうそう、それでいい。思っていた通りの展開に、俺は口元に浮かぶ笑みを隠せなかった。

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