第11話 文化祭2日目 その2

 たかがケーブルテレビと侮る事なかれ、その宣伝効果があったのか、昨日よりはるかに多くの来場者に、未理のカフェも大繁盛となっていた。

 しかし、同時に招かざる客も呼び寄せてしまったようで、俺の中学時代を知る連中も、このカフェへと顔を出した。


「あーーっ? お前、やっぱり下井じゃん! 本当にゲイ人だ!」

「ホ、ホントだ! お前、どこの高校行ったと思えばスカ工に来てたのかよ! あんだけ勉強してスカ工って、お前、笑える!」

「あー、お前、とうとうチンポ切っちまったんだ!」


 昨日の放送を見ていたんだろう、他のお客さんの手前、面倒な事になったな、と思ったその時。


「誰がチンポ切ったって?」

「こ、小白川・・さんっ!?」

「大事な話があるから、外に出よう、な? 周りに迷惑だろ? 思いっ切り笑いたいんだろう?」


 その3人の同級生たちは、真っ青になりガタガタと震えながらユウコに外へと連れ出された。ユウコの目は、あの夏の日を彷彿させる、恐ろしいものだった。あいつらもタイミングが悪いというか、まあ、俺は助かったが・・・。


 ものの数分だったろうか、ユウコが戻った。


「ありがとう、ユウコ、助かったわ。それで、あいつら、どうした?」

「大丈夫。もう二度とあいつら、忍にちょっかい出さないと思うよ。と言うか、東中出身者は、もう僕たちには関わらないはず、というか、関われないだろうね。けど、ちょっと脅かし過ぎたかもなぁ」

「お、脅かすって、一体何を言ったの?」

「忍は知らなくていいよ」


 怖えー! 怖えーよ、ユウコ!


「あっ、ユーコちゃんだぁ! 久しぶりぃ! 未理だよぉ!」

「未理! 久しぶりだねー、2年ぶりくらい? 相変わらず、小さいなあ」

「そういうユーコちゃんは、まーた、でっかくなっちゃたねー! あ、そーだぁ、ユーコちゃんとしーくんって、東中で一緒だよねぇ? 今、わたしとしーくん、付き合・・」

「あーー--っ! そうだ、ユウコ、他のみんなは?」

「焼きそば食べるって、巧の所。今、未理、何て?」

「わたしとしーくんが、付き合・・」

「あーーーーーーっ! そ、そうだ! み、未理、ユウコ、大のスイーツ好きなんだよ! 自分でも作るくらいだし! 是非とも、未理のパンケーキ、食べてもらわなきゃ?」

「うん、そうだねぇ! じゃあさぁ、未理のパンケーキ、試食してみてよ、ユウコちゃん!」

「う、うん?」


 やべえ、やべえ、今、一瞬ユウコの顔変わったぞ!? 俺たち、出来ちゃた、なんて言ったら、二人とも捻り潰すされちゃうよ・・・。


「み、未理、駄目よ! ユウコに付き合ってるなんて言ったら!」

「えー、なんでぇ?」

「私たち、東中でゲイ疑惑かけられて、付き合ってるって噂たてられていたのよ。しかも、ユウコ、まんざらでもなくて・・・。だから、私と未理が付き合ってるなんて言ったら、ユウコ、ショック受けるわ、可哀想でしょう?」

「そーなんだぁ、知らなかったよぉ? でもぉ、しーくん、ゲイじゃあ、ないよねぇー?」

「当たり前よ! いい? 私たちが付き合っているって事は、余りペラペラ話さないようにね! 特に、やっちゃった、なんて絶対内緒!」

「うん、わかったよー。でもぉ、やだよー、わたしの事ぉ、裏切ったりしたらぁ」


 しかし、未理となんて何もなかったのに、何でこんなに苦労しなければならないのか。俺は普通の、ただ普通の恋愛がしたいだけなんだが。

 女装して過ごす事が当たり前になってしまった俺がこんな事言っても、どうにも説得力に欠けるが・・・。


「美味しいよっ、うん! これ、クリントン・ストリートのパンケーキみたいだね。すごい、文化祭でこんなの、食べられるなんて!」

「そーなのー、さっすが、ユーコちゃん! わかってるー、これはねぇー」


「キャーーー、ほんと!?」


 未理とユウコがパンケーキの話題で盛り上がっているさなか、突然セツ姉が乱入してきた。

 しかも、いつになくハイテンションじゃない?


「本当に小白川君!? 本物、本物ー!? スッ、スゴっーーいっ!」

「ど、どうしたの、セツ姉?」

「ねえ、ねえ! 忍さんっ! 小白川くんと友だちなのよね? お願い、紹介してぇーー!」

「あ、うん。ユウコ、こちら阿久根世津さん、通称セツ姉」

「はじめまして、僕、小白川勇虎。セツさんの事は巧からも話は聞いてるよ。溶接やってるんだってね」

「嬉しいー! 知っててくれたなんてっ! セツさん、だってぇー! キャーー! 巧ちゃん、悪い事、言ってなかったかしら!?」

「す、素敵な女性と聞いてるよ」

「キャーー! ヤダー、そんなー素敵だなんてぇーー! ね、ねえ? 小白川くん、お願いがあるの? 聞いてくれるかなぁ? 腹筋、あと上腕二頭筋も触らせてくれない?」


 セツ姉は顔を赤く上気させながらユウコにしなだれかかる。上目遣いにユウコを見る視線は完全に色気満載臨戦モードだが、ユウコには効かないだろう。

 ほら、むしろ困惑してる。


「い、いいけど・・・」

「わっ、わっ、スゴーい! スゴーい! ね、ねえ、服脱いで見せてぇ? いいでしょ? 生でちゃんと見たいの! ね、ね、お願いー!」

「い、いや、それは、ちょっと・・」

「えーーっ!? どうして? 恥ずかしいの? そうなのね? わかったわ、じゃあ、私も一緒に脱いであげるから、それなら恥ずかしくないでしょう? ね?」


 お、おいおい、本気で脱ぐ気かよ、ここどこだと思ってるんだよ。ちょ、ちょっと、待って。


「セ、セツ姉、駄目よ! みんな、見てるじゃない? 忙しいんだから、早く、自分の持ち場に戻って頂戴!」

「イヤよ! ねえ、小白川くん! 私の部屋に来ない? そこで・・・」

「いいから、もう出ていって・・」

「イヤー! 小白川くーん! 抱いてー! 私を抱いてー! 私をメチャクチャにしてー!」


 周りは全員ドン引き、俺は未理にも手伝ってもらい、ようやくセツ姉を追い出した。もうすでにメチャクチャだよ、あんた。

 しかし、セツ姉、筋肉フェチだったんだ。しかも、あんなに欲望にも貪欲とは、意外な一面を見た。


「ふー、驚いた。ずいぶん情熱的な人なんだね」

「私も知らなかったわ・・・」

「そう、それでお願いがあるんだ、ねえ未理?」

「なあにぃ?」

「僕にも、パンケーキ、焼かせてくれないか?」

「いいよぉ。ユウコちゃん、お菓子作るの、上手だったもんねぇ、すぐに、コツ、覚えちゃうよぉ」


 ユウコが厨房がに入ってくれたお陰で、俺はちょっとカフェの仕事から解放され時間ができた。他の連中の様子も見てこよう。


 旋盤室は少し異質な雰囲気だった。旋盤に向かい真剣な表情の中。それをまた真剣な表情で見つめる、5人のおっさんたち。その中に、昨日のおっさんもいる。たまに、別のおっさんと何やらしゃべっている。シーンと静まりかえる旋盤室に、ただ機械の音だけが響く。

 俺は何となくいたたまれなくなって、その場を離れた。正午から始まるミスコンまで、あと1時間をきっている。大丈夫だろうか・・・。


 直の所は、思った以上に看板の効果があったようだ。近所の子供でも来ているのか、子供の数がやけに多い気もする。直は子供に何か説明していうようだが、聞いちゃいない。

 それでも、タイムマシーンは順番待ちになっている。


「ああ、下井さん。子供というのは、何でこうも人の話を聞かないのでしょうか? 私が子供の頃はもう少しきちんと人の話を聞けた思うのですが」

「いや、子供なんてそんなものよ。いいじゃない、こんなに喜んでくれているんだから」

「そうですね、ありがとうございます。おかげさまで、今日はとても楽しいです」


 直の表情を見ていると、ああ、良かったと思う。やっぱりコイツだって人との関わりを否定しているわけではないんだ。本当に良かった。

 それで、その貢献者はどうしてる?


「オメーも暇なら手伝えよっ! それに、暑いよ、何とかしろよ!」

「えー、ごめんなさい! 今、ちょっとだけ時間もらっただけなの。それに暑いのは私じゃどうしようも出来ないわ」


 巧ときたら、もう汗だくでもうメイクどころじゃない。Tシャツを腕まくりして頭には手ぬぐいを巻いて、もう普通にテキ屋の姉ちゃんである。


「あっ、忍さん! 小白川どうしました?」


 小白川のチームメイトのみんな、屋台前に陣取って、焼きそばを食いまくっている。


「ユウコは今パンケーキ焼いてるのよ。みんな、焼きそば、たくさん食べてる?」

「うん、しっかり食べさせてもらってるよ。巧さーん! あと3ケ追加ねー!」

「テメーら、いい加減にしろよっ! どんだけ食うんだよっ!」

「まだ、腹八分目くらいかな」

「スゴーイ! やっぱり一流のスポーツ選手ってスゴイのね! 私もたくさん食べる男の子って、大好き!」

「よーし、調子出てきたぞー! 巧さん! 5ケ追加!」

「テ、テメーら! 殺すぞっ!」


 そして、巧の焼きそばとの格闘も終わらぬまま、ミスコンの時間を迎える事になった。


「巧、もうすぐ時間よ。私、先に行ってるからねー」


 巧が俺をギロリと睨む。おおっコワっ。早く来ないと、メイク直してる時間ないぞ?

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